23 婆ちゃんの家 その4
トントントン……。
「適当でいいべ」
「は~い」
今、私はお米の糠取りをしている。一升瓶の中に玄米を入れて棒で突くだけ。
田んぼはお寺の境内にある池をそのまま使っていた。小さな田んぼだから沢山は採れないけど、私も刈り取りも手伝った。小さいけど、婆ちゃん一人でやっていたのだから凄いと思う。
お米の幾つかは来年の田植えのために籾殻のままで残している。小さな皮袋に入れて神棚に置いて、私も一緒に手を叩いて拝んでおいた。
お寺だけど仏様ではなく、自然や恵みに拝んでいるみたい。
神様ではなく生かしてくれる世界そのものに拝む……。その考えはしっくりと私に残り、胸の奥に少しだけ〝熱〟が入った気がした。
天日干しして乾いたら櫛みたいな奴で実を落とし、籾殻を飛ばすと玄米になる。
これも爺ちゃんが木材とノコギリだけで作ったのだから凄いよね。
玄米の糠取りを適当でいいというのは、玄米のほうが栄養価は高いから。それでもある程度白米にするのは、糠で食器を洗ったりできるし、漬物の糠床のためらしい。
そして婆ちゃんは稲藁を使って干し柿にする柿を結んでいる。
一度そのままの柿を食べてみたけど、凄く渋かったから甘くなるといいな。
結局、婆ちゃんちにお世話になってから一ヶ月以上経っている。
婆ちゃんを独りにするのが忍びなくて、ずるすると旅立てないでいた。
一度だけ婆ちゃんに聞いたことがある。
「山の人のいない農家に犬がいるんだけど、一緒に住んだらどうかな?」
お婆ちゃんと老犬だけど、二人でいれば寂しくないし、色々助かるような気がするけど、婆ちゃんは静かに首を振る。
「その犬っこさ、ご主人の畑ば、守ってるんだべ? 私もお墓から離れらんねぇからなぁ」
「そっかぁ……」
ジンベエも婆ちゃんも、大事な思い出がある場所から離れることはない。
ただ立ち寄っただけの旅人である私が、その想いを変えることは、やったらいけないことなのだと思った。
「んだら、行こうかね」
「うん」
一通りの作業を終えたら婆ちゃんと一緒にご近所さんを見て回る。
いつもは私がお使いに行くのだけど、今日は婆ちゃんが色々と教えてくれる。
巨大樹木に浸食されているお寺さんはあまり立ち寄ることはないのだけど、そこだと食べられるキノコが採れるんだって。
「これは?」
「それは食べられるねぇ」
ナラタケやクリタケ、サクラシメジなどが食べられる。秋の早い時期ならもっと食べられる物があるそうだ。
「竹林もあるがら、春なったら、タケノコもとれっぺ」
「タケノコかぁ」
春まで遠いなぁ……。春になればフキノトウやつくしも採れるので食べられる物が一気に増えるそうで、色々と教えてくれた。
「んだら、今夜はきのこ汁さ、すっか」
「わーい」
婆ちゃんのご飯は好きだ。時々お料理も教わっている。
私が持っていた乾燥昆布は、出汁が取れると婆ちゃんが喜んでくれた。
釜を使ったご飯の炊き方や、野菜の切り方や煮方など、材料があまりないからそんな手の込んだ物は作れないけど、何日もかけて基本的なことを教えてくれた。
「婆ちゃん、魚を獲ってきたよ!」
「またおっぎな魚だねぇ」
川まで走って魚も獲ってきた。私の脚ならその気になれば朝に出かけて夕方には帰れる。
「こりゃ、雷魚だねぇ」
「へぇ……」
以前獲った大きな魚はやっぱり外来種だった。もう一匹、ナマズも獲れたけど、どっちも川魚なので、婆ちゃんは木桶に水を張ってしばらく泥抜きするらしい。
「どうやって食べるの?」
「嬢ちゃんが油さ、見つけてくれたから、天ぷらにしようかねぇ」
「やったぁ」
天ぷらどころか揚げ物を食べるのも初めてで嬉しい。
小麦粉も油も少ししかないけど、婆ちゃんは、食材は大事に取っておくのではなく、使わないと食べ物に申し訳ないと言った。
少し前まで食べ物が無限にあるような世界で、この国では好きなときに好きなだけ美味しい物が食べられたけど、婆ちゃんは食べ物がなくサツマイモの蔓まで食べたような時代のご飯も美味しかったと笑っていた。
「それじゃ行ってくるねぇ」
今日は作っていた炭の回収だ。
「本当に寒くねぇのけ?」
「寒くないんだってば」
婆ちゃんは随分厚着になってきたけど、もしかして寒いのかな?
常緑樹以外はほとんど葉の散った街路樹の道路を、いつもの毛皮の腰巻きと胸当てだけで出かける私を、婆ちゃんは手を振って見送ってくれた。
婆ちゃんの格好からすると、私の格好は随分と寒そうに見えるのだろうなぁ。
私だって氷を触れば冷たいし、火に触れたら……ちょっと熱い程度だけど、ちゃんと感じることはできる。暑さ寒さも感じることはできるのだけどそれが気にならないのは、本当に人間離れしているのだと実感した。
「それじゃ、婆ちゃんのためにも、いっぱい炭を持ってこないとねっ!」
炭を作る。言うのは簡単で、私も雑誌程度の知識しかないけど、色々作れる爺ちゃんは木炭も作れるそうで、婆ちゃんは若い頃にそれを何度か見たらしく、炭を作るときにアドバイスをしてくれた。
ただ、炭を作るにはある程度の広い場所が必要で、境内でやるのは婆ちゃんが嫌がるから、少し離れた場所にある小学校の校庭を借りた。
小学校はかなり古く、樹木に浸食されてほとんど廃墟になっていたけど、校庭は何十年も踏み固められていたから、ほとんど雑草もなくて助かった。
婆ちゃんちの鶏は、ここから貰ったというか、飼育小屋にいたのを爺ちゃんが救出したらしい。その当時の鶏じゃなくて代替わりしているけど、数日に何個か卵を産んでくれる。
「…………」
ふと気になって小学校の中へ入ってみる。
ここも海沿いの高校と同じように一時的な避難所になっていたみたいだけど、本当に一時しか使わなかったのか、扉も窓も開けたままの場所が多く、ほとんど廃墟になっていた。
たぶん、避難する意味も分からず、最後まで友達と遊んでいた子どももいたのだろう。小さな机や椅子が乱雑に並んで、ボロボロになった教科書やノートが、吹き込んだ落ち葉に埋もれるように落ちていた。
「学校に置きっぱなしだ」
小学生の適当さに思わず笑みが漏れる。
今も子どもは生き残っているのだろうか……。
乾いた泥で覆われた壁を壊すと、中から木炭が見えた。
叩くといい音がするのが良い炭らしい。……よくわかんないけど、たぶん大丈夫。
あきらかに灰っぽくなっている物以外は全部ゴミ袋に入れて持っていくことにした。
「あ、そうだ」
お線香を探そう! 婆ちゃんちはお寺だから線香も沢山あったのだけど、お墓とかに供えているうちに無くなって、近所のお寺さんの分も使い切ってしまった。
爺ちゃんも婆ちゃんも、廃墟となってもご近所の知っている人の家は、勝手に入ることはしなかったそうだけど、私は知らないから探そうと思う。
ちゃんと自分ルールに則って鍵の開いている家しか見ない。単身者向きの住宅やマンションなんかも、お線香はなさそうだから除外する。
お仏壇がありそうな古い家で、お年寄りが住んでいたような家を探して見て回ると……
「見つけたぁ……」
数十軒回ってようやくお仏壇に残ったお線香を見つけた。
チン……と、仏壇のおりんを鳴らして、勝手に貰うことをお詫びして拝んだあと、私は木炭の袋を背負って婆ちゃんの家に帰るために駆け出した。
結構遅くなっちゃったなぁ……。
あっ。
「……雪?」
空からチラチラと白いものが降り始めた。
そっか……もう冬なんだ。
私の中の〝知識〟が本物を見たことで自分のものとなり、瞳に映る雪の結晶を眺めながら天を見上げた。
「……早く帰ろう」
それだけ寒いならこの炭で温かくなってもらおう。
喜んでくれるかな。そんなことを思いながら炭の入ったゴミ袋を担ぎ直し、私は真っ白な雪の降る中を婆ちゃんの家に帰るために走り出す。
早く早く……お線香を婆ちゃんに見せるために気が急いて、いつもより速く走って家まで戻った私は、微かな違和感に脚を止める。
なんか……空気が冷たい?
気温のせいじゃない。なんとなく胸騒ぎがして玄関ではなく庭のほうへ回ると……。
「婆ちゃんっ!」
婆ちゃんが寒空の下、縁側でしゃがむように蹲っていた。
婆ちゃんのために竜娘は雪の中を奔る
次回、『婆ちゃんの家 その5』