22 婆ちゃんの家 その3
「百五十四……。嬢ちゃんはちっこいねぇ」
「婆ちゃんのほうが小さいよ!?」
コケッ! と私の叫びに鶏が合いの手を入れてくれた。
婆ちゃんの家に来てから二週間が過ぎた。
最初は婆ちゃんが出来ていなかった作業を代わりに片付けて、商業ビルの探索をしたらここを離れるつもりだった。でも、ただ居るだけでも婆ちゃんがご飯を作ってくれるので、ただ飯ぐらいになるのも気が引けたので、やることが増えていった。
川まで行って魚を獲ったり、大きな家の庭に生えていた柿や栗を集めたり、商店の廃墟を巡って缶詰や酒類を集めたりした。……まあ、この辺りの柿はほとんど渋柿だったけど。
「甘いものが作れるねぇ」
と頭を撫でてくれた……。
そんな生活をしているときに婆ちゃんが柱で身長を測ってくれたのだけど、もう少し背は高いと思っていたんだけどなぁ……。
それと目的としていた大きな地図は婆ちゃんちにあったのであっさり見つかった。
この辺りの位置。避難していったのは〝南〟であること。
でも、婆ちゃんは避難先がどの辺りか知らなかったので、結局、商業ビルを漁って当時の新聞か最新の情報を手に入れないといけない。
「嬢ちゃんの髪は桜色で、肌の色は赤銅色だねぇ。どっちも随分と薄いけど」
婆ちゃんは私の髪を櫛で梳かしながら、赤みがかった銀髪と赤みがかった小麦色の肌をそんなふうに言ってくれた。
「それじゃ、いってきま~す」
「ほい、いってらっしゃい」
婆ちゃんに見送ってもらい今日の作業に入る。まずは私がいるせいで消費が多くなってしまった物の回収だ。
婆ちゃんと爺ちゃんがここに残ることを決めたとき、ご近所の大部分は避難を選んだ。でも、この辺りにあるお寺さんが二人を心配して自分のところの鍵を預けていったそうだ。
商店などの生活雑貨や食料品を置いている場所は、やっぱり他から来た人が避難のついでに商品を持っていったりしたけど、やっぱりお寺のような場所だと忌避感があるのか、荒らされた場所はほとんどなかった。
それは罰当たりだからとかそんな面もあるけど、逼迫した人たちでさえ荒らさなかったのは、お寺に食料があるなど考えもしなかったからだと思う。
私もお寺に食料があるとか思っていなかったから探索から外していたからね。
「おじゃましまーす」
私が最初に向かったのは数軒離れたお寺さんだ。
そこは結構木々に埋もれかけていたけど、本堂はちゃんと残っていた。
聞いたとおりに裏手に回り、鍵を開いて中に入ると、中は埃が溜まっていたけど廃墟のような感じはしなかった。
奥に入って箪笥や小物入れがある部屋を探す。婆ちゃんから大体の場所は聞いていたけど、三十分ほどかけて探しているとようやく目的の物を見つけた。
「あった……種麹っ」
袋に書いてあるから間違いない。
婆ちゃんは少量だけどお米や大豆を育てていて、それからお味噌や醤油の元になる米麹も作れるそうだけど、米麹を作る種麹だけは作れない。
ここのお寺の奥さんも、婆ちゃんと同じで自宅で使うお味噌を作る人だった。
婆ちゃんちには、十年前のお味噌も樽であるけど、毎年少しずつ作っているから少なくなってきた種麹を探しに来た。
一番の目的は手に入ったけど、わざわざお寺に来た目的は終わってない。さらに奥の納戸へ入るとそこには十以上の箱が重ねられていた。
これはお寺さんに来た、『付け届け』や『お礼』という名のお歳暮やお中元だ。
沢山貰うけど消費しきれず、檀家さんやご近所に分けていたけど、その前に巨大動物による災害が起きて避難してしまったそうだ。
「…………」
私は壁に貼ってある黄ばんだ紙にそっと触れる。
そこには日時と何をいただいたのか、達筆な文字で記されていた。
最初の数年はお爺ちゃんの文字だと思う。それが数年前から婆ちゃんの文字になり、一昨年辺りからそれもなくなった。
その頃から、もう重たい物を持っていくことが出来なくなったんだね……。
「さて、どれかな」
気分を入れ替えて必要なものを探す。張られていたメモを見る限り、最初はこの十倍はあったはずだ。黴の生えやすい乾麺や腐りやすい真空パック物は最初の頃に爺ちゃんが回収したので、残っているのは缶入りの物だけになる。
婆ちゃんは好きな物があったら貰っていいと言っていたけど、婆ちゃんのメモに従って探していると、ここでは缶入りのサラダ油を発見した。
「よし次だ!」
続けて他のお寺さんも見て回る。
必要なのは、サラダ油と砂糖と塩とお出汁。それと日本酒と焼酎だ。
日本酒は別に飲むためじゃなくて料理に使い、焼酎は消毒にも使えるけど、特に焼酎と言明されたのは干し柿を作るのに必要らしい。
私のうっかりでごめんね、婆ちゃん。
二軒目のお寺さんでお塩と砂糖を手に入れて……なんでこのお砂糖、鯛の形をしたパックに入っているの?
そして四軒目のお寺さんで日本酒と焼酎を見つけた。……というか、ここの和尚さん、お酒好きだったのかな? 日本酒や焼酎だけでなくウイスキーや洋酒も沢山あるんだけど……。
お出汁もそこの台所で見つかった。煮干しは最初の数年で無くなったけど、鰹節や顆粒出汁なら意図して探せば意外と見つかった。
「貰っちゃった……」
それと、三軒目は飛ばしちゃったけど、目的の物はなかった代わりに缶詰が沢山あって、桃缶を何個か貰ってしまった。全部貰っちゃうと寂しい感じになるので三個だけ。
あと、カレーとかスープとかの缶詰もあったから一個ずつ貰っていく。婆ちゃんは好きかな? 好きだったらまた貰いに来よう。
「……これでよし、と」
壁のメモ帳に何を貰ったか書いておく。今はもう、日時も曜日も婆ちゃんは分からなくなっていたけど、婆ちゃんの代わりにしっかりと書いておいた。
……よく考えたら、文字書けたんだね、私。
それにしても……。
「……ネズミとか見ないね」
巨大動物に捕食されて、中くらいの動物が激減したのはなんとなく分かる。
小鳥とかまだ見かけるから虫が少ないのも、それも分かる。
でも、捕食対象がいなくなったのにネズミが街に湧いていないのは何故? もっと大量繁殖していてもおかしくないのに……。
「しばれるからねぇ」
「……え?」
しばれる……要するに寒くなったからだと婆ちゃんは教えてくれた。
「初めん頃は沢山おったけどなぁ」
婆ちゃんの長い話を要約すると、人がいなくなった翌年には沢山のネズミが畑を狙って来たらしい。虫もいっぱい湧いたけど、その翌年にはほとんどいなくなった。
巨大動物が現れる前は、冬でもあまり雪が降らないほど暖かだったそうで、それが突然、婆ちゃんが子どもの頃のように寒くなった。
突然冬がとんでもなく寒くなったから、暖かさと飽食に慣れたネズミのような都会の小さな生き物は、急激な変化に耐えられずに大部分はいなくなった。
もしかして人がいなくなって環境が良くなった? ……いや、昔から居たはずだからそんな急激に少なくなるものなの?
巨大動物と同じで、何か増えたモノと減ったモノに何か原因があるように思えた。
それにしても……婆ちゃんもそうだけど、鶏やジンベエもその寒さでよく無事だったよね。
夜は蝋燭をつけて婆ちゃんの話を聞く。
昔のことや、爺ちゃんのこと、曾孫さんやご近所さんのこと。
畑の育て方やこの辺りで採れるものなど、色々なことを話してくれる。
蝋燭はこの辺りはお寺が多いから沢山あるらしい。それでも婆ちゃんは日が暮れたら寝て、朝日と共に起きるような生活をしているそうだけど、私とお話するために蝋燭を灯してくれた。
一本の蝋燭が燃え尽きるまで婆ちゃんとお話して床に就く。
婆ちゃんと一緒のお部屋に寝る。だけど私は布地が駄目なので畳に転がって眠るのだけど、婆ちゃんが夜中に起きると私にタオルケットを掛けてくれた。
「……うひっ」
「……やっぱり寒くねぇのけ?」
「本当に寒くないんだよっ」
お布団で寝ている婆ちゃんからすると寒そうに見えるのかもしれないけど、身体の中に〝熱〟があるからまったく寒くない。
「もう寒くなってきたからねぇ」
「そうなんだ……」
明日もやることはいっぱいある。
畑の雑草取りに、炭を使った虫除け。炭も作ったほうがいいかな。
屋根や浄水樽の掃除に、お墓のお手入れ。どこかでお線香も探したい。
薪割りもしないといけないし、薪になる倒木もどこかで探さないと。
川まで行って魚も獲ってこようかな……。
爺ちゃんがいなくなって婆ちゃんが出来なかったことを、すべて終わらせておきたい。
すぐに離れるつもりだったんだけどなぁ……。
そうして時間が過ぎて……季節は冬になろうとしていた。
平和に迫り来る不穏な影
次回、『婆ちゃんの家 その4』




