19 地図を求めて
「う~~ん……」
この学校で二日ほど本を読んで随分〝知識〟とのすり合わせは終わったけど、やっぱりどうして街が廃墟になったのか分からなかった。
直接の原因はあの巨大動物なのだろうけど、どうして巨大動物が現れたのか? あの巨大動物はなんなのか? 人間と戦ってどうなったのか? そして……。
「人間は何処へ消えたのか……」
人間が絶滅したとは思っていない。そこまで人間は弱くないと考えている。
でも、無事で済んでいないとも同時に思っている……。
巨大猪一匹でも戦車じゃないと倒せない。それが熊や肉食獣だとしたら? あんな巨大鮫や島クジラがいるような海では漁業も物流もできない。巨大なシャチや蛸もいるかもしれない。
陸上でも程度の差はあれど同じようなことが起こっていてもおかしくない。
今、世界はどうなっているのか……。
私はそれを知りたい。
ただ問題は……。
「情報が少ないんだよねぇ……」
情報がネットばかりになっていたのか図書室には新聞もなかった。それどころか地図すらない。
一応、学校に県名があったからここがどの辺りかは分かったけど、地図がないから具体的な位置が分からないし、そもそもここから北か南かどちらに行けばいいの?
「……仕方ない」
パタンと本を閉じる。ここらで区切りを付けないと、文学とか小説とかいつまでも本から離れなくなくなりそう。
……海が近いから食べ物はあるのだけど、サバイバル生活でニートをするとか自分がよく分からなくなるよ。
そうと決まれば早速旅の準備をする。とは言っても、持っていく物は乾物にした昆布程度で、ここで得たものはほとんどない。
「学校なら地図くらいあると思ったんだけどなぁ……」
この町の先まで進めば大きな商業ビルもあるかもしれないけど、そこまで行くと迷子になりそうなので諦めた。
だから目指すのは、やっぱりあの大きな街だ。
……あの猿は怖いけど、東側から回ってこっそり忍び込めば幾つかの商業ビルを回れるはず。
大きな本屋さんがあったら確実に地図がある……と期待している。
まずは迷子にならないように海へ向かい、北上した。
そこまで海に近づくわけじゃないから毛皮の衣服は着たままだ。
海の魚、もう一度食べたかったなぁ。貝を獲ったときにも一応は狙っていたけど、動きが速くて捕まえることはできなかった。
……次は絶対、釣り竿を見つけてやる。
川から来た道を通って遡る。以前通ったところだから迷うことはないのだけど、前と違うのは食料のことだ。
……なんか、毎回食べ物のことばかり考えているけど食べ物は大事。キャンプじゃないサバイバル生活なんて大部分は食料と水探しなんだから。
何故食料のことで問題があるのかというと、燻製肉が傷み始めていることに気づいたから。
素人だから仕方ないけど、燻製に使う木材や時間、あとはビニールに入れて湿気のある場所で持ち歩いていたのが駄目だったと思う。
要するにちゃんと燻製ができていなかったという感じだけど、結局、冬が来る前に食べ終わってしまったよ……。
前回は干し肉もあって食べながら移動もできたけど、食べ物を探しながらでは時間も掛かる。
それでもドングリはあるし川もあるから、気合いを入れて水に入るとやたらと大きな魚影を見つけて、思い切り角槍で突いてみた。
「なにこれぇ……」
え? また外来種? 絶対この辺りの魚じゃないよね? 一メートル以上あるじゃない! 頭が大きくて目が随分と下にある。しかも……
「え、臭い!」
内臓と皮の辺りがやけに臭い。まあそれでもちゃんと処理すれば大丈夫。知らんけど!
大丈夫。焼けば大抵はなんとかなる!
と言うことで、牙ナイフで皮を剥ぎ、捌いてからじっくり焼いてみたら、骨が太いけどそれなりに食べられた。大きいから脂ものっている。……でもやっぱり臭いけど。
こうしてみると海にちょうど良い大きさの魚がいなかったのは、やっぱり鮫とかクジラとか巨大動物に食べられちゃったんだろうね。
そんな感じで川を上り、偶に川沿いのマンションに上ってみると、ようやく遠くにあの高層ビルが見えてきた。何日も掛かったけど、たぶん、ちゃんとした道があったら、二日くらいで着けたんじゃないだろうか……。
この時点で進路変更。このままだと巨大猿との遭遇コースになるからね。
学校から持ってきた二リットルのペットボトルに煮沸した水を汲んで、私は警戒しながら街へ侵入した。焼いた魚の身も残っているから、数日ならなんとかなる。
街とは言ったけど、この辺りだとまだ町だね。民家は結構あるのだけど古い建物が多くて木造が多いからか、ほとんど樹木に浸食されていた。
民家が古いと言うことはやっぱり居残っていた人が多かったのかな……。
よく見れば民家の庭で煮炊きをしたような焦げ跡が残っていた。きっとライフラインが切れてからもギリギリまで古い家から離れられなかったのだろう。
この地に愛着があったのかもしれない。
避難するための車が無かったのかもしれない。
住み慣れた家を離れるのが寂しかったのかもしれない。
知らない土地に移ることが怖かったのかもしれない。
それでも……もうここに〝人〟はいない。
ライフラインが無ければ、街で人は生きていけない。
食べ物も無い。水も無い。残っている物資はいつか消えてなくなる。ギリギリまで残っていた人たちも、そんな生活がいつまでも出来るはずがない。
その人たちがどうなったのか私には分からない。
ただ……生きていてくれたらいいと、そんなことを思わずにはいられなかった。
特に寄り道もしないで進めば今日中には商業ビルに着けるかもしれない。
目的は大きな道や駅が載っているような大きな地図。
それと当時の様子が分かるようなその頃の新聞。
忍び込むなら夜がいい。そうすれば猿に見つかることなく忍び込めるけど……。
「巨大動物が私と同程度に夜目が利いたら意味ないけどね!」
そうして歩いていると町の感じが少し変わってきた。
よく分からないけど、なんか大きな高い塀がある建物が多くなった。この辺りは道が広いから雑草はいっぱい生えていたけど、高い木は少ない。
奇跡的に樹木の浸食から免れた場所なのかな? 木々も種子がなければ広がらないはずだから、鳩やカラスを見なくなった今の世界だと、高い塀のような遮るものさえあれば、あまり浸食はされないのかもしれない。
他に何か理由はあるのかと大きな門から塀の中を覗いてみると、その場所はあまり背の高くない木々が生えて、樹木に呑み込まれてはいなかった。
ここって……
「……ああ、お寺か」
〝知識〟とすり合わせしてようやく理解する。
ひょっとしてこの辺りの建物、全部お寺? なんでこんなに多いの?
敷地内は小さな石が敷き詰められているからか、それとも踏み固められているのか、雑草もまばらで樹木も多くない。それでも一部は樹木に浸食されて倒壊しているお寺もあったけど、半数以上は無事なままだった。
他の地域は樹木に呑み込まれていたり、廃墟になっていた町が多かったけど、この辺りは神様に守られているかのようにぽっかりと元の姿を残している。
「花が咲いてる……」
これまで雑草とかの間に花が咲いていることもあったけど、木に花が咲いているのは初めて見たような気がした。
花の咲いている木はあまり大きなものがなく、もしかしたら元から大きくなりにくい木は、大きくならないのかもしれない。
もう夕方になり、寄り道はしない……と決めていたけど、これだけ綺麗なら今日はここに泊まっても良いかもしれない。
境内を見て回る。人はいないはずなのにそれほど荒廃感がないのは少し不思議な感じがする。
裏手はまた塀を挟んでお墓になっていて、残念ながら向こう側から樹木に浸食されて沢山あるお墓の半分が根に呑み込まれていた。
それでもどこか不思議な香りがしたので、お線香の香りが染みついているのかもしれない。
もう一度境内に戻り、白い玉砂利の上を素足で歩く。
「……あは」
歩きづらいけど足の裏に触れる感触が少し愉しかった。
周辺を見て回り、今日のご飯にするため、どんぐりを集める。まだ少し焼き魚もあるからそれも食べよう。それでもこの白い境内を汚したくなくて、道路まで出てそこで火を熾した。
パチン……ッ。
焚火とミルク鍋で炒ったどんぐりがはぜる音が夜に響く。
「はふ……」
私は星を眺めながら、爪で割った熱々のどんぐりを食べて小腹を満たす。
食べ物は得られなかったけど、商業ビルに行けば缶詰くらい残っているかな? まあなんとかなるでしょう……そんなことを考えながらお寺の境内に戻り、屋根のある縁を借りて板の上に寝転がるように眠りについた。
その次の朝――
「……あれまぁ、こんなところに、めんこい娘っこがおるねぇ」
……え?
初めての人間との接触
次回、『婆ちゃんの家 その1』