17 廃墟の学校
「ん~~~……採れた!」
ズボッと抜けたそれを私は高々と掲げる。
「浜ダイコン!」
あの島クジラは沖に行ったまま戻ってくることはなかった。それでもあまりに大きすぎるので見えなくなるまで時間は掛かったけど、私は最後まで見送ってしまった。
たぶん、島クジラも私が〝普通〟じゃないと気づいていた。それでも何もしなかったのは、本当に私程度ならなんの脅威にもならないからだろうね。
島クジラ……巨大クジラだと元から巨大なのでそう呼んでいるけど、あれはクジラが小魚の群れを丸ごと食べるように、巨大な鮫を丸呑みにしていた。
身体に付いた海藻で海鳥を集め、それを釣り餌にして、海の巨大動物を釣っていたのだろう。
スケールが違いすぎて笑いしかでないよ。
海にあの規模の巨大動物が沢山いるのなら、タンカーでも平気でひっくり返せるだろうし、人類の物流はほとんど機能しなくなったはず。
そうなると食料を輸入に頼っていた国だと、まともに戦うこともできずに滅びていった可能性もある。
でも、なるほどねぇ……。肉食の巨大動物がいたら、食べやすそうな中型の動物なんてほとんど残っていないよねぇ。
ジンベエがいたところは山の中で、草食系の巨大動物しかいなかったから、今まで生き残っていたのかもしれない。
「でも……」
ジンベエのいた地域をあの巨大猪が縄張りとしていたのなら、その辺りにタヌキやカラスもいなかったのは何故?
本来ならもっと肉食系の巨大動物もいたはずだ。それらが大部分の動物を食べたから人間を襲いに行ったのかもしれない。
人間はすべて餌にされてしまったのか? いや、軍隊もいたし、巨大動物の骨もあったから、一般人が避難できる時間が得られる程度には戦えていたはずだ。
街には襲われて壊された地域と、ほとんど被害がない地域があった。
そこに数日か数ヶ月か、残っていた人の痕跡もあったから、巨大動物が全滅したのではないのなら、それらは生存者を襲わずに何処へ消えたのか?
もしかしたら……。
「避難した人間を追いかけていった……?」
「生き残っていることを祈るしかないね……」
これ以上考えても答えは出ない。分からないからこそ旅に出ているのだから、考えて答えを出してもしょうがないじゃない。
とりあえず荷物はビニールのゴミ袋に入れていたから、ちょっと濡れるだけで済んだ。
燻製肉とかは鞄の中でさらにビニールに入れていたから被害なし。それでも湿気はあるから再度燻すか食べるかしないと黴が生えそうな気がする。
「そうなんだよなぁ……」
元々保存食だから冬まで取っておくのが正解だと思う。でも、素人が適当な知識で初めて作ったので長持ちするとは思えない。
だからずっと、早く食べなきゃ……って思っていたのになかなか食べられなかったのは、ジンベエと一緒に作ったから、なんとなく無くなってしまうのが寂しいと思ってしまったから。
「……よし、食べよう!」
半分だけ!
別にまだ勿体ないとかじゃなくて、十数キロもあるから全部は食べられないんだよ。
燻製肉を牙ナイフで大きめに削いでいく。半分とは言ったけど、実際二キロ分も削ったらかなりの量になった。……今回はこれで我慢しよう。
浜辺で火を熾し、削いだ燻製肉を木の枝に刺して炙っていく。
それだけだとなんだから他に何かないかなと探してみたら、どこかで見かけたような葉っぱを見つけて引っこ抜いたら、小さいけど大根が付いていた。
浜辺の大根……これが浜大根? 現物を見たことで〝知識〟とすり合わせが完了した私は、これがこの辺りに自生していると考えた。
さっき採れたのは十センチくらいだったけど、探せばもっと大きいのがあるはず。そう思って探していると浜大根の群生地を見つけて、一番大きな奴を引っこ抜いた。
「ん~~……採れた!」
形はまちまちだけど、大きめのものがごろごろあった。
ジンベエの家庭菜園だとあまり大きいのがなかったのは、浜のほうが柔らかいから?
「……採りすぎた」
調子に乗って十本以上採ってしまった。一本の大きさはそれほどでもないけど、これだけあるとどうやって食べたらいいのか悩んでしまう。
丸かじり? 少しならいいけど辛いのは苦手。焼く? 大根の丸焼き? いやなんか違くない? 煮る? 海水で? しょっぱくない?
小さなミルク鍋しかないし、そもそも水がない。そろそろ夕方になってきたから毛皮も着たいのだけど、まず海水を洗いたい。
「川まで戻るしかないかぁ……」
炙った燻製肉と小さな大根を海水で洗って齧りながらそんなことを考える。でも川に戻るのにも時間が掛かるし……と見回した視界の端に、かなり遠いけど建物らしきものが映る。
建物……なんだろ? 行ってみて何もなかったら嫌だな……。それだったら水がある川へ向かったほうが確実なのだけど……。
「でも、行っちゃおう!」
建物のほうへ行ってみる。そう決めたら暗くなる前に急いで大根と荷物を纏めてから火を消して、ビニール袋を担いで走り出した。
身体能力も上がっているから本気を出せばかなり早く着けるはず。
「あ、川だ!」
しかも近くにちゃんとした道もある! でも……川は海と平行に流れているし、匂いがちょっと潮っぽい? とりあえずもっと進めばちゃんとした川もあるかもしれないから、とりあえずパスして、建物を目指して走り続けた。すると……
「小さいけど普通の川がある! それと町だ!」
アスファルトの道なりに進むと細い川があり、それを境として向こう側に町が見えた。ずっと草原しかなかったからかなり不安だったけど、暗くなる前に町を見つけてほっとする。
町……というにはずいぶんと小さいというか、建物がまばらだけど。
身体を洗うのは後にして、まずは今夜の寝床を確保する。
民家なんて埃っぽいし、外で寝るのとあまり変わりないのだけど、やっぱりネズミとか気にしなくていいのは凄く助かる。
それでどこがいいかなぁ……と辺りを見回すと、道路沿いの先に大きな建物が見えた。
この辺りは草原ばかりで木が少なくて根っこに浸食されていないから、建物の傷みはほとんどないように見えるけど、やっぱり上階のほうが安心できる。
大きいと言っても五階建てくらいで、最初は外塀とかもないから敷地だけが広い低層マンションかな? と思ったらちょっと違っていた。
「……学校?」
たぶん学校。ガラスになんか色々と告知のような紙が貼ってあって、それを見ると高校? なんだと思う。
「……お邪魔しまぁす」
入り口のガラス戸の鍵は何故か開いていた。遠慮する必要がないのは助かるけど、これまでの街や建物のような、慌てて避難したように物が散らかっていたりしない。
私は少しだけ目を閉じて暗闇に目を慣らしてから中を探索してみると、まだ新しい感じの学校に思えた。一階や二階は教室みたいだけど、机や椅子が隅に寄せられ、無理矢理空間を作ったように感じられた。
どうしてだろう……そう思って探索していると、三階に上がってやっとその理由に気づいた。
「ここに避難していたのかぁ」
三階は体育館になっていて、そこには沢山の毛布やダンボールで作られた仕切りがあり、そこで寝泊まりしていたような生活感が残っていた。
たぶんだけど、ここは近隣住民が一時避難に使っていた場所なんじゃないかな?
教室の空間は、ここに持ち込めない大きな荷物を置いておく場所だったのかも。教室のほうがエアコンらしき物もあったので快適そうな気もするけど、巨大動物が襲ってくるかもしれないから、低層階じゃ怖いよね。
ここはそこまで散らかっていないし、町も壊れたように見えないから、ライフラインが切れる前に大型バスとかの救助が来て、ここを離れていったのかもしれない。
今日はここで泊まることにして荷物を置き、角槍だけを持って川へ向かう。
近くの川は幅五メートル程度の小さなものだった。元はもう少し川幅も広かったのかもしれないけど、草が大量に生えていて小さく見えた。
バシャッ!
「ふ~ん」
そのまま飛び込むように川へ入る。水深は深いところでも腿程度までしかない。そしてやっぱり人がいなくなってから随分経つのか、水はかなり綺麗だった。
ここならザリガニとか亀とかもいそう。でっかいカエルとかもいるなら、意外と食糧はなんとかなりそう。
そんなことを考えながら川の水で塩を洗い落として、水を汲みつつ学校へ戻る。
その日は色々あったせいか、体育館の埃で汚れたダンボールをひっくり返して、大の字になって眠りについた。
「…………」
あ、大根、食べ忘れたっ!
あと、浜にある食べ物ってなんでしょうね?
次回、『学校の探索』