16 初めての海
「海だぁあああああ!」
あれから三日後、ようやく森を抜けたその先にある青い海を見て、思わず荷物を投げ捨て駆け出した私は海に飛び込み――
「うひゃぁああ!」
高くなった波に翻弄されて、転がりながら慌てて浜まで戻った。
「うわっ、しょっぱい!」
これが海っ! あれ! 思ったよりも青くないよ!
思わずテンション上がって海に飛び込んじゃったけど、塩水って毛皮に良くないよね!
私は慌てて拾った荷物を担いで川の上流まで戻り、真水になった辺りで頭から水に飛び込んだ。
「海だ!」
あらためて浜に立ち、両手を上げて海に叫ぶ。
ちゃんと毛皮は真水に晒して塩を抜いて、乾かしておきました。
でもちょっと思っていた海と違う? 真っ白な砂浜が続いていたり、漁港があるのかと思っていたけど、見えるのは広い草原から続くほんの少しの砂浜とすぐの海だった。
まぁ、こんなもんか。
「よし、泳ごう」
季節は秋で、すっかり波も高いけど、その程度なら気にしないし寒くもない。
念のために浜で拾ったペットボトルに真水を汲んでおいたし、荷物はビニールのゴミ袋に入れて浜辺で火を熾しておく。
脱いだ毛皮も荷物の中に入れて浜辺に角槍を突き刺し、いざ出陣!
バシャッ!
「あは」
波打ち際を走ると足に触れる感触が愉しくて、私の尻尾が激しく揺れた。
やっぱり身体を動かすのは気持ちいい。そろそろいいかと膝辺りまで海に浸かり、波が引いた瞬間を狙ってそのまま頭から飛び込んだ。
息を止めながら薄く目を開く。真水より多少違和感はあるけど、それよりも想像していなかった海の中に驚いた。
海ってこんなに海藻が少なかったっけ……? よく見ると岩場の隙間に黒いものが大量にひしめいていた。なにこれ? ウニ?
なんかやたらとトゲが長くて、〝知識〟にあるウニと一致しない。食べられるのかもしれないけど、見た目から食指が動かず、海藻が少ないせいか魚も小魚しかいなかったので、そのまま海から上がった。
思っていたのと違う!
仕方なく荷物をゴミ袋のまま担ぎ、火の付いた枝を持って南のほうへ移動する。
そのまま移動していると少しずつ海の色が変わってきた気がして、さらに三十分ほど進んだところで荷物と火を置いて海に入ると、そこではちゃんと海藻が生えて魚もいた。
さっきはすぐに上がっちゃったから確認はしなかったけど、初めての海でもちゃんと泳げていたようだ。いや、簡単に潜れちゃったから逆に浮かないのかも?
しかも結構息が持つ。数分程度じゃ息も苦しくならない。それなら水中でも息ができるんじゃないかと、試しに口を開けてみたら普通に溺れかけた。
『ごぼぁあ』
海は名前も分からない小さな魚が多くて、あまり大きな魚はいなかった。でも偶に三十センチくらいの魚もいたので捕まえてみようかと追ってみたけど、向こうのほうが速くて手が届かない。
(……あっ)
視界の端で一匹だけ、結構大きな魚が泳いでいるのに気づく。
警戒させないようにゆっくりと近づいていく。人間(?)の姿を見ることがなかったのか私をあまり警戒はしていなかったけど、近づいて一瞬に手を伸ばすとその瞬間に手から逃げた。
(ええい!)
諦めきれなくて足で水を蹴る。その程度では足掻く程度にしかならないはずが、いきなり加速してその魚を掴んでいた。
え……どういうこと? 自分でやっておいて驚いた。後ろを見るとどうやら私はバタ足だけじゃなくて、とっさに尻尾も使っていたみたい。試しに尻尾だけを魚のようにうねらせると、それだけである程度泳げてしまい、思わず海の中で笑って、また溺れかけた。
それでも魚を離さなかった自分を褒めてあげたい。とりあえず息も苦しくなったので水面に上がると、肌にチクリとした感触があって、それを確かめた私は慌てて浜まで戻る羽目になった。
「クラゲだ……」
そうだった。秋になったらクラゲが湧くんだね……。それでもクラゲの毒針は私の肌を貫くほどではなかったみたいで、ほっとしながら海に投げ捨てた。
さて、念願の海の魚だ! これは……サバ? たぶんだけど。
「でもサバって腐りやすいんだっけ?」
そこまですぐ腐るわけじゃないと思うけど、その辺りはやっぱり気分というか〝ノリ〟だ。少し離れてしまった荷物のある場所へ急いで戻る。
毎回警戒はしているけど荷物に変わりはなく、やはり悪戯をするような大きさの動物はいないみたい。助かってはいるのだけど、それはそれで不自然な気がした。
答えの分からないことに悩んでも仕方ない。消えかけていた焚火に乾いた流木を追加して火を強め、さっそくサバを捌きましょう!
「さあ、出番だよ!」
私が荷物から取り出した牙ナイフは、お日様に輝くようにその刃を光らせた。
昨日と一昨日と、夜遅くまで頑張ってついに牙ナイフに刃を付けることができた。ナイフと言うにはまだかなり分厚いのだけど……何故か途中から赤みを増して異様に鋭くなった気がするんだよねぇ……。
一応、握りの部分も多少は細くできたので、皮袋を作ったときの端切れもあるから今度はちゃんと柄を作ってみよう。
「さて……」
岩の上でサバに牙ナイフを滑らせると、これまでが嘘のように鱗が取れて感動する。
傷つけないように内臓を取り出し、浜に埋めて、途中で何度か海水で洗いながらサバを三枚に下ろしていく。まあ、まだ慣れていないから三枚だか五枚だかバラバラになったけど、とりあえずは捌けた。
「……食べてみよ」
新鮮な海魚なのでまずは切り身にして生で食べてみる。
「ん~~~……美味しい!」
こんなに美味しいとは思わなかった。海水で塩味が付いているのもあるけど、旨みだけが強かった猪の生肉とは、方向性の違う美味しさだった。
美味しくて小骨を取ることもせず、思わず半身を生のままで食べてしまった。このまま全部食べてしまいたかったけど、せっかくだから残りの半身は塩焼きにした。
ついでにかなり身が残ってしまった頭と中骨の部分も一緒に火で炙る。
「んん~~~っ!」
塩焼きはまた別次元の美味しさだった。思わず足をばたつかせて、まだ炙っていた骨に砂が掛かりそうになって自重しながら残りを食べて、最後にじっくりと焼いた骨と頭を丸ごと牙でバリバリと噛み砕いた。
「ふぅ……」
五十センチ近くある大きなサバを丸ごと完食して、私は浜辺で足を投げ出すように伸ばして、息を吐く。……サバとしては大きかったと思うけど、少し足りない。
もう少し探してみようかな……。でも、さっきは偶然獲れたけど、あの大きさの魚を捕るには道具がいるような気がする。
できるなら釣りというのもしてみたい。海沿いの民家なら釣り竿もあるような気がするけど、何故かこの辺りは公園っぽい? 見る限り草原しかなくて、とりあえず火を消してそのまま南のほうへ歩くことにした。
「海藻とかも食べようかな」
てくてく歩きながらそんなことを考えた。ワカメとか昆布とか茹でるだけで食べられるよね?
ちなみに潮風対策に毛皮はまだ荷物に仕舞ったままだったりする。誰かに見られるわけじゃないし、海だから変でもないでしょ。
それと、魚が獲れなくても変なウニがいたのだから、貝もいるかもしれない。これも焼くだけで食べられるから探してみよう。
「それにしても……」
草原が海辺近くまで迫っていて砂場が狭い。海に来たことで魚しか意識していなかったけど、見たこともない植物も生えていたので、何か食べられるものがあるかも。
「……ん?」
遠くの島に小さなものが群がっているのに気づく。
「ン~~……鳥?」
カモメかウミネコが知らないけど、海鳥が島の周りを飛び回っていた。
小鳥以外の鳥もいるんだねぇ……。カラスも鳩もいなかったから、一定以上の大きさの動物は消えてしまったのかと思ったよ。
「カモメって食べられたっけ……」
まだ満腹じゃないので思わずそんな感想を漏らしてしまう。
あの島まで行けば獲れるかな? でも、不思議な島だなぁ……。結構な大きさがあるから木が生えてもよさそうなのに、なんか奇妙な色の草しか生えていない。
あ……っ!
ザバァアアアアアアッ!
突如海が盛り上がると、そこから巨大な魚が姿を現した。
その巨大な魚は顎を開くと、飛んでいた海鳥の群れを一息で半数以上食らっていた。
「……鮫?」
やっぱりいたか、巨大生物! それは確かに鮫だった。でも遠くで見てこの大きさなら、最低でも十五メートル以上あるはずだ。
巨大鮫は二度、三度と、飛び跳ねるように海鳥を食らっていく。
あの島の周りは、あの巨大鮫の狩り場だったのか……。気づかずに沖まで泳いでいたら襲われていたかもしれないと思いゾッとする。
瞬く間に数百はいた海鳥の大部分を食らい尽くすと、まだ食べ足りないのか、海岸にいた私の放つ〝気配〟に目を付けた。
「――っ」
海鳥を狙うため鮫も気配を抑えていたのか、強烈な〝気配〟を殺気と共にぶつけてくる。
私もとっさに荷物を後方に投げ捨て、角槍を構えた。
海の生物が陸まで上がってくる……? 普通ならあり得ない。でも私の〝知識〟だとシャチなどは陸のアザラシを襲うらしい。
鮫でもあの大きさなら数百メートルくらい飛び跳ねて海に戻れるかもしれない。
海の中で海の生物には敵わない。なら逃げる? いや、背を向けた瞬間に襲ってくる可能性もありそう。
「…………」
互いに隙を窺うように鮫と私は睨み合う。
でも――
ザッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
その瞬間、〝島〟がうねり、海の中にいた大きな〝口〟が巨大鮫を襲った。
「――っ!?」
唖然として見ていた私のところまで大きな波が来て、頭から海水を被る。波に翻弄されながらも唖然として見ていると、その〝島〟は巨大な潮を噴き上げ、空に虹を作っていた。
『――――――――――――ッ!!』
巨大鮫が音にならない悲鳴をあげて、巨大な口に噛み砕かれていく。
あれは島じゃない! 全長で数キロメートルはあるけど、あれって……
「……クジラだぁ……」
これも巨大動物の一種なの……? とてもじゃないけど、戦う対象になんてならない。
それは向こうも同じなのか、一瞬だけ私へ〝気配〟を向けながら、特に気にすることなく巨大鮫を捕食して、そのまま沖のほうへ進んでいった。
「あは……あははははっ! でっかいなぁ!」
海でテンション上がる竜娘。
この子、脱ぎすぎでは?
次回、『学校の廃墟』




