15 海へ
この物語の場所は現実のとある場所をストリートビューで移動しながら想像で書いています。
その日は辛い豆煮だけを食べて過ごした。でも結局辛すぎて、近所の自販機から甘いジュースを拝借してしまった。
でも夜はそれだけだと暇なので、牙ナイフに柄を付けようと頑張ってみた。
「……うん? あれ?」
なるほど。こういう加工には道具がいるのだと理解するだけで終わった。
「晴れたぁ! ――うわっ」
翌朝は晴天だった。思いっきり背筋を伸ばすと振り上げた角槍が軒の天井を抉って、埃が落ちてきたので慌てて逃げる。
缶詰はまだだいぶ残っていたけど置いてきた。持って行くには重いし、そもそも私は辛いのが苦手だった……。初めて知ったよ。
辛さで火を噴きそうだと思ったけど、実際に火は噴けなかった。どうやったら自在に火を噴けるようになるのだろ?
缶詰は『売れ筋商品』と書かれた棚に置いてきたので、次に来た人がきっと食べてくれる。
人……いるかなぁ?
朝ご飯代わりに干し肉を囓りながら川へと戻る。……なんか食事の効率が悪いな。こんな世界なら沢山食べる一日二食でいいのかも。
そんなことを考えながら川の土手を海に向かって歩いていると、どんぐりを見つけた。
「あ、これ、本で見た美味しい奴だ! あ、栗もある!」
どんぐりだけじゃなくて栗の木もあった。今まで気にしていなかったけど、今は秋なのかな?
とにかく一心不乱にどんぐりと栗を拾う。栗があるなら、どんぐりはいらないような気もするけど、私にとっては貴重な炭水化物なのでどっちも拾う。
「栗は剥かないとかさばるな……」
剥くと言ってもイガイガのほう。確か……〝知識〟では足で踏んで開けるんだっけ?
「私、素足だった……」
ここまであちこち走って傷一つ付いていないので平気かもしれないけど、なんか負けた気がするので、普通に手で剥くことにした。
「あ、大丈夫だ」
私の肌は丈夫だから平気だと思っていたけど、イガイガを手で剥いてもちょっとチクチクするだけで痛くは……
「痛っ」
……普通に爪の間に刺さった。普段の爪は普通の人間と変わらない肌色の薄い爪だ。でも、赤い爪を出すと、なんか太くなって鋭くなる……不思議!
そのまま爪を出してバリバリとイガイガを剥いていくと、どんぐりと合わせてゴミ袋の五分の一くらい集めることができた。
よし、今日の晩ご飯はこれにしよう。そう思ってはいたけど、やっぱり朝が少なかったからかお腹がすいてきた。
……これもう、普通にお腹減ったら食べる、でいいんじゃないかな。
角槍を構えて川に入る。でも今度は、この前はまったく警戒しなかった魚が逃げてく。
どうして? ……ああ、なるほど。
「殺気に気づかれたのか……」
肉食獣が牙を剥き出していたら逃げるよねぇ。
川に膝まで浸かって目を閉じて心を落ち着ける。水の流れる音に耳を傾け、そっと気配を探ると魚の存在が徐々に感じられるようになった。
「……そこ!」
感じた気配に角槍を突き刺す。
素人がいきなりそんなことをしても上手くいくはずがないのだけど、やたらと大きな気配を感じて突き刺すと、本当にやたらとデカい魚が突き刺さっていた。
「なにこれ……」
こんなのがこの辺にいるの? しかも、随分デカくて一メートルくらいある。
顔はナマズっぽいけど黒と金色? 正体は分からないけどとりあえず食べ応えはありそう。
牙ナイフで頭を取り、腹を割いて内臓は捨てる。さすがにこの大きさの魚を串焼きにはできないので、三枚に下ろすことにする。……とは言っても牙ナイフは先端しか鋭くないので、捌くと言うより解体になった。
河原で焚火を熾し、切り身に塩を振って細い枝に刺して遠火で焼く。
笹の細い竹部分は使えるかと思ったけど、火で炙るとヘニャっとなってダメだったよ。
謎の魚は腹回りに臭みはあったけど、それ以外は美味しくいただけた。
そうやって昼間は歩いて夜になったら民家で眠る。そんなことを繰り返していると、徐々に民家が少なくなって、数日もすると木々も森ではなく雑木林となり、草原が増えるようになった。
「もしかして田んぼ?」
近くに用水路の跡があったのでたぶんそうだと思う。でも、野生化した稲でもあるかと思ったけど、襲われたのが収穫後だったのか、雑草の中に稲はなかった。
「お米、食べてみたかったなぁ」
やっぱりそろそろ野菜が食べたい。正確に言うとタンパク質以外が欲しい。
一日一食は肉以外、と決めてはみたけど、意外と難しい。ジンベエのご主人が持っていた野草の本は読んだけど、パッと見て雑草の中にある野草が目に入らない。今の季節は秋っぽいので目立つ野草はないのかもしれない。
前に取ったどんぐりと栗もとっくに食べ終わっている。結構、採ったんだけどなぁ……。
味はまあ普通? 甘みはそれほどじゃないけど美味しいと思ったし、お腹にも溜まる。でも、火で炒ると偶に弾けるからビックリするんだよ。
干し肉は毎日食べていたら、いつの間にかほとんど無くなった。……何十キロもあったのに。
逆に日持ちするように冷燻したモモ肉はまだほとんど残っている。でも、冬まで残したら黴が生える気がするなぁ。
その日は農家さんらしき民家のお庭を借りて野宿する。鍵が開いてなかったから仕方ない。
お米農家で家庭菜園もなかったので、今日は野草を探そうと思う。
気合いを入れて調べてみると、食べ物……と言うには微妙だけど、タンポポとクローバーを見つけた。タンポポは花がないから自信は無いけど、たぶんタンポポ。
食べられるはずだよね? でも、どうやって食べよう?
もう少し気合いを入れて探してみると、青しそを見つけた。……これもまた薬味っぽいし、どう食べたらいいの?
仕方ないので、まとめて水に晒してあく抜きをしてから、煮ることにした。火は通したいけど、全部葉っぱだから『焼く』じゃないよね?
お庭で火を熾し、ミルク鍋に野草と残りの干し肉を入れて汁にした。
さて、お味は……。
「臭い……えぐい……」
おひたしにしたほうが良かったかも。
夜になったら、ずっとやろうと思っていたことをする。
脆くなった巨大動物の死骸と違って、角槍と牙ナイフが硬いのは、たぶん私の〝血〟を浴びたからだと思う。それでもたぶん、猪の身体に付いたままだったら、ここまで硬くはならなかったような気もしている。
それは何故かと聞かれたら私の感覚でしかないけど、なんとなく、この二つは〝私のもの〟という感じがしているから。
角槍は私の血を浴びて、私が自分のものだと認めたから、同じく血を浴びた猪の牙を砕くことができた。あのときから角槍の赤みが増しているので、今は私のものとなった牙ナイフよりも硬くなっていると思う。
全部、感覚でしかないけど……私って、とんでも生物だね!
それで私がしたいと思ったのは、この牙ナイフを研いで本物のナイフにすることだ。
だって、先端は鋭いけど刃がないから、普段使いがしづらいんだもん。
角槍の石突き部分に牙ナイフを当てて研いでみる。
時間が経ったら、牙ナイフのほうも角槍と同じくらい硬くなるかもしれないから、刃の加工をするなら本当に今の時期しかないと思う。でも、すでに鋼くらいの硬度があるので、本当に少しずつしか研げない。
……なんとかならないかな?
「そうだ」
腕に〝熱〟を込めて力を込める。それでも劇的に変わるわけではないけど、石で石を研ぐくらいの感覚で、少しずつ牙は研がれていった。
別に今日一日で刃にする必要はない。こうして毎日研いでいれば、きっと鋭いナイフになってくれる。……はず。
そうして牙を研ぐ音と虫の音だけが流れる中、私は焚火の灯りと月明かりを頼りに、その月が高く昇るまで研ぎ続けた。
その次の日の朝、川で獲った魚にほのかに潮の香りを感じて、私は海に近づいてきたことを実感した。
海のお魚を求めて!
そこで現れたものとは――
次回『初めての海』