12 壊れた町と焼き魚
新しい旅のはじまり
私はジンベエと別れてまた一人で放浪の旅を始めた。
いつも一緒に居たから離れてちょっと……ううん、かなり寂しいけど、私には目的があるから割り切ることにした。
……正直、何年か一緒に居ても良かった気もするけど、時間制限のない旅とは言え、これからも誰かと出会う度に同じことを繰り返していたら、私は先には進めなくなる。
はっきり言って〝人間〟と違う私は、これから何年生きるのか分からない。
生まれた時からこの姿なので寿命さえも分からない。数年で死んでしまうかもしれないし、逆に何百年もこの姿のまま生きるのかもしれない。
でも、どんな結果になったとしても、後悔する生き方はしたくなかった。
幸い、大抵のものは食べられる身体と、傷ついても食べれば治る身体……そして、あの巨大動物ともなんとか渡り合える力があるのだから、しっかりと自分の足で歩んでいこう。
それはさておき……。
「川だぁ……」
落ち葉で埋もれかけた道路沿いに歩いていると、石垣でできた城跡のような高台に出た。そこから大きな川が見えて、その向こうに街らしきものも見える。
「あ……」
街に見えるビル群に、どこか既視感のようなものを覚え、そこがあの研究所の屋上から見えた光景と同じ場所だと気づいた。
「ここかぁ……結構かかったねぇ」
街があった。でもまあ、〝街〟と言っても、森みたいな大きな木々に呑み込まれかけていて、背の高いビル以外は碌に見えないのだけど、とりあえず行ってみますか。
ぐぅ~~~~……。
「ご飯を食べてから!」
革袋から干し肉を取り出し、瓶に入れた水で口に含みながら、堅い干し肉を噛む。
少し炙れば柔らかくなるかな? それと干し肉と燻製肉、どっちが日持ちするのだろう? どっちでもいいか。
数枚の干し肉を食べて、川が見えたので瓶の水を飲み干し、乾かしてなお数十キロはある肉の詰まった大きな革袋を肩に背負って、私は高台から勢いよく飛び降りた。
あの巨大猪と戦ってから……いや、その肉を食べてから、身体能力が上がった気がする。
元から腕に〝熱〟を込めれば自販機をこじ開けることくらいは出来たけど、今は何十キロもある荷物を〝熱〟を使わずに持てるし、十メートルくらいの高台でも平気で飛び降りられた。
……ドンッ!
「~~~~~っ」
脚に結構な衝撃は来るけど!
そのまま流すような速さで走り出すと、木々に埋もれるように住宅のようなものが見えてくるようになった。
民家に用はない……と言いたいところだけど、前にあった住宅地と違い、壊れた民家のような物が多かった。壊れたと言うより……壊された?
念のために以前より赤みの増した角槍を構えて進むと、ふと目にした光景に目を見張る。
「これ……家?」
樹木の根に呑み込まれるように民家があった。でも、すぐにそれに気づけなかったのは、その民家が完全に破壊されていたからだ。
災害か何かで倒壊したんじゃない。何か大きな物が壊したような……?
「あ……」
よく見れば、あちらこちらに破壊された民家が点在してした。それどころじゃなく、前部が潰れて焼け焦げた自動車もあり、まるで災害から逃げたのではなく、〝何か〟に襲われて逃げ出したような有様だった。
でも私には、その襲撃者に心当たりがある。
「……あの巨大動物か」
少なくとも私が知っている『この世界』には、あんな巨大な動物はいない。
ヘラジカとかゾウとか大きな動物はいるけど、あの巨大鹿はヘラジカよりも大きいのに三階建ての屋上まで駆け上がる身体能力があり、巨大猪は鯨のような巨体で何故、自重で潰れることなく動けるのか理解できなかった。
でも、私の〝知識〟はただ知っているだけだから、本物を知らない私がそれを判断することはできない。
なにより……
「私の存在が一番〝謎〟だよねぇ……」
壊れかけて木々に埋もれた町を抜けて、道なりに進んだ土手を越えると、ようやく川が近くに見えた。……川? 河? 大きいほうが河だっけ? 川沿いは種類が分からないほど沢山の植物に覆われていたけど、私はそれよりも水の綺麗さに驚いた。
なんとなく〝知識〟から街中の川は綺麗ではない印象があったのだけど、人が居なくなって何年も経っているのか、水はびっくりするほど綺麗だった。
「……そのまま飲めるかな?」
水が勢いよく流れている場所ならそのまま飲める気がする。私なら煮沸なしでも平気な気はするけど、ここまできたら気分の問題だ。
「……色々洗おうか」
毛皮の胸当ても腰巻きも、虫は付いていたりしないけど、それでも農作業をしていたのでここで洗うことにする。
「毛皮は水洗いしても良かったっけ?」
たぶん、普通の皮ならダメだけど、巨大鹿の毛皮なら水洗いしても腐ったりはしないはず。なんとなく感覚でそう思えた。
まず枝を拾い、河原の石のところで火を熾して焚火を作る。川辺だからか若干湿っている物も多かったけど、そこは力業でなんとかした。
念のために野生動物の気配を探し、大きな鳥も小動物もいない……ように見えるので、角槍を焚火の側に深く突き刺し、そこに食料の入った革袋を引っかける。
ミルク鍋を持って流れの速いところから水を汲んで火の側に置き、焚火から離れすぎない川の中で着ていた毛皮の胸当てと腰巻きを脱いで軽くゆすぐように洗いながら、私も自分の髪と身体をしっかりと洗っておく。
枯れ草を丸めて身体をこするのはやっぱり気分の問題だね。綺麗になった気がするから。
身体を洗うと言っても石鹸もないから、行水なのですぐ終わる。
「あ、魚だ」
見た瞬間に現物と〝知識〟が合わさり、それが『魚』だと理解した。
でも、こんな大きな魚がいるんだ? 水が綺麗なせいかよく見ると大きいのだけじゃなくて小さいのも泳いでいる。角槍で突けば獲れるかな? 何年も人が居なかったからか警戒することなく私の足元を……
バシャッ!
「……獲れちゃった」
いけそうだな……と思って手を出したら、そこに居たので思わず掴んじゃった。頭が丸い……これはマス? 知らんけど、結構大きくて六十センチくらいある。
とりあえず、お昼ご飯ゲット。
水から上がり、プルプルと頭を振って水気を飛ばす。
お肉に釣られて動物も寄ってきていないのを確認して槍から荷物を下ろし、代わりにぶん回して水気を切った胸当てと腰巻きを干しておく。
さすがに猿はいないと思うけど、いたずら者のタヌキはいるかもしれないので荷物の管理はとても重要。
毛皮が乾くまでご飯にしよう。お肉はあるけどせっかく保存食にしたので、捕まえたマスを食べることにした。本当にマスかどうかは分からない。
まだ生きていたので、牙ナイフで頭辺りを切って絞めると同時に軽く血抜きする。そのあとマスの腹を割き、内臓を傷つけないように出して川の水で洗うと、なんとなく食べ物に見えてきた。
「……大きすぎるかな? でもやろう」
やってみたかったので串焼きにすることにした。六十センチの魚の串焼き……。ちゃんと火が通るのか不安だ。
でもやろう。失敗したら教訓にすればいい。
牙ナイフで鱗を丁寧に剥がして、もう一回水洗い。牙ナイフと呼んでいても、刃物じゃないから綺麗に剥がれなくて表面が傷だらけになった。
串はどうしよう……河原に笹なら生えているけど、たぶん無理だよね。太い竹も探し回れば在るかもしれないけど、思いつきで探し回るのは面倒なので素直に近くの木の枝を拝借した。
でも……。
「串焼きじゃなくて杭焼きだ」
太めの枝で刺すとなんか猟奇的。まあ、そんなものかと諦め、お塩をざっくりと塗りたくって焚火の側にぶっ刺した。
「まだかな、まだかなぁ~♪」
焚火の前でしゃがみ込んで、牙ナイフでつつきながら焼き上がるのを待つ。
そんなことをしていると、魚を焼く匂いに釣られたのか、少し離れた場所からこちらを窺う動物の気配に気づいた。
「タヌキ……じゃなくて、アライグマ?」
へぇ……ここにもいるんだ? 外来種的な? でも……。
「……あれはダメだな」
一目見て分かった。単純に私の勘だけど、ジンベエと違って〝人〟に懐かない気がする。
「……行け」
少しだけ〝威圧〟をするように睨んでやると、私に何を感じたのか、アライグマはわずかに飛び上がり、一目散に逃げていった。
可哀想な気もするけど、理解し合えない動物にまで気をかけるつもりはないんだよ。
まあ結論から言うとマスの串焼きは焦げた。小一時間焼いても中まで火が通らなかったので、火に近づけたら表面が焦げちゃった。
でも、中はちゃんと美味しかったし、愉しかったのでまたやろうと心に書き留めた。
街へ向かう竜娘が見たものとは……
次回『街を襲うもの』