1 目覚めたら終末世界
ひさしぶりの連載となります!
今回はフリー○ンと竜娘というジャンルの小説に触発されました。
皆様、よろしくお願いします。
――〝願い〟により生まれしもの――
遠くから〝声〟が聞こえた。
ぼんやりと微睡むような暗闇の中に〝光〟が見える。
ずっと眠っていたような気がする。ずっと歩いていたような気もする。
少しずつ……ほんの少しずつ長い時間をかけて〝自分〟は意識を覚醒させていく。
覚醒するにつれて芽生えていく自我と……焦燥感。その思いに突き動かされるように〝自分〟は暗闇の中を〝光〟に向けて進んでいく。
ただひたすらに前に進み、届かない〝光〟に手を伸ばす。
でもそれは見えない何かに阻まれ、募る焦燥感に駆られた〝自分〟は、思い切りその〝殻〟を打ち破った。
バキィイイインッ!
「…………ぅう~~~~~~っ」
肌に触れる微かな空気の流れ……。微かに感じる不快な埃の臭い。
暗闇と微かな光。それらのことをすべて置き去りにする、身を苛むような激しい空腹感に唸るような声をあげた〝自分〟は、鼻腔をくすぐる唯一の有機物らしき物に、無意識に食らいついていた。
バキン……バリン……。およそ食べ物とは思えない音を立ててそれが牙に砕かれ、胃の中に消えていく。
その音だけが響く闇の中で、ただひたすらに空腹を満たすだけの〝食事〟が続いて……。
「……ふぅ」
本能的な焦りさえ覚えた〝飢え〟がある程度満たされて息を吐くと、〝自分〟はようやく辺りを見回す余裕ができた。
「……ここ、どこ?」
微かな違和感……。〝自分〟はこんな〝声〟なのか。辺りを見回してここが病院の個室のような場所だと分かったけど……。
「〝病院〟……ってなに? あ、そうか……『病院』だ」
知らない〝単語〟が頭に浮かぶ。そしてあらためて部屋を見て〝現物〟と〝知識〟をすり合わせるように、ここが『病室』のようだと理解できた。
知らない場所。分からない状況。何も分からない中で大きな疑問が頭によぎる。
「……〝自分〟は誰……?」
自分が〝誰〟なのか記憶がない。名前も家族のことも思い出せない。
これまで生きてきた思い出も、どうしてこんな場所にいたのかも思い出せない。
ううん、何か……違う? 思い出せないのではなく……知らない?
思考はできるのにその〝知識〟の源が分からない。何も分からない不安の中でとにかく立ち上がろうと足に力を込めると、バランスを崩すように足元がふらつく。
「……なにも分からないのは、ずっと眠っていたから?」
その割には筋力が衰えている感じはしない。でも、重心のバランスがおかしくなったように前後にふらついた。
「これは……」
ふらついたときに思わず手をついたのは何かのカプセルのような物だった。でも、その半分が砕かれていたので、もしかして自分が食べていたのは、これ? それに……
「こんなに暗くて、どうして見えているの?」
ほとんど光のない暗闇。でも自分はそこが病室のような部屋だと分かり、触れた物がカプセルのようだと、形状さえも見通せた。
その暗闇の中で、わずかに〝線〟のように見えたものが、扉の隙間から漏れた光だと気づく。
そう……『扉』だ。自分の中の〝知識〟とすり合わせをして、それがこの部屋の出入り口だと理解した自分は、夢の中で見た〝光〟がそれだと思い、縋り付くように手をかけた。
ガツッ――
「……開かない? どうして? こほっ」
急に動いたせいか、舞ってしまった埃を吸い込んで思わず咽せる。部屋の中をよく見ると、どれだけの時間を眠っていたのか、床には自分の歩き回った跡が残るほど埃が積もっていた。
その割には何故か裸だった身体が湿っているような気がして不自然に感じる。
「どうなっているの……? 誰かぁあ!」
扉の隙間から外に向かって叫ぶ。でも、誰も応えてはくれない。
自分はここに閉じ込められていた? もしかしてここから出られないの? もしここが本当に誰もいないのなら……?
再び焦燥感に駆られて扉に手をかける。思いっきり力を込めてみるけどドアノブさえなく、小さなパネルだけがついた扉は、微かに軋むだけで開きはしなかった。
「~~~っ!」
それでも手に力を込める。指先や爪が痛くなっても構わず力を込めると、突然、その腕と指先に〝熱〟が生まれた。
――ガキンッ!!
「わぁあ!?」
金属がねじ切れるような音を立てて、思い切り扉が開く。
「いったぁ……」
その勢いのまま部屋の外に転がり出た自分は、唐突な強い光に目を細めながらも、ぶつけたお尻や頭を手でさすると。
「え? あれ? なんで? 尻尾っ!?」
お尻のすぐ上に〝尻尾〟みたいなものがあった。指くらいの太さで長さも十五センチくらいしかないけど、どう見ても尻尾にしか見えなかった。それだけじゃなくて指先にも、先ほどまで無かったはずの鳥類や爬虫類のような真っ赤な爪が生えている。それに……。
「〝角〟まである……」
耳の上、頭の横辺りからも小さい〝角〟が生えていた。
「なんなの……」
唖然としながらも自分の身体を見下ろすと、赤みがかった小麦色の肌と小ぶりな胸が見えた。
あらためてよく見れば自分は女性のようだ。自分の年齢に関する記憶もないけど、手足がまだ細いからまだ若いのかもしれない。
……どうして自分の性別さえ知らない?
しかもこんな場所に全裸で放置されているとか、本当にどうなっているの?
そして――
「あの光……」
〝私〟が眠っていた部屋は、真っ直ぐな通路の突き当たりにあった。その通路の一番奥から強い光が差し込んでいる。
真っ白長い通路……。でも、その白い壁も天井も黄ばんで薄汚れ、何年も人が通らなかったように、床には足跡一つなく分厚い埃が溜まっていた。
通路の左右に他の部屋はなく、その代わりに開け放たれたまま放置された鉄格子の扉が見える。
その先の〝光〟が……
「……きっと外だ!」
何年も誰も通らなかった埃の積もった廊下を駆けていく。
きっと外に出られる。外に行けばきっと誰かいる……。そんな思いがさらに足を速くする。
「……あ」
通路の先には、さらに曲がった廊下があり、その片側一面が窓硝子になっていた。
でも、その薄汚れた窓硝子の外は、望んでいた〝答え〟を得るものではなく、見えたのは景色を覆い隠すような森の樹木だった。
「……本当にどうなっているの!?」
現状を知る手がかりを得られなかったことに、私はまた白い廊下を駆け出した。
埃が積もってペンや物が散乱する廊下を駆け抜け、素足を怪我するなど考えもせず、見つけた階段を飛び降りるように駆け下りる。
とにかく外に出たい。外に行けばきっと何かが分かるはず……。そんな思いに駆られてただ闇雲に出口を探す。そこまでの通路も窓から見える景色もこれまでと同じで、やはり廃墟なのか誰一人として人の姿を見ることはなかった。
下まで辿り着いた私は、ようやく玄関ロビーらしき場所を見つけた。
家が一軒入るような広い場所に大きな受付カウンター。三階ほどの高さまで吹き抜けになっていて、硝子張りの天井に初めて見る青い空に少しだけ心が高揚する。
これで外に出られる……。こんな訳の分からない場所からちゃんとした場所へ行ける。
私は入り口のほうへ向かい、落ち葉が堆積したガラス戸を押し開けるように外へ出ると、その瞬間、身体を奔る〝怖気〟に足を止めた。
「――っ!」
目の前に広がる暗くて深い森……その奥に何かの〝気配〟を感じて目を凝らす。
「〝何か〟がいる……」
森の奥……木々の隙間、その向こうに見えた木漏れ日の中に、それがいた。
「……鹿?」
それは確かに〝鹿〟だった。枝分かれのない真っ直ぐな二本の角を生やした、若い牡鹿のように見えた。
だけど……その大きさは、遠近感が狂っているかのように恐ろしく巨大だった。
周囲の木の葉が砂粒のように小さく見える。大木の森がまるで細い雑木林のようだ。
そのあまりの威容に思わず息を呑み、そのわずかに漏れた私の〝気配〟に、巨大鹿が顔を上げてその黒い瞳を私へ向ける。
……その姿を綺麗だと思った。でもそれ以上に異様すぎた。
私はその姿に気圧されるように、その鹿と無言のままで見つめ合う。
でも……私の中の動揺が〝脅え〟だと察したのか、その巨大鹿はまるで笑うように口元を歪め、突如、周囲の木々をへし折るような勢いで襲いかかってきた。
「――!?」
――ドスッ!
次の瞬間、私の身長ほどもある〝角〟が、反応もできなかった私の脇腹を突き刺した。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ああああああああああああああああああああっ!!」
巨大鹿が雄叫びあげてさらに私の身体を突き上げる。抉られた脇腹と私の口から悲鳴と共に鮮血が飛び散り、巨大鹿は私ごとガラス戸を粉砕しながらロビーへと突入した。
突然巨大鹿に襲われた。何故か突然襲われた。意味が分からない。
混乱する思考の中でただ脇腹の傷だけが激しく熱を持ってこれが〝現実〟だと知らしめる。
脇腹が燃えるように熱い。痛いではなく〝熱い〟!
その熱が突如襲われた恐怖を塗りつぶし、混乱を怒りが焼き尽くすように、私は自分の腕ほどもある太さの角に爪を立てた。
『ブモォオオオオオオオオオオッ!』
それに合わせて巨大鹿が暴れ出し、振り回した私の身体で石造りのカウンターを粉砕する。
「がは――っ!」
幾つかの骨が折れる感触。口から血を吐きながら私は脇腹を貫通する角を握りしめたまま、渾身の力で巨大な鹿の頭部を蹴りつけた。
『ブモォオッ!!』
骨格が歪むほどに強く蹴られた巨大鹿が私を振りほどこうと跳びはね、吹き抜けの壁面を駆け上がりながら硝子の天井を突き破る。
バリィインッ!
割れた硝子が私の肌を裂く。全身に痛みが奔る。でも……〝怖く〟ないっ!
全身の傷が熱を持ち、痛みは恐怖ではなく、ただ〝熱〟かった。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
反撃した私の〝意志〟を察して雄叫びをあげ、私を振りほどこうと建物の屋上まで躍り出た巨大鹿は、小さな私を押しつぶすようにコンクリートの外壁に叩きつけた。
「うぁあああああああああああっ!!」
それでも私は怯むことなく両手で角を強く握りしめる。その瞬間、腕が燃えるように熱くなり、両腕の赤みがかった小麦色の肌が真っ赤な鱗に覆われた。
ビシィッ!!
鋼のような硬度の角に罅が奔り、私はへし折るのではなく握りつぶすようにさらに力を込める。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
巨大鹿が高く飛び上がる。加速が切れた一瞬の浮遊感が私を襲う。
私を脅威として認めたこの巨大鹿は、私を殺すためだけに高高度から叩きつけて潰すつもりなのだと分かった。
私がどうして襲われたのか分からない。私には争う理由もない。
それでも――
「死んで……たまるかぁあああああっ!」
バキン――ッ!!
私は全身に受けた傷の恐怖よりも自分の内から湧き上がる闘志に身を任せ、巨大鹿の角を握り潰しながら、全身の〝熱〟を叩きつけるように〝声〟にする。
「――――――――――――――――ッ!!」
その〝声〟が私の口から放たれた瞬間、それは灼熱の光線となり、角をへし折られた巨大鹿の頭部ごと胴体を消滅させながら、そのまま天へと昇り消えていった。
……ドガンッ!
建物の屋上に私の身体と焼け残った巨大鹿の脚が落ちて。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
私は倒れたまま勝利の声をあげた。
……血が足りない。朦朧とした視界が真っ赤に染まり、肉が焼ける匂いに本能のまま身を起こす。
私は脇腹を貫いていた鹿の角を引き抜くと、強烈な〝飢え〟に襲われるぼろぼろの身体を引きずりながら、自分よりも巨大な鹿の脚に齧りつく。
ただ一心不乱に巨大鹿の脚を食らい続ける。
自分より巨大な鹿の脚の大部分を食らい尽くすと、呆けたように立ち上がり……風に吹かれながら屋上から見える景色に私は血塗れの口元を歪めた。
「……なにこれ」
見えたのは青い空。地平線まで埋め尽くすような深い森……その森から竹のように生える、廃墟となった巨大なビル群だった。
お手柔らかにお願いします。
感想などいただけたら嬉しいです。
土曜と日曜で四話投稿する予定ですので、本日はもう一つ投稿します!