対峙4
「教授、お久しぶりです。」
「浅見くん、君なにやってたの。」
「あー、まあ……。」
ご主人さまと浅見さんが緊迫感の欠ける会話をしている中、杏香さんの大きな声が響き渡りました。
「タクト! こちらに来なさい!」
私の横にいるタクトの体が少し揺れました。
浅見さんはまたがしがしと頭をかきながら言いました。
「タクトは、もうあなたの命令は聞きませんよ、原嶋さん。逃げる前に俺がそうシステムを書き換えたんです。」
それはとても静かな声でしたが、真っ直ぐに彼女に向かって言いました。
「あなたとのことはデータとして蓄積されてはいますが原嶋杏香さんの命令には従わない。『善』としての部分に相入れない命令には拒否ができるというシステムに書き換えたんです。」
「は? そんなの初期化して最初からやり直せばいいじゃない。大体、誰の資金でタクトが出来上がったと思っているの? タクトは私の物よ。」
杏香さんはタクトに向き直り、赤い唇をにっこりと弧を描かせて呼びかけました。
「さあ、タクト。私のことを覚えているんでしょう? 色んなことを教えてあげたじゃない。また最初から教えてあげる。」
「……杏香さまは、正しくないことを僕にさせる。」
「もうしないわ。だから、ね?」
杏香さんは手を伸ばしましたが、タクトは一歩後ずさりました。
「こちらで初期化すればいいのよ。捕まえなさい。」
杏香さんが個人的に所有している警備用アンドロイドが現れ、私たちの方へ向かってきました。
「浅見の言う『善』であれば、こちらが何をしたって手は出せないでしょ。」
警備用アンドロイドがあと少しでタクトの腕を掴みそうになった時でした。
「原嶋さん、ここがどこだか分かっているんですか?」
ご主人さまの呆れたような声が響きました。
「浅見くん、君の話は後で聞かせてもらうよ。さて、原嶋さん。ここは特区内です。この特区の全ての権限は僕にあります。それからアンドロイド開発に関しても。あなたからも詳しい話を聞かなければならない。」
杏香さんは腕を組み忌々しそうにご主人さまを睨みました。
「全ての権限と言ったって単なる大学の教授でしょ。私はこの特区を作った政治家とも繋がりがあるわ。」
ご主人さまがふっと困ったように笑いました。
「大切なことを忘れてませんか。ソピアは世界に向けて日本の技術の実績を作る場所。一人や二人の政治家の思惑なんてゴミみたいなものです。それよりも重大なルール違反をしたあなたの評判こそ心配するべきでしょう。腐っても経営者でしょう? ……あなたをこのソピアから追放し、犯罪者として訴えます。」
選ばれたセレブ達が住まう特区ソピア。ここからの追放一号となることは不名誉にほかなりません。
それは会社経営や社交にも不都合が出てきます。ましてや訴えられれば報道され世間にも知れ渡ります。
「はん、でもあなたの助手がタクトを作り出したのも公表しなくちゃいけなくなるわよ? 国民の不安を煽るわよ。」
「もちろん、公表は免れないでしょうね。結果次第ではタクトはスクラップです。しかし残念ですね。私や浅見くんの技術、そしてタクトの仕様が国外に流出することの方が国にとって不利益が大きいのです。……あなたの存在よりもね。」




