タクトside1
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『あなたの名前はタクトよ。指揮棒って意味なの。オーケストラを自在に操る指揮棒。そしてそれを握る指揮者は私。いい? よく覚えておいて。私に逆らってはダメよ。』
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「大丈夫か? タクト。」
浅見が僕に声をかけた。どうやら少しの間フリーズしていたようだ。
殺風景な部屋の中、ソピアを守る防犯カメラのモニターが並び、それを見渡せるように置かれたデスクに向かった浅見が振り返る。デスクの上には浅見の私物のパソコンがのっている。
僕は部屋の隅に置かれたソファに腰掛けて緩く首を振った。
「……彼女の言葉を思い出していた。こういう時、『感情』っていうのは厄介なものだね。」
「ん、ごめん。タクトの学習を考えると全ての記憶を消してしまうわけにはいかなくて……。」
浅見が目を伏せた。無造作に伸びた髪の毛、銀縁の眼鏡の奥の切れ長の瞳は辛そうな色を孕んでいる。
「あ、それは理解しているよ。浅見には感謝している。君が施してくれたシステムが僕を正しい方向に成長させてくれた。それに君は僕にとって『親』だしね。」
浅見はふふっと笑った。
「……友達だよ。」
浅見は天才すぎるが故に周囲とは合わず孤独だったようだ。ただ一人理解してくれたのは斎木教授だった。大学院を出て教授と共に特区の管理と運営を担い、発展させた。
浅見の頭脳を守るのに、斎木教授はあまりにも無力だった。
苦肉の策として浅見を守るために斎木教授は浅見を特別扱いせず、上にも報告をしていなかった。ただの助手として扱っていた。
浅見は能力を発揮させたが不満を持ち続けていた。そのため大学や中央センターには内緒で色々なところへ論文を送ったりしていた。それが国にバレそうになったこともあったようだ。
そこに現れたのが杏香さまだった。
「なにが天才だろうね。教授の考えを理解せず俺は待遇に不満を持ち、そこにつけ込まれて騙されて連れ出され、金持ちにいいように扱われてやっと理解したよ。」
「斎木教授には会わないのか?」
「迷惑をかけるだろう。国にも報告せざるをえないし、またどこかから狙われる。」
そんな言い訳をしながら現実逃避しているのだろう。
「でも、その頭脳がもったいないだろ?」
浅見がははっと笑った。
「タクトのような最高傑作を生むことができただけで満足だよ。」
「……お父さんって呼ぼうかな。」
「やめてくれ、年齢設定は俺と同じだ。」
「でも浅見はこれから老けるよ。」
浅見はうーっと唸った。
「二十年後なら呼んでいい。それまでちゃんとメンテしてやるよ。」
二人で笑い合う。
僕は戦いを好まない。でもアンドロイドは少しプログラムを書き換えるか学習次第でいくらでも残酷になれる。かつて存在したロボットのように戦闘兵器にもなる。
そのように利用したがるヒューマンはいくらでもいる。
二十年後、僕の存在はどう位置付けられているのだろう。
「……僕が会った斎木教授が作ったリーアのことを話しただろう?」
「ああ、実際に作ったのは多野だけどな。……リーアが完成した時のことはよく覚えている。設計したのは教授だよ。さすがギリギリの線をついてるよね。」
リーアは会話はできるが必要最低限のことしか話さない。『感情』も『表情』もない。
「でも僕たちの『希望』だよ? リーアの量産機が世間に受け入れられれば僕らが生きる道も開けるかもしれない。」
浅見は顔を伏せた。
「……まあね。」
「あ、でも量産するにしても外見は変えてほしいな。リーアは一体でいいな。」




