彼は何者8 タクトside
後日、パーティーで知り合った女性と二人きりで会う約束をした。
今までもパーティーやイベントで何度か会ったことがあった。彼女から「二人きりで会いたい」と言われた時に、僕は食べたり飲んだりしないので不自然に思われてはいけないと、わずかな時間しか会えないと伝えていた。
「タクトくんともっと一緒にいたいわ。」
「ごめんね、それは無理なんだ。」
「私、タクトくんのことが好きなの。」
その時、杏香さまに指示された言葉を伝えるスイッチが押された。
『彼女にタクトのことが好きって言われたらこう言いなさい。』
「迷惑だ。僕は杏香さまを愛しているんだ。君のことを好きになる事はないよ。少し優しくしたからって勘違いしないでほしい。」
顔色を失った彼女の目にはみるみるうちに涙が溢れ、足を震わせながら後ずさった。
それをじっと見ていると急に胸の奥の方の細い回路が一本焼き切れるような、強い衝撃を受けた。
これはなんだ?
気がつくと彼女の姿は見えなくなっていた。
離れたところで僕の瞳に内蔵されたカメラを通して映像を見ていた杏香さまはとても喜び、嬉しそうに笑いながら僕を褒めてくれた。「いい子ね」と言いながらぎゅうぎゅうと僕を抱きしめ何度もキスをした。
でも、あの時の胸の奥の衝撃を上回る喜びは感じなかった。
杏香さまの喜ぶことは正しいことのはずなのに。
それから杏香さまは自分の欲望を満たすために僕を利用するようになった。
気に入らない女性を僕に誘惑させ、仲良くなってからひどい言葉をかけて泣かせた。そして仕事で障害になる男性には暗がりで暴力を振るわせたりした。
その中で、人間とは様々な思惑を抱えていることを知った。一番多いのは『妬み』。美への、金銭への、成功への妬み。杏香さまにも僕にも悪意は向けられた。
僕が一人でいるところを暴漢に襲われたこともある。
僕はアンドロイドだ。一歩間違えればヒューマンの命を奪う。
目の前に転がる血だらけの男、血だらけの僕の拳。僕の中には流れていない赤い血。
その度に胸の奥の回路が切れるような衝撃を受ける。
何本目かの回路が切れた時、その衝撃に名前がついた。それは『苦しみ』。
きっと、僕は『してはならないこと』を『している』。
*
「杏香さま、僕はもう無理です。涙も赤い血も、もう見たくないんです。」
訴える僕を杏香さまは呆れたような蔑むような目で見た。
「私の言うことが聞けないって言うの? せっかくここまで育てたっていうのに、それでもアンドロイドなの?」
杏香さまに叱責された。それはひどく『辛い』ことではあったけれど、これ以上胸の奥の回路が切れると何かが壊れるような気がした。
それに対する感情は『恐怖』だった。




