はつ恋リアリズム
どうやら恋をしてしまったらしい。
高二ではつ恋って、遅いほうなのかな?
ため息が止まらない。
彼女の姿を見るたび動悸が苦しい。
相手はクラスでも地味なほうのメガネ女子、横宮さん。
ちっちゃくて、毛並みがすべすべしてて、小動物みたいに可愛い女の子なんだ。
生きてるのが辛い。
彼女が可愛すぎて。
どうやら僕はそんなことを一人、口から呟いてしまっていたようだ。
遠くの席に横宮さんを眺めながらハートマークを全開に纏っていると、隣の席からリアリストの岩田ドストエフスキーくんが声をかけてきた。
「どうしたのだ、玉国。可愛すぎる彼女とはなんのことだ」
「えっ? 聞こえちゃってた!?」
「ウム。先程から貴様、冒頭からの文字を一言漏らさず口に出しているぞ」
「はっ……、恥ずかしい!」
「まぁ、気にするな。恋などまやかしだ。性欲を美しく偽装すれば恋になる。そんなものなのだ。誰にでもあるものだ。だからそれほど恥ずかしがる必要はない。つまり、おめでとう。貴様は第一次性徴を無事、迎えたのだ。遅っ」
「彼女を見てるとドキドキが止まらないんだ」
「正しくはムラムラだろう。子孫を作れるようになったしるしだよ」
「横宮さんにそんなけがらわしい妄想してないよっ!」
「誰もけがらわしいなどとは言ってないのにそんなことを言うのは貴様、ブーメランだな」
「綺麗な気持ちなんだ。彼女に触れるのさえ怖いんだ」
「素直になれ。ほんとうは彼女のすべすべのほっぺたに貴様の下半身をなすりつけたくてたまらないんだろう?」
「そんなことしないよっ! したくもないよ!」
「貴様のためを思って教えてやろう」
「いいよ! って、何を?」
「女にも性欲はある。好きになった男には簡単に股を開くものだ」
「開かせないで! 横宮さんを穢さないで!」
「まぁ、貴様がこういうリアルな話に反感をもつのも無理はない。何しろ初めての欲情なのだからな」
「初めての恋だって言って!」
「とにかくだ。女に股を開かせるにはまず、距離を縮めるしかない。彼女に貴様のことを信頼させるのだ」
「恋愛ゲームでいうと、好感度を上げるみたいなこと?」
「いや、無理やり押し倒せ」
「嫌われちゃうよ!」
「わかってないな、貴様は。無理やりにでも距離を縮めるんだ。一度自分を玩具にした男には、女は簡単に再び股を開く。いいか、乳首を攻めろ。乳首は女のやる気スイッチだ。一度やる気になったら醒めた時にもそのやる気が忘れられなくなり、再度貴様にスイッチが押されることを望むようになるものだ」
僕は岩田くんのけがらわしい話に嫌悪感を催しながらもノートを取りはじめていた。
「横宮さん……」
僕は体育館の裏に彼女を呼び出していた。
『話がある』と言ったら来てくれた。心なしか彼女の頬が赤らんでいるように見える。
「玉国くん……」
可愛い声で、まっすぐ僕を見つめながら、横宮さんが聞いた。
「話って?」
僕は彼女にラリアットを食らわせると、地面に押し倒した。
制服を引きちぎり、荒い息とともに彼女に襲いかかった。乳首! 乳首だ! やる気スイッチさえ押せば彼女は僕のもの!
横宮さんの悲鳴が初夏の空に甲高く響いた。
彼女のてのひらが僕の頬を思い切り打った。極太のゴムバンドを伸ばしたやつを叩きつけられたような痛みに、僕は弾け飛んだ。
何も言わず、横宮さんは僕を睨みつけると、綺麗な廊下に落ちてる生ゴミでも見るように憎々しげに唾を吐き、走り去っていってしまった。
「よくやった、玉国」
物陰に隠れて見ていた岩田くんが姿を現し、言った。
「それが恋の痛みだ。忘れるな」
僕は思いきり後悔していた。
なんでこんなやつの話を真に受けてしまったんだ。
意外なことに、先生はおろか警察も、僕のところへは来なかった。
リアルな話なら僕は変態暴行未遂で彼女に通報されて、歪んだ青春観をもつ危険な思想の持ち主として社会から隔離されるところだろうのに。
呆然としながらいつも通り、自分の席に座って授業が始まるのを待っていると、横宮さんがやって来て、僕に言った。
「玉国くん……。美味しいパフェがあるお店があるの。今度、一緒に……行かない?」
隣の席を見ると、岩田くんがびっくりした顔をして僕らを見ていた。
横宮さんは特殊な性癖の持ち主だと思われます。
実際にやったらまず通報されますので、良い子は真似しないように。