第2音 恩恵
去り際に神は言った。
『君の作品についての記憶を制限するね』
よくわからない、これから生まれ変わるのだから記憶はないのが当たり前だ、そして私が私自身でなくなり別のなにかとして生まれ新たな人生を過ごすのだからな。
願わくば―――――
目が覚めるとそこは見慣れない場所だった。
すぐにこの感覚がおかしいことに気が付く、そう見慣れない場所なのだ。つまり見慣れた場所があるから気が付く視点なのだ。
もし仮に生まれ変わったのなら見慣れた場所があるのはおかしい。
「いいや、見慣れた場所なんて言う言い方が悪いな。あえて言い直そう、見たことがない場所だな」
そう見渡す限りの木、自然だ。まごうことなき森の中、大地と木と水のにおいがするそんな場所だ。
そこに文明はなく、知恵の象徴もなく、ましては人が築いた文化もない。そんな場所だ。
ああ、神よ。これも試練というのだろうか。前世の神を何度呪ったことか、そして今世でも神を呪う羽目になるのだろうか。
などと、悲嘆に明け暮れている間に周囲を見渡したり自分の状況を把握してみた。
「なるほど、私は私であり随分と小さくなっていることがわかるな。そして周囲には生きることに困ることは無さそうだ」
都合よく水、そして木の実などがみられる、これで生きることに事欠かないな。
しかしながら、神はこのような場所で私に何をさせようとしているのだ。
記憶をたどるように思い出す、前世の記憶は思い出せないが神との会話なら思いだせる。
「神との会話のなかで奇妙なことを話していたな、確か恩恵とかなんとか」
呟いたその瞬間、そこに自分が望んでいたものが現れる。ただ新しい人生を送るだけではつまらない、あえて言うなら、音楽こそが私のすべてあるとな
彼が神に望んだ恩恵とそれは生涯にわたり音楽とともに生きることだ。
そんな彼の目の前にあるのはピアノだ、それも彼が生まれたときにあったものではなくもっと未来のものだ。彼が生涯理想の音を追い求め続けてきたそんな音を奏でる魔法のピアノ。
それが今目の前にある、彼にとってそれはどんな不可解な状況に陥ったことよりも優先されるものであり彼自身にとってピアノに向き合うことこそが今の彼にとってすべてであった。
「素晴らしい、ここには私の追い求めていたものがすべて詰まっている。私の記憶がない?些細なことだ、苦労して作った曲が記憶のかなたにあることもまるで苦にならない。
それよりもこの音に出会えたことを神に感謝しよう!」
彼にとってこの時間が最も幸せな時間であるようにピアノに没頭した。
そして気が付くことには日も暮れて、そして新たに日が昇っていた。
そして彼は満足そうな顔をして倒れた。
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