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「・・・・・・朝か」
俺が目を覚ますと、綺麗な朝日が窓から部屋に差し込んでいた。
俺は洗面台で顔を洗い、扉を開けて部屋の外に出る。
昨日は騒がしかったけど、流石に朝は静かだな。
誰もいないことを確認して、俺は1階へと降りる。すると、1階の大きな長テーブルでダズバルと4人の少女が朝食を摂っているところを発見した。右列は前から、エヴァレーヌ、アジュネリア、べーネット。左列は前から、ダズバル、レユリネというような順番で食卓に着いているのが確認できる。
「ああ、お目覚めになられましたかセヴァレル様。どうぞこちらへ来て朝食をお食べになられてください」
俺はダズバルの呼びかけに従って、空いていたレユリネの右隣の椅子に座った。
豪華なテーブルの上には、肉や魚が含まれた美味そうなご馳走がずらりと並んでいる。
「こ、これ、もしかしてダズバルさんが全部1人で用意されたんですか?」
「ええ、わたくしめがご用意させて頂きました。もし、お口に合わないようなことがございましたら・・・・・・」
「すっげーー!!いただきます!!」
俺は用意されていたフォークやスプーンを使って、欲望の赴くままひたすら目の前の食べ物を頬張っていった。
こんなものを目の前にして、食欲に抗えるわけが無い。
「ふぉっふぉっふぉ。元気そうでなによりです」
ダズバルは俺の方を見てどこか嬉しそうにそう言った。
ふと顔をあげると、まるでゴミでもみるかのような目つきで俺を見てくる少女達の存在に気がついた。が、それに臆することなく変わらぬ態度で俺は食道に飯を放り込み続ける。
どうせ品がないだとか、汚らわしいだとか、またどうのこうの言ってくるつもりなんだろう?だが、最高の食事を現在進行形でできている今の俺には、どんな悪辣な言葉も届きはしない。
俺は軽蔑の視線を向けてくる少女達に、またも容赦なく罵詈雑言を吐かれると覚悟していた。しかし、俺がどれだけガチャガチャと汚らしい音を立てながら下品に食事を口の中に掻き込んでも、一向に少女達は俺の存在に口を出さなかった。それどころか、落ち着いた様子で静かに朝食を摂っている。
・・・・・・おかしい。お嬢様たちが今日はやけにおとなしいぞ。まさか、昨日の今日でもう観念したのか?・・・・・・まあいいか。どちらにせよ、こんなに美味い飯を腹いっぱい食えるんだ。マジで異世界最高すぎるだろ!!!
俺は少女達の態度に多少違和感を覚えつつ、豪勢な朝食を余すことなく堪能し尽くした。
朝食を終えると、少女達はすぐに席を外しそそくさとどこかへ行ってしまった。
俺はダズバルと二人取り残される。
「えーっと、ダズバルさん。彼女達は一体どこへ?」
「ああ、そのことでしたら、お嬢様方はおそらく自室に戻られたのではないかと思われます。いつもであれば、朝食の後は各自自室で勉学に励まれるはずでございますから」
「へー、そうなんですか、教えてくれてありがとうございます。それで一体勉学というのは?」
「詳しいことは私も良く存じ上げないのですが、おそらくお嬢様方が抱いている夢にまつわるものではないかと」
「夢、ですか?」
「はい。いわゆる将来の夢とよばれるものでございます。セヴァレル様にもございますでしょう?」
老執事は微笑む。
将来の夢か、懐かしい響きだな。小さい頃は俺もよく正義のヒーローになりたいとか考えてみたもんだな。・・・ふーん、そうか、勉強か。あいつら、ちゃんと自立しようって意思はあるみたいだな。お嬢様達にしてはご立派なことだ。まあおそらく父親と同じ轍は踏みたくないからってのもあるだろうな。
「ダズバルさん」
「はい、何でございましょう」
「俺にもありますよ、将来の夢ってやつ。昨日決まったばっかりですけど」
「おお、それは素晴らしい。もしよろしければその夢の内容、わたくしにもお聞かせ願えませんか?」
老執事は灰色の瞳を少しだけ輝かせる。
「いや、ちょっと気恥しくて・・・すみません」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。話したくなければ結構ですよ。他人に夢を語るというのも、他人の夢を知ろうとするのも時には無粋だというものです。貴方様は何も間違ってはおられません。・・・セヴァレル様の夢が叶えられますこと、このダズバル、全身全霊で応援しております」
「ありがとうございますダズバルさん。俺、夢に向かって精一杯努力します」
「良い心がけでございます」
どこか満足したように、老執事は微笑んだ。
俺はテーブルから席を外し、2階へ上る階段の方へと向かう。
俺はその時、無意識のうちに薄ら笑いを浮かべていた。
全力で応援しています、か。くっくっくっく。ほんと感謝してますよダズバルさん。こんな俺の夢を応援してくれるなんて。・・・まあ、お嬢様方の絶望する表情、一緒に見ませんか?なんて言えるわけがないけど。
俺は2階へ上がると、まず手始めにエヴァレーヌの部屋をノックした。
すると、ドアが開いて私服姿のエヴァレーヌが出てきた。
「よう、調子はどう?何の勉強してるの?」
「・・・・・・」
エヴァレーヌは俺を冷めた目で数秒だけ視ると、無言でドアをバタンと閉めた。
うわー酷い。さすがはエヴァレーヌさん。
俺はめげずに他の少女の部屋のドアもノックしていった。レユリネ、アジュネリア、べーネットという順番に。
しかし全員が、エヴァレーヌが俺にとった態度と同じように、俺を数秒だけ見ると何も言葉を発さずにドアを閉じた。
ははーん。これはあれだな。要するにシカト作戦というやつだ。俺を無視しし続けることで精神攻撃をしようって魂胆だろ。朝からこの様子だから、多分昨日の夜ぐらいに会議したんだろう。しかし、こうなりゃどうするかな。会話の糸口が掴めないとなると恋愛どころじゃないぞ。
俺は彼女達の態度に少しだけ焦りを覚える。
とりあえず何かできることはないだろうか。なんでもいいから何か探そう。何もしないってのはさすがにまずい。・・・自分から何かしらイベントを起こさなければ、最悪ずっとこのまま時が流れていってしまう可能性だってある。それに屋敷での費用を全額負担してもらってるからといって、それに甘えてタダ飯を喰らって生活していくのもなんだか人間としてダメな気がする。
俺は何かやることがないか聞くためにもう一度ダズバルに会いに行くことにした。
ダズバルに会いに俺が1階へ降りると、封を切っていない手紙のようなものを手に持っているダズバルの姿が見えた。
「それ、なんですか?」
好奇心に身を任せて俺が質問すると、彼は俺の方へと近寄り、その手紙を俺の方へ向けて差し出した。
「セヴァレル様。マラソー様から貴方様宛にでございます」
「・・・手紙、ですか?」
俺はダズバルから手紙を受け取り、封を切ってそこに書かれている文章を読んだ。
セヴァレルさんへ
お久しぶりですセヴァレルさん。屋敷での生活は順調ですか?とは言ってもまだお会いしたのは昨日のことですが・・・。そんなことより早速本題に入らせて頂きます。私がこの手紙を執筆したのは、一意にあなたを私の知り合いが主催する舞踏会に招待するためです。舞踏会?と思われるかと思いますので順を追って説明をします。まずは、この手紙と同封してある招待状に1度目を通してもらってよろしいでしょうか。
招待状?・・・・・・あっ、手紙の封筒の中になにか入ってる。
俺は封筒の中から名刺サイズの黒色の厚紙を2枚取り出した。その厚紙には金色の文字でこう書かれている。
エイザース家主催
舞踏会招待状
これが招待状ってやつだよな。
俺はその黒色の厚紙を少しだけ眺めて、またマラソーさんの手紙に目を移した。
無事2枚入っていることが確認できましたか?ではなぜ招待状が2枚なのか、察しの良いあなたであれば既にお気づきかと思われますが、4人の姪の中から1人を連れ、この舞踏会に一緒に参加して頂きたいのです。
げげっ、やっぱそうか。そうだよな。俺1人を招待したところで何の意味もないもんな・・・。でも大丈夫か?舞踏会って踊らなきゃいけないところだよな。踊りの経験なんて、前世で義務的にこなした文化祭のダンスぐらいでしかないぞ・・・。というかそんなことより、一緒に参加してくれるお嬢様の確保の方が問題だ。絶賛険悪ムードの現状から言わせれば、あの中から1人を連れていくなんてもはや無理ゲーなんですけど・・・・・・
俺は手紙に書かれているあまりにハードな内容に打ちひしがれつつも、手紙の続きに目を通す。
舞踏会の開催は来週の月曜日に予定されています。その日は私が馬車で屋敷まで迎えに行きますので、それまで誰と一緒に参加するのか決めておいてください。あと、ダンスの練習も忘れずに。
マラソーより
舞踏会の開催は来週の月曜か・・・
「あのダズバルさん。今日って何曜日でしたっけ」
「今日は金曜日です。」
「ええっ!」
俺は大きな声をあげる。
金曜日ってことは、土、日だから・・・間違いない。ちょっとマラソーさん、開催まであと2日しかないんですけど・・・・・・本気で言ってます?
舞踏会開催まであと2日。ミッションはダンスの練習と相方選び。ほぼ無理だと悟って俺が肩を落とすと、老執事が俺の背中を優しく叩いた。