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馬車で向かうこと数時間、ようやく森を抜けて前方に大きな屋敷が見えてきた。
「も、もしかしてあれが・・・」
「そうですよ。あれが私の姪達が住んでる屋敷です。」
うわあー、これは相当良い物件だ。異世界補正で厳かに見えてるんじゃないかって可能性を度外視していいレベルだ。
「あの、そういえばずっと気になってたんですけど、マラソーさんはどうして俺にこの話を持ちかけて来たんですか。急だったので驚きましたよ」
「ああ、それは純粋にセヴァレルさんの顔がかっこよかったからです」
「え?」
俺は唖然とする。
・・・まあ確かに、よく考えたら理由なんてそれぐらいか・・・。女の子に異性への関心を持たせるためには、顔が良い男性を連れてくるというのが必須の条件なのだろう。
「ふふっ、でもそれだけが理由じゃないですよ」
「?」
「とても優れた容姿をしているはずなのに、なぜかあなたからは女性の気配が一切感じられませんでした。クールな男性であれば既に恋人がいらっしゃるケースが多いので、これはチャンスかもと思いまして」
「あ、ああ、そうだったんですか・・・」
女の気配が感じられない、か。やっぱりそういうのって、バレるものなのかな・・・・・・
「ま、まあ俺、木こりの息子ですから、異性と出会う機会とか、そういったのがあんまりなくて・・・」
必要もないのにダサい言い訳をかましてしまった。ほんとうに器の小さい男だ。
「そうでしたか。木こりのお家・・・・・・それは仕方ないですよね。職業柄、なかなか街へ出ていくことも少ないでしょうし・・・」
彼女が俺のプライドに気を使って話してくれているのを感じる。
あちゃー。変な言い訳して気遣われちゃって、俺激ダサだなあ。
「ですがこの屋敷での生活は、あなたにとっても必ず良い経験になるはずです。私はあなたが皆と仲良くなれることを切に願っています。」
「・・・分かりました。精一杯、姪っ子さん達に気にいられるよう頑張ります!!」
高級感溢れるその屋敷に向かって、馬車はズンズンと進んでいく。次第に俺の心もウキウキとしてきているのを感じた。
※※※※※※※※※
「到着しましたよ、セヴァレルさん」
マラソーさんの声を聞いて、俺は目を覚ます。
ああ俺、すっかり眠っちゃってた・・・
目を擦りながら馬車から降りた俺は、信じられない光景を目の当たりにする。
「で、で、で、でっかーー!!!!」
「ふふっ、驚きました?」
巨大な白い建造物が、俺の目の前にどかーんと建っている。高さは8mぐらいで、タテヨコ合わせて15mはありそうなほど大きなサイズだ。
馬車から見ていた白塗りの屋敷が、間近で見るとこんなにも巨大だったとは・・・
俺は驚愕で尻もちをついてしまった。
屋敷の敷地内には大きな庭園が広がっており、その中に噴水も見える。屋敷の周辺は平原となっており、馬車で通ってきたであろう1本の土の道以外、全て緑色で埋め尽くされている。
まさに理想的なロケーションと言って間違いないだろう。
「お、驚くといいますか・・・・・・これはもうなんと言っていいのか・・・」
俺が絶句していると、大きな黒塗りの扉を開いてマラソーさんは屋敷の中へ入っていった。
「セヴァレルさーん、こっちにきてくださーい。屋敷の紹介をしますのでー」
「・・・わかりましたー、今行きまーす」
彼女に返事をして立ち上がると、俺は恐る恐る屋敷の方へと近づいていった。
「うわぁーーー!!すっげーー!!」
扉を開くとまず、手前に赤いカーペットが敷かれた横幅の広い3段の白い階段が見えた。玄関から先にはまた2階へと繋がる厳かな階段があり、赤色のソファや巨大なシャンデリアなど、そこかしこに高価そうなインテリアが点在している。まさに荘厳華麗とよぶにふさわしい内装といえるだろう。
「こ・・・ここが、本当にマラソーさんの別荘なんですよね?」
「そうですよ。って何回言わせるんですかセヴァレルさん」
そう言って彼女は微笑む。
いやいやいや、マラソーさん。まじで金持ちすぎるでしょ。俺、ほんとにこんなとこにいていいのかな・・・
俺が自分の場違い感を疑い始めていると、鼻の下から白い髭を生やしたオールバックの老齢の男がこちらへと近づいてくるのが分かった。
「お初にお目にかかります。わたくし、当屋敷の執事兼警備を任されております、ダズバルと申します」
重厚な声を発し胸に手を添え深々と一礼するその男は、両手に白い手袋をはめ、年季の入っていそうな金属製の片眼鏡を右耳にかけ、袖に金色のボタンがついた黒い背広を羽織っている。背丈は185cmほどで、老体の身でありながら彼の身体は若者のように引き締まっている。少しつりあがった瞳の中の薄墨色の瞳孔からは、僅かながらにいきいきとした覇気を感じる。
「ど、どうもダズバルさん。俺はセヴァレルっていいます。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願い致しますセヴァレル様」
俺がダズバルさんと挨拶を交わしているうちに、マラソーさんが階段を登って2階へ上がっていくのが見えた。
「セヴァレル様」
「はい」
「貴方様であれば必ず、これからお嬢様方との親交を深められるはずでございます。どうかうわべだけの事象に惑わされず、お嬢様方を信じてあげてください」
「・・・・・・分かりました。俺なりに頑張ってみます」
俺の言葉を聞いた彼の表情が、どこか安堵したように見えた。
うわべだけの事象?・・・いったいなんのことだろう。まあ気にしなくてもいいか。たぶんダズバルさんは、俺に頑張れよって言いたいんだよな。
「・・・あの、執事兼警備ってことは、ダズバルさんは執事だけでなく、警備もされているんですよね?」
「ええ、わたくしめが務めております」
「・・・すごいですね」
俺が含みのある言い方をすると、彼は大きな声で笑いだした。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ。セヴァレル様は面白いお方だ。わたくしのような老いぼれが屋敷の警備を任されているのが不思議ですかな?」
「あっ!決してそういう意味では・・・」
「いえいえ、良いんですよ。このダズバル、老骨に鞭打って働いております。ただ、このような質問をいただいたのは初めてのことでしたので、思わず笑みを漏らしてしまいました」
くだけた様子で彼は語る。
・・・きょ、強キャラだ。絶対にこの人ただ者じゃない。俺の強キャラセンサーが絶大に反応している。
「は、はは、ははは・・・」
「ふぉっふぉっふぉ」
俺がダズバルさんと軽く談笑をしていると、マラソーさんが階段から降りてきた。
「2人とも顔合わせは済んだようですね」
「はい」
「ではセヴァレルさん、今から私の姪達をご紹介します。どうぞ2階へ」
遂にこの時がきた。生のレユリネちゃんを拝見するこの時が。
俺は胸をソワソワさせながら、マラソーさんに連れられて、1階の中央に位置していた螺旋状の階段を上って2階に上がった。
すると階段を上がってすぐ正面に、4人の少女が俺のほうを向いて1列に並んで立っているのがわかった。豪華絢爛な内装の中、窓から差し込む夕陽に照らされて4人は神々しく輝いていた。
か、か、か、か・・・
あまりの衝撃に、俺の思考は一瞬だけフリーズした。
容姿端麗、才色兼備。どの言葉を選び取ったとしても筆舌に尽くし難い美貌を持った少女達だった。19年という俺の短い人生の中で、1度も見かけたことのないような絶世の美女。それを同時に4人も発見してしまったようなそんな気分だった。
「さあ、貴方たち、セヴァレルさんに自己紹介をして」
マラソーさんがそう言うと、1番右端に立っている薄桃髪でハーフアップの髪型をした少女が口を開いた。
「じゃあ私からね。私の名前はエヴァレーヌです。どうぞよろしく」
彼女は1歩前に出ると、着ていた白のドレスの裾を両手で浮かせて、俺に軽く会釈をした。
色白で可愛らしい彼女の瞳は、穢れをしらない乙女のような琥珀色だった。丸顔で小柄、目以外の顔のパーツは全て小さく、それに似合わぬ大きめの胸は、どこか幼げさを感じさせる面差しと良いコントラストになっていた。
「ど、ど、どっもです」
や、やべええええ!!変な返事しちゃったーー!!ファーストコンタクト最悪だああああ!!!
緊張しすぎて呂律が回らなかったことに俺が軽く絶望していると、今度は左端の少女が1歩前に出た。
「私はレユリネ。それだけ」
艶やかな黒髪を下ろした清廉な少女が、俺に向かって軽く会釈をする。前髪は眉のあたりで切りそろえられ、美麗な青のドレスを身に纏っている。少しだけ切れ長の瞳の中は、写真で見た時よりもずっと鮮やかで、まるで紺碧の空のように澄み渡っている。
くううううう!!!これが生のレユリネちゃん!!!俺の想像通り清楚系クール美女って感じだ!!
こんな完璧な人間、他にいるのか???
「よ、よ、よっしく」
ぎゃああああああああ!!!!またやっちまったあああ!!!!!これからよろしくね、レユリネちゃんって爽やかに言うはずだったのにいいい!!!!
うわずった声を出してしまい俺が有頂天から一気に地獄のような気分になっていると、今度は右端から二番目に立っていた赤髪ショートヘアの少女が1歩前にでた。
「おう、あたしの名前はラジュネリアだ。よろしくな!」
少女は元気な声でそう言うと、俺に向かって会釈をした。活発な雰囲気を漂わせる彼女には、赤色のドレスがよく似合っており、整った顔にはめ込まれた竜胆色の瞳は無邪気にきらきらと輝いている。胸囲はそこまでないように見えるが、下半身の肉付きがしっかりしているのは着ているドレスの上からでもよくわかる。
「よっ、よろしく」
言えた!!ようやくすこしはまともに返事ができたぞ!!!
俺が小さな達成感を噛み締めていると、最後に左端から2番目に立っている緑髪のエアリーボブの髪型をした少女が1歩前に出た。
「わ、私はベーレットです。よ、よろしくおねがいします」
俺に向かって小さく会釈をする彼女は、可愛らしい金属製の丸メガネをかけている。レンズの向こうに見える翡翠色の瞳は優しく垂れており、右目の近くには小さなほくろがある。緑色のドレスを纏った彼女は、まるで森の妖精のようだ。
「よ、よろしくお願いします」
そう言って俺が頭を下げると、マラソーさんが満足したような表情で話を始めた。
「えーっと、これで顔合わせは全ておしまいよね。・・・・・・セヴァレルさん、私はこの別荘に住んでいるわけではないので一度家の方へ帰ります。屋敷のことでなにか困り事があったら、執事のダズバルにたずねてください。彼に聞けばなんでも教えてくれるはずです。それと、たまに屋敷には顔を見せにきますので、なにか契約等に不備がございましたらその時に相談してくださいね」
「・・・マラソーさんはご帰宅されるということですね。分かりました」
「姪達とぜひ仲良くなってくださいね」
「はい!!」
俺が意気込んで返答すると、マラソーさんは少女達の方を向いた。
「あなたたちも、セヴァレルさんと仲良くするのよ。分かったわね?」
彼女がたずねると、4人は思い思いに返事をする。
「もちろんです、マラソー叔母様」
「・・・ん」
「当然だろ!」
「は、はい」
4人の声を聞いて安心したマラソーさんは、階段を降りて屋敷から出ていったようだった。
そして俺たち5人は2階に取り残された。俺と4人の少女との間に、妙な緊張感が生まれる。
さあ、いよいよ、俺の最高の異世界ハーレムライフが幕を開けるんだ!!!!
俺は唾をごくりと飲み込み、期待に胸を震わせた。
ーーーだが残念なことに、それは俺の甚だしい思い違いでしかなかった。
俺はすぐに痛感することになる。最高の異世界ハーレムライフなど、どこにも存在しないという事を・・・。