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「行ってきまーす」
「気をつけて行ってらっしゃーい」
母の送り出しを受けて、俺は街へと出発した。
街への道は母に教えてもらったので問題ない。だが、ここで問題になってくるのはどう時間を潰すかだ。おいそれと病院に行くわけにも行かないし・・・・・・そもそも俺はこの異世界に何をしに来たんだ。優しい家族と平和に暮らす?ノンノン、誰かと恋をしに来たんだ。それに神様から貰った力もまだ使えてない。街に出るというイベントはすなわち、女の子と出会う絶好のチャンスってことだよな。さーて、どこに行ったもんか。
そんなことを考えながら歩いていると、目的の街が見えてきた。そこはどことなく中世ヨーロッパの雰囲気を感じさせている。
おー、オーソドックスな感じできたかー。いいねえ、実際に見るとやっぱ迫力凄いな異世界。
関門を通って街の中に入るとそれはそれは凄いものだった。獣人族やら、兵士やら、冒険者ギルドに所属をしているのか武装した人間達。物語の中でしか見たことがないような人々がそこにはいた。物凄い種類の人々が通りを埋めつくしており、俺は思わず圧倒されそうになってしまった。
俺はとりあえず、街の景観を眺めながら通りを歩くことにした。よく見ると、武器屋だの武具屋だのが並んでいて、本当に異世界なんだなーと実感することが出来た。
ふと、女の子と出会える場所はないだろうか、そう考えてみた。異世界だったら、冒険者ギルドに入ってみるとか、あるいは酒場に寄ってみるとか、そういう行動が必要なんだろうけど・・・・・・
小心者の俺は、いつまで経っても眺めるばかりで、なかなかそういう場所に入ることが出来ないでいた。賑やかなところへ足を踏み入れる勇気がいまいち俺には足りていなかったのだ。
だめだだめだ、弱気になってたら。ここで行かなきゃ、俺は何も変われない。安心しろ、勇気を出せ!!なんせ今の俺はイケメンなんだから!!
俺は自分を鼓舞して奮い立たせ、思いきって近くにあった喫茶店の中へ入店した。
「いらっしゃいませー」
カウンターに立っていた店員の女の子が溌剌とした声を出す。女の子は俺に向かって近づいてくるとこう尋ねてきた。
「おひとり様ですか?」
「えーっと、は、はい」
「では、お席にご案内致しますね。」
俺は女の子に案内され、窓側の席に座った。
と、とりあえず入ってみたはいいものの、よく考えたら喫茶店で出会いなんかあるのか・・・?
俺はキョロキョロと周りを見回しながらそう思案する。
ところどころに女の子が座ってるみたいだけど、これじゃあ恋どころか何も始まらないんじゃ・・・・・・。というかなんなんだろう、さっきから感じてるこの違和感。
俺は違和感の原因を探るため、もう一度よく周りを見回した。
・・・・・・俺、もしかして、み、見られてる?
俺は自分に向けられている無数の視線に気がついた。先ほどからずっと他の席の女の子達が、俺のことをチラチラと盗み見ようとしてきているのだ。
え、なんで・・・なんでなんでなんでなんで?・・・まさか俺、なんかやばい格好しちゃってる?
俺は焦って咄嗟に自分の格好を確認した。しかし、特に何の問題も見つけられなかった。
問題なし、か・・・・・・それならなんで皆俺のほうを見てくるんだ。人生でこんなに異性から注目されるなんて初めてだ。・・・・・・まさか、魅力的だから注目されてる??・・・いやいやそんなわけない、そんなわけない。俺に限ってそんなことあるはず・・・・・・って、そんなことあったーー!!だってよく考えてみたら、今の俺って相当いい顔してるじゃないか。男の俺でも惚れ惚れしちゃう感じの顔面だったし・・・そうだ!神様から授かった能力を使って、これが本当か確かめてみよう!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「異性の自分に対する好感度を知る力が欲しい?」
神様は目をぱちくりとさせる。
「はい」
「・・・・・・なんだか不思議なやつだにゃー、オマエ。なんでも叶えてやるって言ったのにゃから、もっと大きなものを望めば良いものを」
「大きなもの、ですか?」
「そうだにゃ。ボクはてっきり、どんな悪魔でも殺せる力が欲しいだとか、全ての名声を手にするような権力が欲しいだとか、そんなことを願われると思っていたにゃ」
「そんなの物騒じゃないですか。そんな力、俺には背負いきれませんよ」
俺が大真面目にそう語ると、神様は納得がいかない様子でため息をついた。
「はあ・・・オマエはほんとにつまらんやつだにゃー。・・・まあでもいいにゃ、約束通り望んだ力を授けてやるにゃ。」
神様は俺の方へトコトコと歩いてくると、俺の脚を前足でペチッと軽く叩いた。
「さあ、これでお前に力を授けたにゃ。」
「ありがとうございます神様。・・・あの、質問なのですが、この能力は具体的にどのように使用するのでしょうか」
「この力はオマエが使いたいと思ったタイミングで意識的に使えるようになっているにゃ。そしてオマエの視界に入っている全ての異性が力の対象にゃ。対象のオマエに対する好感度の大きさは、ある数値が表示しているにゃ」
「数値、ですか?」
「そうにゃ。お前に好感を抱いている人間の肌のどこかに数値が現れるのにゃ。数値の大きさによって、お前に対する好感度の大きさが分かるのにゃ。ちなみに通常が0で、最高9999まで表示できるにゃ」
肌のどこかに数値か、ふむふむ・・・でも数値が現れる場所によってはすこし不便そうだけど・・・
「あのーすみません、人によって数値が現れる肌の場所って異なるんですか?」
「そうだにゃ。」
「そ、それだとすこし・・・」
「なにか文句でもあるのかにゃ?・・・いらにゃいんだったら、この話は全て無しにしてもいいんにゃよ」
「いえいえいえいえ!!わたくしのような下等な分際に、文句などあるわけがございません!!神様に頂戴致しましたこの力、わたくし、大変気に入っております!!!」
「そうかそうか、それは良かったにゃ。じゃあ頑張って使いこなすことにゃー・・・・・・・・・」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
俺は能力を使用して、もう一度周りにいる女の子達をみた。すると、なんと俺を盗み見てきていた女の子達の顔や足などにそれぞれ異なる数値が現れていた。
ほ、ほんとに肌に数値が現れてる。1500の人もいれば、3000っていう数値の人もいる・・・というかこれってつまり、女の子達にはもう既に俺がけっこう魅力的に見えてるってことだよな。・・・前世では女子と話すことさえできないハードモードな人生だったのに、今世じゃこんな簡単に好感をもってもらえるなんて・・・急にヌルゲーになりすぎだろ!!ってかイケメンずるすぎないか??
顔面が持つ強大な効力を知って俺が少し複雑な感情になっていると、とある女性の声が聞こえた。
「あの、少しお時間よろしいでしょうか」
茶髪のロングヘアに胡桃色の瞳。身長約170cmで30代ぐらいに見えるその女性は、高価そうな漆黒のコートを身に纏い、両耳に青色のイヤリングをつけている。
「じ、時間は腐るほどありますけど、俺に一体何のご用でしょうか」
「少し込み入ったお話がございまして、相席してもよろしいでしょうか?」
「は、はい。どうぞどうぞ」
俺が許可すると、女性は俺の対面のイスに座った。
「私、マラソーと申します」
「マラソーさん、ですか・・・あ、ああ俺はセヴァレルっていいます」
俺たちは互いに自己紹介を済ませる。
この人の首元にも数値がある。4000、か。このマークが表しているのはあくまで好感度とはいえ・・・・・・まさかいきなり逆ナンとかじゃないよな??
俺が憶測で不純な期待をしていると、彼女は真剣な表情で話をはじめた。
「セヴァレルさん、単刀直入に申し上げます。あなたに私の娘達、いえ私の姪達の1人と結婚を前提に交際して頂きたいのです」
「・・・・・・いや、えええええええ!!!」
俺は大声を出して席を立ち上がった。何事かと思ったのか、周りにいた他のお客さんたちも俺のほうを注目する。
ど、どど、どどどどういうことだ???予想外の展開すぎるというか、斜め上すぎるというかでまったく理解が追いつかない。私の姪達と結婚して欲しい、だって?一体どこの国の言語なんだ?英語、中国語、韓国語?
初めてのことだらけで、俺の頭はもうパンク寸前だった。
「あのう、すみませんセヴァレルさん。驚かせてしまって」
「・・・い、いえ。・・・だ、大丈夫です」
俺は深呼吸をして、もう一度席に座った。
「説明が足りていませんでした。申し訳ないです」
彼女はぺこりと頭を下げる。
「・・・す、少し驚きましたけど、さっきのお話、いったいどういうことなんですか?詳しく聞かせてください」
「・・・1つずつ説明させて頂きますね。まず私には4人の姪がいます。14年前、家庭の事情で私はまだ幼かった彼女達を引き取りました。そして私は深い愛情を込めて、4人を私の私有する別荘で今まで本物の娘かのように育ててきました」
自分の子じゃないのに4人も育てられるなんて、経済的に安定しすぎてる。しかも別荘って・・・・・・この人相当お金持ちなんだ。
「ですがこの娘達、私の教育が悪かったせいなのか、男性と仲良くする様子を今までまったく見せたことがないのです。ずっと幼いままなら良いのですが、このままでは男性と関わることなく未婚のまま人生を終えるなんてことも・・・」
「はあ・・・」
「それであなたに私の別荘、すなわち姪達が暮らしている屋敷に住み込みで来て頂き、4人のうちの誰か1人と交際、そしてゆくゆくはご婚姻して頂きたいのです。誰か1人でも夫を持てば、きっとそれに感化されて、他の子達も男性に関心を持ってくれると思うのです」
・・・・・・へえ〜、なかなか複雑な話だったけど、なんとか理解することはできた。・・・だけど俺が出す答えは断然NOだ。だって男の噂が立たない女の子達なんて、なにか相当な難がありそうだ。恋愛経験0の俺じゃなおさら相手にできないだろう。そして何よりも、屋敷に住み込むっていうのが受け入れられない。俺は誰にも縛られない恋愛がしてみたいんだ。
「マラソーさん、お話はよく分かりました。ですがすみません、お断りさせてください。わざわざ説明してくださったのに申しわけないです。・・・たぶん俺じゃ力不足だと思うので、ほかの方をあたってみてください」
俺がそう伝えると、彼女の表情が少し曇った。それと同時に首元の数値も4000から3000へと変化する。
「そうですか・・・・・・分かりました。貴重なお時間を割いて頂き、本当にありがとうございました」
少し悲しそうな表情で、彼女は席を外し、店の外に出ていこうとした。その時、彼女の上着から、何かがヒラヒラと落ちるのが見えた。
「あの!何か落としましたよ!」
俺は彼女に声をかけて、彼女が落としたものを拾った。
え・・・・・・嘘だろ?
彼女が落としたのは1枚の写真だった。その写真には、紺碧の瞳をした黒髪ロングのとても美しい少女が映っていた。綺麗な夕陽と大きな噴水を背景にしたその写真は、高い値打ちがつきそうな程に完成されている。
な、な、な、なんだこの美少女!!う、美しすぎる!!こ、この子は一体・・・・・・
俺は思わず写真の中のその少女に心を奪われそうになっていた。
「ああ、ごめんなさい」
そう言って彼女は俺から写真を受け取る。彼女が再び店から立ち去ろうとして、俺は彼女を引き止めた。
「あの!」
「・・・なんでしょうか?」
「あ、あなたが落とした写真に映っていた女性は一体誰ですか?差し支えなければ教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、この子は私の姪の1人、レユリネです。可愛いらしいと思いませんか?」
「お、思います!」
「・・・えっ?」
俺の回答が意外だったのか、彼女は声を漏らす。
「それはどういう・・・」
「前言撤回します!さっきのお話、よろしければ俺に受けさせてください!!」
「・・・も、もしかして、お気持ちが変わられたということですか?」
「はい、やります!!ぜひ、俺にやらせてください!!!」
俺は息を巻いて彼女に懸命に訴えた。
あんな美少女を一目見てしまったら、簡単に忘れることなんてできない。ここで断れば、一生悔やむことになる気がする。
「・・・はあー、そう言ってもらえて安心しました」
彼女は俺の回答を得て、ほっと胸を撫で下した。彼女の首元の数値はまた4000へと上昇する。
「・・・それでは早速、親御さんに挨拶をしに行かないと・・・」
ん、親御さん?
「え?どういうことですか」
「ああ、その、いろいろと手続きがありますので、ご両親を紹介して頂いてもよろしいですか?」
「手続き・・・ですか。分かりました」
俺は軽く頷き、承諾してしまった。
この手続きというものが、軽い挨拶かなにかだろうと信じて疑わなかったこの時の俺は、その言葉が含む大きな意味を知ってのちに後悔することとなる。
「では俺についてきてください。両親の元へ帰宅しますので」
「はい」
俺達は喫茶店を出て帰路の道を辿った。ふしぎと俺の心は宙に浮くように軽やかだった。