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「えーと、ここは一体・・・」
灰色の空間の中に俺は立っていて、目の前に猫が座っている。世にも珍しい緑色の毛並みの。こんな猫は見たことがなくて、これが猫だと理解するのに時間を用した。その猫はじーっと黄金色の瞳をこちらに向けてきている。
「ここが一体どこかにゃだって?ここは天界だにゃ。」
「へっ?」
ただの独り言に思わぬ返答が返ってきて、つい間抜けな声をだしてしまった。
「ね、猫が喋った・・・」
「ボクは猫じゃないにゃ」
いやいやいや、猫でしょ。確かに毛並みは変だし、人の言葉を喋ってるみたいだけど、見た目は紛れもなく猫だ。それに語尾が「にゃ」だぞ・・・・・・
「ボクは神様にゃ」
「・・・そうなんですか」
もう何を言われても驚かない気がしてきた。
「信じてないにゃ?」
「信じてますって。神様なんですよね?」
「・・・・・・オマエ、驚くほど反応が薄いのにゃ。つまらんにゃ」
取り乱そうとしない俺の態度を見て、神は機嫌を損ねる。
「すみません。・・・というか神様」
「なんだにゃ?」
「ここ天界ってとこなんですよね?俺のイメージとはだいぶ違ったんですけど・・・ということは俺は死んだってことですか?」
「そうだにゃ、オマエは交通事故で死んだのにゃ」
やっぱ死んでたか・・・・・・まあ結構酷かったもんなあ、あれ。確か横断歩道を歩いてたらトラックにぶつかったんだっけか。
「は、はは、ははははは!!」
「え、どうしたにゃ、急に笑い出して。控えめに言ってキモいのにゃ」
「いや、なんか笑うしかないないなって」
「どういうことにゃ?」
「享年19歳で彼女もできることなくぽっくり逝っちゃって。そうかと思えば、この面白おかしな天界とやらで猫と楽しくお喋りですよ。悲惨すぎて笑うしかないじゃないですか」
「ご乱心だにゃ。かわいそうに」
「同情するならどうにかしてくださいよ神様」
「うーん、そうだにゃー」
目の前の猫は首をかしげる。何か考えごとでもするように。申し訳ないけど、その光景が一瞬だけ苔の塊に見えた。
俺はこれが全て夢なのではなかろうかと、自分の頬を強く引っ張ってみた。だがちゃんと痛みを感じた。残念なことに、やはり夢ではないらしい。まったく、酷い悪夢だ。
「・・・よーしわかったにゃ。ではオマエにもう一度だけチャンスをやるにゃ」
再び猫が口を開く。
「チャンス・・・ですか?」
「そうだにゃ。オマエを前とは別の世界、すなわち異世界で過ごさせてやるにゃ」
「い、異世界?」
これは、まさか・・・
「異世界転生ってやつでは?」
「なんだ、知ってるのにゃ?」
「そりゃーもう有名ですから」
こちとらラノベで死ぬほど読んできた題材なわけで、知らないはずがない。
「なら話は早いにゃ。早速行ってらっしゃいなのにゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください神様」
早とちりな猫を俺は制止する。
「何にゃ。言語は話せるようにしてあるから安心していいにゃ。他に何かあるのかにゃ?」
「あのー、こういうのって、ふつうはギフトとか祝福とかが与えられる系の展開じゃないですか?このまま素の状態で異世界に特攻するんですか俺?」
「ギフトやら祝福やら・・・けっきょくオマエは何が言いたいのにゃ」
不思議そうな顔で猫は俺を見つめる。
「俺を異世界転生させる前に、何か能力を与えてください。じゃないと俺、たぶんやっていけないと思います」
「力が欲しいってことだったのにゃ。はあ・・・まったく立場を弁えないやつだにゃ。神に注文をつけるなんてオマエが初めてにゃ」
「傲慢ですみません」
「いいにゃ。じゃあひとつだけオマエの望みの力を言うのにゃ。特別にその力を与えてやるにゃ。神から直々に授かるのにゃからありがたく思うことにゃ」
「ありがとうございます」
力、力、力。・・・実際に考えてみるとすぐには決まらないもんだなあ。別に女の子にモテる能力とかはいらないかなあ。だって能力で女の子とイチャイチャしても虚しいだけだし・・・・・・もし俺が剣と魔法の世界に転生したとして、魔物と遭遇すると考えると、純粋に俺TUEEEEなチート能力を手に入れるのが正解か?あー、だけど、あんまり興味が湧かないんだよな。実は俺TUEEEE系自体、もともとそんなに好みのジャンルではない。元来、俺は無双して何が楽しいんだろうって考えてしまう質の人間である・・・・・・・・・よく考えたけど俺はやっぱり、誰かと純粋に恋がしてみたい。ごくごく凡庸な容姿が災いしてか、前世じゃ異性との接触がほとんどなかったから。・・・いや、違うな。俺は女の子の前だと緊張しちゃって、上手く話せなかったんだ。・・・まあどちらにせよ、俺のやりたいことはもう決まった。
「ふぁ〜。まだかにゃ?はやくするのにゃ」
待ちくたびれた様子で、猫は大きな欠伸をする。
「決めました神様。それでは俺に・・・・・・・・・」
俺が無事、神様から能力を付与されると、俺が立っていたところに直径1mぐらいの穴が現れて、俺はその穴から落ちていった。そして段々と俺の意識は遠のいていった。