6 「出来る出来ないじゃないの。やるの。それだけよ」
誤字報告くださった皆様、本当にありがとうございましたm(__)m
オースティンの部屋の中は、灯りが落とされているため薄暗かった。
窓は換気の為、細く開けられてはいたが、それでも腐ったような匂いが漂っている。
「う……」
思わずディアも唸った。既に肌の色は青いを通り越してどす黒い。
死んでいないのが不思議と思えるほど、オースティンの容態は悪い。
「助けられるのか……?」
やって来たレオンが、青ざめつつも、抑えた声でディアに問う。
「出来る出来ないじゃないの。やるの。それだけよ」
ディアがオースティンの寝台に近づく。
そしてじっとオースティンを凝視する。
「わたくしの力だけでは足りないかもしれないわね。サル爺、魔道士でなくてもいいから、魔力の保持量、多い人を何人か連れてきて。魔石、作らせるから」
サールエルが、側近の者達に素早く指示を飛ばす。
急ぎ連れてこられた者達を見て、ディアは手にしていた一冊の書籍を開く。一見書物にしか見えないそれは、実は魔石集積装置なのであった。
「いい?これは我が師であるカーライルが生前に作った装置よ。あなたたちの魔力を結晶化し魔石に変換するの。魔力をそのまま使ってもいいんだけど、雑多なレベルの魔力をわたくしが均整化するのは手間なの。これで魔石を山ほど作って頂戴。作り方は簡単」
一旦言葉を切って、ディアは適当なページを開く。
「いい?このページの右に掌を乗せて。魔力を本に入れるようにね。すると左のページから魔石が出てくるわ。それだけよ。大至急やって頂戴っ!」
サールエルに連れてこられた魔導士たちは、順に本に掌を乗せた。もちろんサールエルも。
だが、生成された魔石は小石程度物のものが数粒。
ディアは舌打ちをした。
「この程度の者しかこの帝国にはいないの!?少なくともサールエルより上の魔力の保持者を連れてきなさいっ!魔力さえ持っていれば魔道士のように《魔道》を使えなくても良いから!」
レオンがしばらく考えたあと「では……マリーベル嬢はどうか」と呟いた。
それが誰なのか、問うこともなく、「心当たりがあるならさっさとして。一刻を争うんだからっ!」とディアはレオンにそれだけを言い、とりあえずとばかりに出来立ての魔石をオースティンの右腕の切断面に触れさせる。ジュ……ッと燃えるような音がして、魔石はオースティンの体の中に溶けていった。
「……解毒までは出来ないか……。なら、進行を遅らせるわよ。苦しみは長引くかもだけど、死なせないから……」
そのまま、ディアは切断面を掌で押さえ続けた。
レオンの命でと、連れてこられたマリーベルはおどおどとした様子でオースティンの寝室に足を踏み入れた。
高位貴族の令嬢らしく、着ているドレスは素晴らしく美しかった。が、顔に散らばるそばかすを気にしているのか、それとも病人の寝室に連れてこられたことを訝しげに思っているのか、マリーベルは俯いたままだ。
「貴女がマリーベル?」
初対面のディアから敬称も付けられず、名を呼ばれたことを、マリーベルは咎めもしなかった。
蚊の鳴くような小さな声で、「は、はい。あの……」とだけの返事をし、また、俯く。
「詳細は後で。サル爺、マリーベルに魔石を作らせて」
「え、え、え?」
戸惑うマリーベルの手を無理矢理掴むと、サールエルは書籍にしか見えない魔石集積装置にマリーベルの掌を押し付けた。
「いいか、魔力をこの本に入れると念じるのだ」
「は、はい……」
何をするかわからず混乱するマリーベルをサールエルは睨む。
ぎゅっと目を瞑り、それでも言われたとおりにマリーベルは掌から本の中に魔力を込めた。すると……。
ごとり、という鈍い音がして、本から魔石が落ちていった。
落ちたのはリンゴ大の魔石。まるで黒曜石のように輝いている。
「え、え、え?」
何が起こったかわからず、マリーベルは戸惑いの声を上げる。
「サールエルっ!その魔石をこっちに寄こしてっ!マリーベルっ!素晴らしいわ!悪いけど、貴女が失神するまでその魔石を生み出して頂戴っ!」
「え、え、え?」
戸惑うマリーベルの掌を、無理矢理にサールエルが本に押さえ続ける。
「念じろっ!魔力をこの書物に流せっ!」
命じられたまま、マリーベルは魔石を作り続けた。
二つ、三つ、四つ……リンゴ大の魔石が十を超えたあと、マリーベルは失神した。
「ごめんねマリーベル。後でちゃんと貴女も治療する。でも今は……」
作られた魔石を全てオースティンの右腕付近に置かせて、ディアは大きく息を吸った。
「これよりオースティン様の救命措置に入ります。繊細な魔道を使うから、誰も動かず一言もしゃべらないで。それが出来ないのなら今すぐ出ていってっ!邪魔だからっ!」
ディアの魔力とマリーベルの作りだした魔石。それが反応して淡い光を発していった。そしてその光が細い糸のように形を変える。ディアは、その光の糸を素早く編み始める。感覚的には毛糸を使ってセーターを編むようなものだが、今ディアが作っているのは当然セーターではない。
治癒と再生を司る魔法陣……というのが近いだろうか。
とにかくディアは魔力を練り、魔法陣を編み続ける。
まず出来たのは円陣。
大小いくつもの円が描かれ、その円に正五角形の対角線を全て結んで出来た図形や正六角形の各頂点を1つ飛ばしの頂点と結ぶことによって出来る図形が重なっていく。更には治癒を表す古代文字や、解毒を司る神の名が織り合わさっていく。
幾重にも幾重にも重なった魔力は光の色を赤や青に変えていく。そしてその光は目を焼きそうなくらいに強まっていく。
「お、おおおおお……っ!これは光の魔法陣……っ!」
思わず、サールエルが叫ぶ。
「黙れと言ったでしょうっ!邪魔よサルっ!!出ていってっ!!」
肩で息を吐くようにして、ディアは叫んだ。既にディアは汗だくだった。
着ている服はぐっしょりと濡れている。余計な体力も魔力も、一ミリだって使いたくない。
それほどの大きな魔力を、ディアは使っていたのである。
本来ならオースティンは助かるはずがなかった。もしも死の神というものがいるのならば、オースティンは既にその死の神の腕に抱かれて、死の国へ足を踏み入れている……という状態だ。
それをディアが無理矢理に奪い返し、現世へと連れ帰る……。
死の神とディアとの攻防。
オースティンを回復させるということは、例えてみればそのくらいに大きな魔道が必要なのだった。
そんな例えを、説明する暇もない。ディアはイラつきながらも、素早く魔道を発動させ続ける。
すると、無言のまま、レオンがサールエルの首根っこを掴み、そして、手刀でサールエルの首を叩いた。「ぐえ……」と一言漏らすと、サールエルはその場に崩れ落ちた。
レオンは何も言わないまま、ただディアに向かって頷いた。
レオンをちらと見ただけで、ディアはオースティンに向き直る。
《死の女神、死の眷属、その力を無くせ。再生の女神、転換の精霊、そして治癒の源となる偉大なる我らが友よ……》
レオンに何か言うのではなく、ディアは魔道の詠唱を奏でる。魔道で編んだ円に、その詠唱が乗る。光が更に強まった。
《魔導士カーライルの弟子にして、オブゼクト王国の王女であるアレクサンディア・デュ・オブゼクト……真の名はディア……が命ずる。ヴェルディス帝国の若き王、レオン・フォン・ヴェルディスの叔父であるオースティンよ。死の淵から生還せよっ!》
竜巻のような風が、ディアの練った魔法陣を収束させ、そうして圧縮された魔法陣が一瞬にして弾け飛んだ。
レオンの身体は部屋の壁に叩きつけられた。
とっさに受け身は取り、頭は打たなかった。だが、叩きつけられた衝撃で、そのままレオンは倒れた。
「う……っ!」
しばらくの後、ようやく立ち上がったレオン。くらくらと眩暈がしそうだったが、頭を振って何とか意識を留める。
元から気絶していたマリーベルやサールエルは元より、ディアさえも床に崩れ落ちて失神をしていた。
「叔父上は……」
ベッドの上のオースティンを見れば、眠っていたが、吐息は規則正しく穏やかだった。
レオンはそっとオースティンの体に触れる。
「温かい……」
ガサガサになり、枯れ木のようだった肌も、今は柔らかさを取り戻していた。
レオンは張りつめていた息を吐くと、失神しているディアの横に跪いた。
「アレクサンディア……、感謝する」
そのまま、レオンはディアを抱き上げる。力を使い果たしたかのように眠るディアの顔はどこか幼げだった。
レオンは首をかしげる。
「見覚えがあるような……?どこかで出会ったことがあるのか?いや……」
レオンがディアのことを……オブゼクト王国の前国王エイダンの葬儀で出会った娘だと知るのはまだまだ先のこと。
けれど、レオンのディアに対する意識は今、確実に変わった。
賠償金代わりの、ただ美しいだけの無能な王女から、叔父を死の淵から助け出した偉大な魔道士へと。
謁見の時とは変わって柔らかな目でディアを見つめるレオン。
それをプシーは、ディアの影からこっそりと覗き見ていた。
『……もしかしたらディアの想いが叶う日も、そう遠くないかもしれないにゃん。溺愛されると良いにゃんなー』
影の中からの声に、気がついた者は当然いない。
『にゃはは。がんばれディアにゃん』
ディアの想いが叶う未来をプシーは思い描く。
その中ではディアとレオンは見つめ合い、幸せそうに微笑み合っていた。
終わり
お読みいただきましてありがとうございました!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
現在『婚約破棄された『悪役令嬢』は考える。『逆ハーレムエンド』を達成した『乙女ゲーム』の『ヒロイン』は、複数の攻略対象たちに愛されたまま、一生涯幸せな人生を送れるのだろうか……と。』という作品を連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n5222hz/
そちらもあわせてお読みいただけると嬉しいです。
藍銅紅のほかの作品もよろしくお願いいたしますm(__)m