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3 「では、お前は己の価値を、何れかの者に示さねばならんということか」(過去)

「……ずいぶんと違うわよね」


独り言のような小さな呟き。それに気がついたのはレオンだけだった。いや、もしかしたら他にもいたのかもしれない。けれど、漏らした言葉を気に止めたのは確かにレオンだけだった。

レオンは声がした方に顔を向けた。


葬儀の列の最後尾、更にそこから数十歩離れたところに居たのは銀色の髪の少女。

年の頃は十歳くらいには見えるが、表情は大人びている。喪服を着て献花のための白い花を持っているところから、このオブゼクト王国の前国王、エイダンの葬儀の参列者だとわかった。

そして、前国王の葬儀に参列しているのだから、それなりの身分の者だとレオンは判断した。

ただ自分のように他国から葬儀に参加しに来た者なのか、それともこの国の貴族の子女なのかまではレオンにもわからない。


(まあ、どちらでもいいか……)


レオンは列から離れ、少女の方へと歩いていった。


実のところ、少女の言葉に興味を持ったわけではない。遅々として進まない列に少々飽きてきていただけである。


もとよりレオンはエイダン前国王などと面識はない。ヴェルディス帝国国王の名代として葬儀への参列を命じられたレオンの叔父、オースティンと共にこのオブゼクト王国にやって来ただけであった。


(会ったことのないジジイの葬儀なんて、退屈だってわかっていたけどな)


それでも叔父にくっついてこのオブゼクト王国にまでやってきたのは、もしかしたら将来役に立つことがあるかもしれないと思ったからだ。


帝国と皇国に挟まれたこの小国。

現状、帝国と皇国は表面上敵対などはしてはいない。が、それでも何か起これば、このオブゼクト王国が戦場になるであろうことはレオンにも予想出来ることだった。

ならば、三国間の関係が安定しているうちに、一度このオブゼクト王国を実際に自分の目で見ておきたい、そう思った。


つまりは葬儀への参列などレオンにとっては二の次三の次、単なる口実。将来的に戦場となる可能性がある場への、いわば下見のようなものでしかなかった。


だから、少女の言葉が気になったというより、単なる暇潰しで、レオンは少女の方へと歩いていったのだ。


「違うとはなんだ?」


少女ははっとしたようにレオンを見た。青色の大きな瞳がレオンを真っ正面から捉えた。


「……貴方、どなた?」

「帝国から葬儀に参列した者だ。名をレオンという」


少女はさっと頭を下げた。


「ヴェルディス帝国の方でしたか。失礼いたしました。わたくしはディア。母が、我が国の前国王陛下の侍女をしておりました故で、この葬儀に参列してございます」

「侍女の娘?そんなものが何故……」


レオンは訝し気に眉根を寄せた。


「前国王陛下が酒に酔い、階段から落ちた。母は前陛下を助けようと手を伸ばし……、結果として共に階段から落ち、亡くなりました。けれどその身を挺して助けようと努めた恩賞として、わたくしもこの葬儀に参列という栄誉を与えて頂いたのでございます。馬鹿馬鹿しい話でございましょう?」


ディアはクスリと笑った。卑下するような、悔しさを孕んだような、そんな暗い笑みだった。


「なるほど、実に馬鹿馬鹿しいな。それで?何が違うのだ?」

「え?」

「先ほど呟いていただろう。『ずいぶんと違う』とな」

「ああ……、お耳汚しで申し訳ございません。単なる戯れ言でございます。時同じく死したというのに、前国王陛下は他国の王族も参列する盛大な葬儀。かたやわたくしの母は、埋葬されることもなく川に流され……ゴミのように片付けられた。侍女という身分とはいえ、あんまりにも差があるな……と」


紡がれた言葉には批判も皮肉も込められてはいない。淡々としていた。


だが、表情は言葉を裏切っていた。


母の死が悔しい。百歩譲って死が仕方無いものだとしても、ゴミのように破棄された母の、その扱いに対しては、怒りを感じる。


ディアは母の葬儀くらいはあげさせてもらいたかった。もちろん盛大な葬儀とまでは望まない。共同墓地にでも入れてもらえればそれでよかった。

だけど、その程度すら出来なかったのは、前王妃の指示によるものだ。


ディアの母は前王の侍女。

だが、それだけではなく、前国王の手が付いていた。

もちろん愛情などない。戯れに手を付けられ、運悪くディアを妊娠した。  

 

前王妃はディアが生まれてくる前にディアを処分しろと前国王に迫った。だが、前国王はそれを拒否した。前国王と前王妃の子供たちは既に成人し、長子であるアレクセイは王位を継いでいたし、三人いる王女たちもみな嫁いでいた。


そんな時に生まれたディアを、可愛がった……訳ではない。ただ、暇に任せて、時おり、思い出したようにディアを構ったのだ。


王という身分を引退し、時間をもて余したことによる、暇潰し。もしくは気まぐれ。飼い犬や飼い猫のようなものだった。


それでも、ディアの母とディアは前王妃の気に触った。


前王が生きているうちはディアの母もディア自身も、前王の庇護下にあった。だから、前王妃は手が出せなかった。


が、王とディアの母は時同じくして死んだ。


事実とは違うが、まるで愛するもの同士が共に手をとって死したようだった。   

 

二人の重なった遺体を見た前王妃の怒りは甚だしかった。前王妃は、即座にディアの母の遺体の破棄を命じた。


ディアはその様子を見ていた。台車に乗せられ、王城から運び出され、汚物と共に川へと流される母の遺体。


そして、思った。

もう前王の庇護はない。ならば、ディア自身も母と同じくゴミのように破棄されるのかもしれない……と。


今、こうして、まだディアが無事でいて、且つ前王の葬儀に参列出来ているのは、現王である兄の命令だった。


「一応お前も父の娘ではあるからな。とはいえ王族としては扱わん。身を挺して前王を助けようとした忠義の者の娘。そう扱うとする。邪魔にならんように大人しく隅にでも控えているがいい」

 

ディアはアレクセイの命を、反発することなく承諾した。


前王の葬儀に参列など、正直ディアにとっては出ても出なくても、どうでもよかった。

ただ参列させてもらえるのが兄王アレクセイの厚意ということは理解出来た。

王族として扱われれば、前王妃の怒りに触れる。

かといって、前王の娘を参列させないわけにもいかなかったらしい。


(兄王も、大変だわね。同情するつもりはないし、そんなこと思っていられる余裕もないけど)


葬儀に参列する。その時点まではディアの身分も命も一応保証はされている。だから、大人しく葬儀に参列した。

 

けれど、この後は?


(前王妃に殺される可能性が高いかしら?それとも殺すのさえ手間だと王城から放り出されるかしら?)


幼い身で、庇護してくれる者もなく、放逐されれば命などないことを、ディアにも理解出来ている。


かといって、生き延びる術など思い付かない。


ため息をひとつ吐く。


「母親を亡くした……、では父親は?」

 

レオンの問いかけに、想いに沈み混んでいたディアははっとした。


「既に棺の中ですわ」


現在進行形で、その『父親』の葬儀の真っ最中だ。庇護を受けられるはずもない。


「父親もか……。では頼れる親族は?」


ディアは俯いて、唇を噛んだ。前王妃を宥めてまで、これからも兄王アレクセルは自分を庇護下においてくれるだろうか……。それとも一定の義理は果たしたと、葬儀の後は放逐されるだろうか……。

わからず、ディアは俯くだけだった。


レオンは少し考えて、答えた。


「では、お前は己の価値を、何れかの者に示さねばならんということか」

「え?」

「親族はいなくても、少なくともお前は前国王の葬儀に参列出来るほどの伝手がある」

「伝手……」

「そうだ。お前をこの葬儀に参列させた者。その者がどんな権力を持っているのか、俺は知らん。だが国葬に関われるのだから、それなりにこの国で地位や権力を持っているはずだ」

「権力……、そうですわね。多大なる権力をお持ちだわ……」


何せ現国王だ。前王妃が何か文句を付けようと、権力で言えば当然現国王のほうが強い。更に言えば、ディア自身、そんな権威など感じたことは皆無だが、これでも前国王の庶子なのだ、ディアは。そしてその現国王は腹違いの兄。頼めばこの王城の片隅で暮らす場所くらい、用意してくれるかもしれない。けれど、兄王が庇護してくれたとしても……秘密裏に前王妃から処分されるかもしれない。


だが、レオンの言った通り、自分に価値があれば、きっと……。価値だけでなく、自衛の手段もあれば……。


ディアはレオンの言葉に希望を見いだした。


「わたくしに何らかの価値があれば、交渉は可能……なのね」


では、一体、ディアにどんな価値があるのだろう?どうやって自衛の手段を得られるのだろう?


わからない。ならば、聞けばいい。


ディアはすがるようにレオンを見た。


「不躾ですが、教えてください。とある侍女が主人に無理矢理手込めにされて娘を産んだ。そうして生まれてきた娘に価値はありますか?」


レオンは面白そうにして、答えた。


「そりゃあ、男と違って女には色々使い道はあるさ」

「例えばどんな?」

「売る、とかな」

「売る……」

「ああ。器量が悪ければ下働き程度にしかならんだろうが、美人で健康なら売場はいくらでもある。まずは娼館、それから貴族であれば政略結婚の道具。更に教養もあれば売る先はもう少し増えるかな?」

「教養……、売る、先?」

「ああ。お前はこの国の人間だろう?皇国と帝国に挟まれた小国の者。それから国葬に参列出来る程の伝手もある。もしかして帝国語や皇国語、出来たりするんじゃねえの?」

「帝国語なら少しは。皇国語は……聴き取れはしますが、話すのは発音が難しくて」

「なら、帝国の情勢を探る細工にでもなれるんじゃねえの?いつ戦争が起こるかわからん情勢下で、諜報の出来る人間の価値は高い。子どもなら警戒されないだろうし、女ならベッドの中で情報が取れる」

「諜報……ですか」


諜報に携わるのならば、自衛の手段も教えて貰える可能性が高い。


「ま、おまえ結構美人に育ちそうだから、帝国の権力者に売ってもらって、そこで得た情報をこの国に流すなんて役目も得られるかもな?体を張らなきゃいけないだろうし、貞操なんて何それってことになるだろうけどな」

「なるほど……」


色々あるものだ。


「お前の伝手は、何を求めるかにもよるだろうが、そいつが欲しがりそうなものを提示出来ればうまく後ろ楯になってくれるんじゃねえかな?」


そうして「まあ、がんばれよ」とレオンは気軽にディアの頭を撫でた。


レオンにとってはすぐ忘れる程度の暇潰しの会話。


だが、これがディアの未来を変えた。


誰かの情けによって生かされ、駒のように使われる人生を送るのもいいだろう。

だが、それが嫌なら、自分の力で歩け。そのための力を付けろ。今は何も出来なくとも、いつか、きっとと、未来を目指せ。胸を張って生きられるように、己の才を磨け。


そうして、出会ったカーライルに魔道を請うた。

ディアには魔道の才があった。更に、伝説と呼ばれる魔導士カーライルが、死ぬ前の、最後の弟子としてディアをこれ以上もなく鍛え上げたのだ。



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