第二話 望月えみは魔法少女
担任のつまらないHRを聞き終えると、生徒は一斉に鞄を持って廊下に出る。
ばたんと教室の扉が閉まる頃には、私は一人ぼっちだ。
廊下には数名の生徒が居たが、直に帰るだろう。
私は制服のポケットから、スマートフォンを取り出す。
馬の被り物を被った同居人と、私、数時間前に学校を出ていったうさぎが、スマートフォンの待ち受け画像だ。
馬の被り物を被った同居人は、私にとって母親のような存在だ。
身体はもやしのようにやせ細っているが、顔だけは私の何倍も大きい。本人はその事を気にしているのか、いつも顔を隠している。
私はスマートフォンを制服のポケットにしまうと、イスを引いて席を立つ。スクールバッグを右肩に提げて教室を出ると、廊下には人っ子一人居なかった。
環境に縛られながら宙を漂うのは、生を終えた人間だけ。
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「ただいま」
「おう、おかえり」
私がアパートに戻ると、ラビはリビングのソファに腰かけてテレビを見ていた。
「にんじん買ってきたよ」
「サンキュー」
ラビはテレビに視線を向けたまま、リモコンのチャンネルを変える。
「で、どうだった?」
「楽しくなかったよ」
私はラビのとなりに腰かけると、ラビは私の表情に注目する。
「……でも、あっちよりは良いだろ?」
あっちと言うのは、魔界のことだ。
「お前は魔法なんか使うよりも、人間界に紛れて生活している方が何倍も過ごしやすいだろう」
「ラビの言う事は、もっともだけど……」
私はラビの言う事に納得がいかなかった。
「……魔法使いになることは、まだ諦めてないよ。他の魔法使いと同じように空を飛びたいし、魔法だって練習を重ねればきっと」
「ダメだ」
ラビはソファからおりると、私が買ってきたにんじんに早速手を出した。
「お前は魔法使いにはなれない。あっちに居た時からそうだった。親の遺伝もあるだろうが、片方の親が人間だった場合そのほとんどは、魔法を扱うことが出来ない」
「でも……」
「諦めるんだ」
私はラビが両手で支えていたにんじんの入った袋を奪うと、キッチンの壁に向かってそれを叩きつけた。
バラバラになったにんじんを、ラビは一こずつ手で掴むと「えみ……。一人前の魔法使いになるには、その短気を直してからじゃないとな?」と真顔で、私に訴えてきた。
私は自分の部屋に閉じこもると、机の本立てにきれいに並べられている魔導書を手に取った。
私が一番にやってみたい事は、箒で空を飛ぶこと。
そのためには、魔法使いが魔法を行使する前に使う「軟膏」を完成させなくてはならない。
材料は冷凍庫にある。
あの臭いにはもう慣れたけど、ダイソンのおばさんが見たらきっとびっくりすることだろう。
「えみ? 聞こえるか? えみ」
「今度は何?」
私は乱暴に扉を開けると、ラビは「ダイソンのおばさんが帰ってきたぞ」と確かにそう言った。
今日は一体何を持ってくるのだろう。