友也との決別
和馬がいなくなってから、寝ても覚めても苦しいくらいに心が痛かった。
もうこの世にいない現実が辛くて、今何が起こっているのか、近くに誰がいるのかさえ分からなくなっていた。
暗闇の中でただ一人、生きているようだった。
ある日ふと気が付くと私は病院のベッドの上にいて、窓から新緑の葉が風に揺らぐのが見えた。
長いこと、気を失っていたような感覚だった。
「みちる…?」
「お母さん? どうしたの? ここはどこ?」
「みちる!?」
聞けば、和馬がいなくなってから二年が過ぎていて、私は友也からも遠く離れ実家の近くの病院に入院していた。何がきっかけなのかはわからないが、ふと目覚め、そして我に返った。
「これ、友也君から。 …最初は電話もあったんだけど徐々に減ってね。今はもう手紙も届いてないのよ」
「そうなんだ…」
友也からの手紙を母から受け取って何度も読み返した。
『みちる。元気にしていますか?拓海は少し前からつかまり立ちをはじめて…』
『和馬のことを思うと胸が痛くて眠れない日もあります。けれど拓海の顔を見たら…』
『本当はみちるとまた一緒に暮らしたいです。拓海もきっとお母さんと…』
『今日和馬に会いたくて墓参りにきました。寂しくてたまらないです…』
友也からの手紙は、私の心配、和馬がいない寂しさ、拓海への愛に溢れていた。
けれど二年という時間はあまりに長く、今でもそう思ってくれているのかはわからなかった。
現にもう手紙は届いていないし、連絡もない。
会いたい。友也と拓海に、ただ会いたい。
私から連絡しなければ、きっともう友也から連絡はない。
そう思って電話に手を伸ばすも、私のいない生活に慣れた二人に拒絶されるのが怖かった。
自分はただ逃げていたくせに。友也の側にも拓海の側にもいられなかったくせに。
今更また一緒に暮らしたいなんて、言えなかった。
「引っ越し?」
退院からしばらく経ったある日、両親から少し離れた街に越さないかと提案された。
私の実家は田舎で、何年経っても和馬が殺された噂が消えず、両親は私の耳にその噂がはいることを危惧していた。私の心がまた壊れてしまうことを恐れていたのだ。
「これを機に友也君の元へ帰ってもいいのよ」
「……うん」
「もしかしたら友也君がまた連絡くれるかもしれないし、引っ越し先を伝えるついでにお母さんから話そうか?」
「……。うん、でも」
でも、どうしたいかなんて自分でもわからなかった。
帰りたい。けれど帰るのが怖い。会いたい。でも会うのは怖い。
友也はまた笑ってくれるだろうか?和馬の死を一緒に悲しんでくれるだろうか?
拓海は私を受け入れてくれるだろうか?
考えれば考えるほど、どれも無理な気がして帰りたいとも実家に残りたいとも言えなかった。
「とりあえず、一度友也の元に帰る」
「そうね、わかった。それがいいと思うわ」
嘘。本当はただ遠くから一目見るだけ。
一目みて会う勇気がでたら、ちゃんと会いたい。
数日後、実家から家までは電車を乗り継いで一人で帰った。
見知った街並みにほっとするような、怖いような、なんともいえない感じがした。
緊張で手はずっと震えていて、まだどんな決心もつかなかった。
ここで待とう。
友也が帰ってきたなら通るであろう道。その道が見えるコンビニに入って飲み物を買い、飲食スペースに座った。すでに日が陰りはじめていて、もし一時間待って二人の姿が見られなかったら、駅前のホテルに一泊して帰ろうと思った。会いにきたはずなのに姿を見るのが怖くて、会えない方がいいとまで思った。
けれど予想に反し、友也は帰ってきた。拓海の手を引いて。
何かを話しながら、二人とも笑顔で歩いていた。
帽子をかぶって、小さなカバンをぶら下げて…。もう歩いたり話したりできるんだね。
友也は少し年をとったけど、あの頃と変わらないいいお父さんなんだね。
私のいない二年はあまりに大きく、私はもういらなくて、二人には二人の生活があって。
もう入り込めない。戻ることはできないんだと強く実感した。
会いたいなんて言わなくてよかった。
帰りたいなんて言わなくてよかった。
私はもう、戻れない。