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みちるからの手紙

 友也へ


 友也、久しぶりだね。拓海を育ててあげられなくてごめんね。一緒にいられなくてごめんね。

 前に送ってくれた拓海の写真、大切に持っています。かわいいね。大きくなったかな?

 友也に似てるね。会いたいなって、本当は思っています。


 だけど弁護士さんから話があった通り、私は離婚を希望しています。

 原因は、和馬が死んでしまったことです。

 私はずっと和馬が忘れられなくて、和馬に会いたくて、どうしようもない気持ちでいっぱいです。

 あの家で、前みたいにみんなで暮らすことはできません。

 拓海に会わないのも、私という存在をしらないまま生きて欲しいと願っているからです。


 友也、私はあなたと離婚して他人になりたいです。

 拓海にも新しいお母さんをつくってあげてください。

 どうか私を忘れ、私の知らない誰かと幸せな家庭を築いてください。

 私にはもうできないことです。

 私は和馬を殺した犯人が許せず、どうしようもない衝動にかられることがあります。

 あんなに簡単に和馬の命を奪い、私たちから家族を奪ったのに、あと数年で出所するそうです。

 もし出所したら、私はきっと犯人を殺してしまうでしょう。

 

 拓海の母は私です。拓海は殺人犯の息子になります。

 けれど他人になり、私を知らなければ好奇の目から遠ざけられるかもしれません。

 私は最初からいなかったことにして、私のことは秘密にして、新しい誰かと結婚してください。


 お願いです。

 私は友也と拓海に幸せになって欲しいのです。願いはそれだけです。

 拓海をお願いします。たとえ一生会えなくても私の息子です。

 愛しています。愛したあなたと、和馬と拓海を死ぬまでずっと愛しています。

 だからどうか離婚してください。それだけでいいです。


 お願い、友也       みちるより




 和馬が死んだ直後の衰弱しきったみちるはもういない。

 復讐心にかられて、和馬を殺した犯人を殺すためだけに生きている。

 止めなければいけない。でも止めてどうする?

 みちるがしたいようにさせてあげたいけど、でも殺人なんて…。


 「松田です。離婚、承諾します。その前に話がしたいのですがよろしいですか?」

 俺は津田さんに連絡をとり、会えないみちるの話を聞くことにした。

 みちるの実家は引っ越し電話も解約され、どこにいるのかわからない。指定された離婚届けの送り先は私書箱で、素人の俺がみちるの居場所を突き止めることは到底無理だった。

 だったら、みちると繋がりのある津田さんに聞くしかない。そう思って呼び出した。

 最初に会ったカフェで津田さんに離婚届を見せ、切りだした。

 「離婚します。けれどその前にみちるの様子を聞きたいのですが…」

 「様子、ですか」

 「僕が最後に会った時は衰弱していて、手紙を書ける状態じゃなかったんです」 

 「なるほど」

 「みちるは元気ですか? 笑ったりできていますか?」

 「そうですね…、私も長い時間お話したわけじゃありませんが、元気そうではありましたね。笑顔はみていません。ですが、しっかりお話をされて衰弱している様子はありませんでしたよ」

 「何か、おかしなことを言ってませんでした?」

 「例えば?」

 「話に聞いているかわかりませんが、息子を亡くしていて、直後は随分と錯乱していたので」

 「そういう様子はありませんでしたね。言い方はあれですが、至って普通でした」

 「そうですか」

 手紙に書いてあったことは言わなかった。

 みちるはきっと、おかしくなるほど考えて、悩んで、迷って、それでも許せなくて犯行に及ぼうとしている。みちるをとめたって、みちるはきっと何も許せないまままた悩み、苦悩し続けた状態で、生きていくことになる。 …俺だって本当は許せない。だけど殺そうとまでは思わない。


 みちるが望むなら…。

 みちるがそうしたいなら…。


 本当は事件などおこして欲しくはなかった。祈るような毎日だった。

 俺は再婚こそしなかったが、みちるとは離婚し縁をきり、そして他人となった。

 拓海にとっては母親だけど、みちるのことを話したことはない。

 引っ越しもして仕事もかえて、環境をかえた。


 そして、みちるは事件をおこした。

 和馬がいなくなってから、十年が経っていた。

 

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