みちるの出産
子供は特に欲しいとはおもっていなかったけれど、三十を過ぎた頃にみちるの妊娠が発覚した。
「9週だって…」
単純に驚いたのと、嬉しい気持ちが入り混じって、言葉が出なかった。
「……何か言ってよ」
「…男? …女?」
「まだわかるわけないじゃん! ねえ、嬉しいの?嬉しくないの!?」
「嬉しいんだけど、びっくりして…」
「そう……」
あの時、みちるは俺の態度にガッカリしていたと思う。
もっと大袈裟に喜んでやればよかった。だけどいきなり子供ができたといわれても、どうしていいかわからなくて、実感もないし、ただ言葉に詰まった。
だけど毎日みちるがお腹をさするから、次第にああ、本当に子供ができたんだと思うようになり、そうすると徐々に子供を愛しく思う気持ちが出てきた。
次の健診はいつ?
仕事はどうする?やめてもいいよ。
体調大丈夫?
無理しないで。横になってて。
なんでも言って。なんでもするから。
「今日やっと性別わかった。男の子だって」
「男!? 男かぁ。みちるによく似た男の子かな」
「男の子は女親に似るっていうしね」
「明日早速名づけの本買ってくるから」
「もう、まだ早いよ~」
20週に入るころには、夕食の時に子供のことを話すのが日課になっていた。
初期に出血があったから心配していたけれど、今は安定しているようで、みちるは以前よりももっと柔らかく優しい顔で笑うようになった。
「楽しみだね。来週、ベビーカーとか見に行こうか。みちるのお腹も出てきたし、妊婦用の洋服も必要だろ?」
「そうね。だけどベビーカーはまだ早いから」
「いいじゃん!体調がいい時にちょっとずつ見て回ろうよ!」
「もう~」
産まれてくる子供が楽しみで、俺が子供の話題を出すたびにみちるは笑った。
本当に幸せだった。ずっと二人でも良いと思っていたけれど、母の顔をしたみちるを見ると、子供を持つ喜びで満たされた。子供に早く会いたかった。待ち遠しかった。指折り数えては、無事に生まれてくることを祈った。
34週に入るころには、子供用のグッズも一通り揃えられあとは誕生を待つだけとなった。
けれど健診で切迫早産を言い渡され、みちるはしばらくの間入院することになった。
『今日仕事早く終わりそうだから、ちょっと顔を出すよ。何か欲しいものある?』
『毎日来なくても大丈夫だから無理しないで』
『無理じゃないよ。みちるのことも赤ちゃんのことも心配だから。俺が行きたいんだよ』
仕事の合間をぬって、一日に何度もみちるに連絡をした。
携帯がある時代で本当に良かった。なかったら心配で居てもたってもいられなかった。
先生から、34週を過ぎてるしもし早く生まれてきちゃっても大丈夫だって言われたとみちるは話していたけれど、みちるが心配そうな顔をするなら、俺がいることで少しでも気がまぎれるなら、傍にいたいと思った。
入院は正産期まで続き、退院した翌日に破水。そのまま出産に至った。
和馬と名付けた。