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みちるとの出会い

 「死刑執行の日、彼女笑っていたそうです。何度もありがとうと言って、涙を流して、そして最期に笑ったそうです」

 テレビのニュースで、妻だった人の死刑が執行されたことを知った。

 そしてしばらくして、弁護士から連絡をもらい彼女の最期を知った。

 俺はずっと何もできずに、ただ彼女の言う通り生きてきた。彼女がどれ程の葛藤を抱いているか知りながら、見ない振りをしていた。その人生のすべてをかけて、犯した罪を知らしめた、彼女の、心の、悲しみを、俺はただ目を瞑り、そして何も考えずに生きてきた。

 彼女はもういない。

 だけど最後に彼女が笑ったなら、それでいい。

 この世での苦しみが消えたなら、もうそれでいいんだ。




 彼女に出会ったのは、大学卒業後に入社した文具メーカーの経理部。伝票を取りに行った時に対応してくれたのが、彼女だった。

 「初めまして。新しい人?」

 「はい。先週入社しました松田です。よろしくお願いします」

 「そうなんだ。私は須藤みちる。よろしくね」

 スラリと背が高くて、ボブの黒髪。黒目が少し大きくて笑った顔が優しかった。

 だけどその時はあまり印象には残らなくて、彼女を思い出す日は特になかった。

 「あれ、企画の松田君だよね?今お昼?」

 一カ月ほど過ぎた頃、食堂に向かう途中の廊下で後ろから声をかけられた。

 一瞬誰かわからなくて、首にかけられたセキュリティカードで部署と名前を確認する。

 そうだ、経理の須藤さんだ。

 「はい。午後の会議に使う資料作りに手間取っちゃって。なんとかさっき終わってこれからお昼に行くところです」

 「そうなんだ。私もちょっと忙しくて今からお昼。よかったら一緒に行かない?」

 一度しか会ってないし随分日にちもあいているのに、覚えてくれていたんだと素直に嬉しかった。

 「企画部忙しいでしょ?私の同期も企画部にいるんだけど、たまに会っても疲れたー!しか言わないの」

 「同期ってもしかして小林さんですか?」

 「そうそう、小林君!私は短大卒だから小林君の二つ下なんだけど、須藤先輩ってなぜか言われるの」

 「姉御っぽいですもんね!」

 「えー!そんなことないよ!!」

 彼女は気さくで話しやすく、笑顔を絶やさない人だった。

 箸の持ち方や食べる時の所作もきれいで、どこか心惹かれた。

 「でも二つ下だったら僕と同い年かも。今年二十二歳ですか?」

 「そうそう!って言っても早生まれだから、来年なんだけどね」

 「えー!僕もです。誕生日いつですか?」

 「二月二十五日」

 「わっ!僕、二月二十日ですよ!!すごい偶然!!」

 彼女はよく笑った。人懐っこく、でも上品に。

 聞き上手、話し上手で、一緒にいて楽しかった。

 「あ、もうこんな時間!戻らなきゃ!」

 「本当だ。 …あ、須藤さん。良かったらまたお昼一緒に取りませんか?」

 「うん、いいよ!じゃ、またね!」

 小走りに去っていく彼女を名残惜しく見つめた。

 昼休憩の短い時間では、彼女を知るには全然足りなくて。

 もっと見ていたかったし、もっと話したかったし、もっと話を聞きたかった。同じ空間にいることが心地よくて仲良くなりたかった。

 ずっと一緒にいたい。

 恋におちる理由なんて、それだけで十分だった。

 「まーつだ君」

 「小林さん…。どうしたんですか?機嫌よさそうですね」

 「いやー最近経理部の須藤さんと仲良さそうだからさ、どうなのかなって思って」

 「別にそんなに仲良くないですよ」

 「冷たっ!そんなこと言うの!?みちるちゃん聞いたら悲しむよ?」

 「いや、言わないでくださいよ!」

 連絡先を交換して、本当は毎日のように連絡していた。半年もずっと勇気が出なかったのに。勇気がでなかったなら、そのままの方が良かったのに。

 「仲、取り持とうか?」

 「いいですよ別に。…そのくらい自分でやりますし」

 「やっぱ好きなんじゃん!」 

 告白なんてしなければ、今も彼女は生きていて誰かと幸せに暮らしていたかもしれないのに。余分な勇気を出してしまったために、不幸な未来を歩ませてしまった気がする。

 何が会っても本当はずっと生きてて欲しかったし、ずっと笑っていて欲しかった。幸せにしたかった。

 なのにみちるはずっと悲しみの果てにいて、罪を犯して、死んでいった。

 それでも身勝手な俺は、みちると共に歩めた日々を思い返しては幸せだったと、みちるに会えてよかったと思わずにはいられなかった。短い時間だったのに、その日々はあまりに輝いていたから。

 

 『友也』

 

 別れてから随分経つのに。今でも記憶は鮮やかで。いつまでもその笑顔と声を忘れられない。

 みちる。

 俺は君が好きだった。今でも好きで、これからもずっと好きだ。

 どんな罪を犯しても、どんなに心が変わってしまっても、本当は君のいうことなんか聞かずに一生一緒にいるって言えば良かった。でも気が狂う程の悲しみの中にいたみちるにはそれはあまりにも酷なことで、どうすることもできなかった自分がどうするべきだったか、もっとみちるのために考えれば良かった。今となっては、もうなにもかも遅いけれど。


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