王太子殿下は近くにあった愛にやっと気づく
アルセリア王国の王太子、カレンティーノは金の巻毛が麗しい碧い瞳の美男で、国中の乙女達の憧れの的である。
勉学も剣技も優れていて、こちらも夜会へ行けば貴族令嬢に取り囲まれて、ダンスの申し込みが殺到する程の物凄いモテぶりであった。歳は20歳。
彼には憧れている令嬢がいた。
レディアーヌ・コレンティア公爵令嬢は、艶やかなる黒髪の色白なそれはもう美しき令嬢だ。
その妖艶な令嬢を夜会で見かける事はあっても、なかなか話しかける機会に恵まれない。
何故なら、その美女もいつも沢山の取り巻きに囲まれているからだ。
互いに沢山の取り巻きに囲まれる位のモテ男とモテ女。
その連中をかいくぐって、親交を深める事は、なかなか難しい。
そしてこの王太子、気になるならレディアーヌを王宮に呼び寄せるとか、何か考えれば良い物をそのようなことをしなかった。モテ男はプライドが高いので、断られたらどうしようとかそう考えると、自分のプライドの高さが許さなかったのである。
ミルフィーナ・ロンデール公爵令嬢。
彼女は金髪のそれはもう可愛らしい令嬢である。
よく自分に付きまとって、話しかけてくれるその彼女。
夜会には必ず、美しき桃色のドレスを着て出席し、ダンスの相手を一曲踊る事を申し込まれたりした。
それでいて気遣いも出来て、自分に付きまとう他の令嬢達を取りまとめて、
礼儀を大切にするように説いたりする一面もあったりするのだが。
愛しさを感じないわけではないが、他の付きまとい令嬢と同様、ちょっとうっとおしかったりする。
でももう、いっその事、レディアーヌには近づけないし、婚約者はミルフィーナでもいいのではないかと、そう思い始めた時に、思わぬ事があった。
婚約者を選ぶ夜会で、何故か20名程招待した他の令嬢が出席せず、
碧く美しいドレスに艶やかな黒髪をアップにした、レディアーヌしか来なかったのである。
これはもう、レディアーヌと親交を深めるチャンスだ。
カレンティーノ王太子殿下は張りきった。
「今日はそなた一人か?」
「ええ。そのようですわね。皆様、どうしたのでしょうか。」
「丁度いい。そなたと一度、話をしてみたいと思っていたのだ。」
「わたくしもですわ。カレンティーノ王太子殿下。」
「では、ゆっくりと話をしよう。」
二人きりの夜会で、椅子に座って、親しく話をする。
カレンティーノ王太子はこことばかり、熱っぽく、
「いつも大勢の取り巻き達がそなたの周りにいるから、話しかける事が出来なかった。
そなたは本当に高貴で美しい。」
「有難うございます。わたくしも、王太子殿下とお話がしたくとも、近づく事も叶いませんでしたわ。」
二人で座って、色々と話をした。
話をすればする程、レディアーヌの聡明さと美しさ…あのミルフィーナなんぞとは比べ物にならない。高級な令嬢だ。
「どうか…私の婚約者となる事を承知して貰えないだろうか。私はそなたの事が愛しくて愛しくて。」
「わたくしも王太子殿下の事が…」
これはもう、両想いだろう。何とも言えぬ、幸せを感じていたカレンティーノ王太子であったが。
どうしてこうなった…???
あれだけ手ごたえを感じていたレディアーヌ公爵令嬢から、婚約を断られた。
そればかりではない。可愛いと感じていたミルフィーナは病であっけなく死んでしまった。
20名の婚約者候補達も、色々な理由で夜会にこられなかったようで、
カレンティーノ王太子は、失意のあまり、王宮に籠ってしばらく鬱々と過ごしていた。
だいたい…20名もの婚約者候補達が一斉にあの大事な夜会に来られない事自体、おかしくはないか???
まさか、レディアーヌが、何かあの令嬢達にしたのではないのか?
ミルフィーナはレディアーヌに殺されたのではないのか?
しかし、何故、自分の婚約の申し込みをレディアーヌは断ったのか?
謎だらけである。そもそも、レディアーヌが仕組んだ事なら、喜んで自分と婚約をするはずなのだが…
それならば、ミルフィーナに聞いてみよう。
魔術師に頼んで、ミルフィーナの死霊を呼び出して貰うのだ。
誰に殺されたのか?ミルフィーナが何か気づいている事はないのか?
お忍びで城下へ出向いて、調べておいた怪しげな魔術師の館の扉を叩く。
街中にある小さな館の扉が開き、怪しげな老婆が顔を覗かせた。
「お前さんが来ると占いに出ていたよ。王太子殿下。ようこそ。魔術師の館へ。」
「それでは私の用件も解っているとは思うが。」
老婆は大きな水晶玉の前に座り、カレンティーノ王太子も、手で指し示された水晶玉の前の椅子に腰かける。
改めて老婆に用件を言う。
「ミルフィーナに会って真実を知りたい。」
「誰に殺されたのかという事かね?」
「ああ、そうだ。」
「残念だが、そのお嬢さんも自分を殺した相手が誰か知らないと思うが。」
「それならば、会う意味もないな。」
「汝に問う。そのお嬢さんの事を愛していたのかい?」
「いや…」
カレンティーノ王太子はふと思う。
付きまとっていて、ちょっと可愛かったから、婚約者にしてやろう。
と思っただけだったなと…
レディアーヌだって、美しくて、会話が楽しかったから、婚約を申し込んだだけだったなと…
自分の心はどこにあったのだろう??
老婆はニンマリ笑って、
「おや?王太子殿下の心に迷いがあるようだね…このババが、ちょっと教えて差し上げようかね。」
「え???」
老婆は、みるみるうちに、美しくて色気のある黒髪の女性へと姿を変えた。
「貴方が好きなのは、見かけ?それとも…その女性の心かしら…」
「解らない。考えた事もなかったな。」
いつも周りには女性が沢山いて、自分の美しさを褒めて、ちやほやしてくれた。
いつもいつも…自分の心はどこへ行ったんだ?
考え事をしていたら、
いつの間にか、墓地にいた。
魔導士の美女は、背後から声をかけてきた。
「会ってみたらいいわ。貴方が会いに来たミルフィーナに。そうしたら何か解るかもしれないから…」
小さな白いお墓が輝いて、そこに生前と同じ、ミルフィーナが立っていた。
嬉しそうにカレンティーノ王太子を見て微笑む。
「まぁ。王太子殿下、お参りに来て下さったのですね。嬉しいですわ。」
「君は…自分が亡くなっている事を知っているのか?」
「勿論です。ああ、でも申し訳なかったですわ。あの大事な夜会に行けなくて。
ドレスも髪飾りも最高の物を選んでおいたのに…王太子殿下の婚約者に選ばれるのはわたくし。わたくしを選んでもらう為に一生懸命用意したのですわ。」
カレンティーノ王太子の心が痛んだ。
あの夜会で、自分はレディアーヌに婚約を申し込んだのだ。
二人きりでやっと話が出来て、喜びのあまり、レディアーヌに夢中になって…
ミルフィーナは、カレンティーノ王太子を見上げて、
「でも、わたくしの命は亡くなってしまいました。
ですから…王太子殿下。王太子殿下にふさわしい方を選んで、幸せになって下さいませ。
わたくしはいつまでも、貴方様の幸せを願っておりますわ。」
「ミルフィーナ。君は…もしかしたら私のせいで君が殺されたのかもしれないのだ。あの日、他の令嬢20名も夜会に来られなかった。だから…これは…私のせい…きっと私のせいだ。」
「いいえ。そんな事はありません。貴方様のせいであるはずがない。だから、今夜は有難うございます。わたくしは…逝くべき所へ行かねばなりません。最後に貴方様にお会い出来てとても嬉しかったですわ。」
そう言うと、ミルフィーナは背を向けて、
「貴方様と過ごした時間、とても楽しかったですわ。どうかお元気で。良い王様になって下さいませ。」
最後にカレンティーノ王太子に向けて、カーテシーをすると、にっこり笑って、ミルフィーナは姿を消した、
涙がこぼれる。
自分は何を自惚れていたのだ。
ミルフィーナはあんなにいい子なのに…
何も見ていなかったのだ。
いつの間にか、カレンティーノ王太子は水晶玉の前に座っていて、老婆が立ち上がって、
「夢でも見ておったのかの?」
「いや…私はミルフィーナの何を見ていたのであろうな…」
「そうじゃの。それが解っただけでも、ここへ来た甲斐があったというもの。」
老婆と別れて、カレンティーノ王太子は王宮へと戻った。
いつもいつも自分に付きまとっていたミルフィーナ。
だが、自分への気遣いも忘れず、いつも笑顔で傍にいてくれた。
自分に愛を見つけることが出来るか未だ自信は無いが、愛してくれたミルフィーナに感謝をしたい。
今はそう感じるカレンティーノ王太子であった。
後に、カレンティーノ王太子は、隣国の王女と政略結婚をしたのだが、
その王女の事をそれはもう大切にした。
王になった後も、王妃と良い関係を築き、子供にも恵まれて、幸せな生涯を送ったとされている。