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隠れ蓑作戦

 この学園には裏庭の奥に離れがある。多くの芸術家を輩出しているだけあって、音楽や美術を学ぶ設備も充実している。弦楽器は持参することが多いが、グランドピアノはさすがに寮の部屋には大きすぎるし、練習の音が騒音になりうる。

 そのために、こうした練習室は個室でしっかり防音完備され、更に少し離れたところにある。ただし、かなりの部屋数があるわりに、ほんの一部の学生にしか利用されないので、圧倒的に空いている。つまり、なんとなく不埒な目的で使用されている可能性が否定できない。


「やめてよっ!何のつもり?」


 私がローランドを強く突き放すと、その反動でまたピアノを鳴らしてしまった。ジャラーンという音が響く。

  ローランドは私から身を離すと、気だるそうに乱れた前髪をかきあげた。なんだか分からないが無駄に色気がすごい。


「何って、牽制。あいつに近づかないように」

「は?なんでこれが牽制になるのよ!」


 私はローランドに吸い付かれた口を、手の甲でゴシゴシと拭いた。なんであれ、ローランドとキスするのは、相当に恥ずかしい。


「お前、あいつとキスしたの?」


 は?誰と誰が何をしたって?私は耳を疑った。えーと、ローランドは私がカイルとキスしたと言っているの?なぜ?


「し、してないよ!なんで私が!」

「……カイルの魔力の味がした」


 え?なにそれ。あ、そうか。ローランドも魔力があったっけ。通信系に特化していたと思ったけど、あんまり意識したことなかった。でも、ちょっと待ってよ、味って何?キ、キスの味ってこと?なんか、その表現は恥ずかしすぎる!


「あ、足を手当してくれたのよ。怪我を自分のせいだと思ってたみたいで」


 カイルは義務とか責任とかで動いただけで、別にローランドが気にするようなことはしていない。


 それにしても、この独占欲はすごい!自分以外から、カイルの魔力が漂うのが嫌ってことだよね?男の嫉妬って、思った以上にすごいのかもしれない。


「足?あいつ、お前の足に触ったのか?ちょっと見せてみろ!」


 止める間もなく、ローランドはスカートをたくし上げた。ちょっと待て!その行為はいくらなんでもないでしょ!ち、痴漢行為だっ!


「ちょっと!バカ!やめてよ!」 

「いいから黙ってろ!」


 足をバタつかせて抗議したが、その一言で一蹴されてしまった。うーん。こうなってしまったら、無駄に刺激しないほうがいい。ローランドはへそを曲げると厄介なのだ、昔から。


 父親同士が親友ということもあって、ローランドは生まれたときからの幼馴染。これだけ長い付き合いだから、どこがボーダーで、どこが地雷かは分かる。今、結構、スレスレなところなのだ。


 ローランドは包帯を解くと、患部を覆っていたガーゼを取り除いた。大根足扱いされたが、白い足は細っそりとしている。そこにはうっすらと傷痕があったが、ほぼ治ってしまったと言ってもいいくらいだった。


「……すごい。ほとんど治ってる!」


 私が感嘆の声を上げると、ローランドは私を足を目の位置までぐいっと持ち上げた。しゃがんでいるローランドの目線は、ちょうどピアノの椅子のちょっと上あたり。へたしたらスカートの中が見えてしまう!


 私はスカートを押さえるのに夢中で、ローランドから注意がそれていた。その瞬間を狙ったように、ローランドの舌が膝下に走った。


「ひゃあっ!」


 なんで?なんで?怪我は治っているのに、なんでここで舐める必要がある!意味分からない!単なる変態?変態なの?

 い、いや、待って!もしかしたら、カイルの魔力の味を堪能してるとか?ローランドのほうがカイルに入れ込んでいるの?愛しい男の痕跡を追ってる感じ?うそうそうそ。


「あ、あの、それ、なんの真似?」


 一応、聞いてみた。いや、なんとなく分かっているけど。カイルの触ったものが尊いというアレだよね?


「あいつが触ったところだ。そのままにしておけるか!」


 や、や、や、やっぱり!そ、そ、そ、そういうこと?彼の触ったものは何でも宝物~みたいな乙メン?うわー、あなたの知らない世界だ!!


「そ、そんなに美味しいの?」


 あ、マズイ。核心をついてしまった!いやいやいや、これ以上は禁断の領域かもしれない。愛する男の魔力が美味しいなんて聞いたら最後、悶えてしまうかもしれない!


「当たり前だろ。これは俺んだ」


 私の胸を何かがズキューンと突き抜けた。魔力まで独占したい男心!何か分からないが尊い!男たちの愛……美しい! 頭の中にモヤモヤとした妄想が次第に形づいてきて、私はその卑猥さに顔が赤くなってくるのを感じた。


 怪我をしていた場所にひとしきり口を付けると、ローランドはおもむろに立ち上がった。そして、ちょっとエッチな妄想に没頭している私を見て、気まずそうに目をそらした。


「そんな顔すんなよ。これに懲りたら、あいつには近づくな」


 うわっ!これが牽制か。な、なるほど。ローランドはこうやってカイルに近づく女たちを片っ端からあの宿に連れ込んで、脅しているのね?

  でも、それはダメでは? ある意味、犯罪スレスレだよ。幼馴染が逮捕されたりするのは、心が痛い。ここはきちんと諌めておかなくちゃ!


「分かった。でも、危ないことはしないで」

「優しくしてやるよ」

「それでも危険だよ。取り返しのつかないことになったら……」


 今まで通報されなかったのがラッキーだっただけ。痴情のもつれで脅迫なんて、訴えられたらローランドの将来どころか、おじさまの地位も危ない。絶対に今、止めないと!


 必死になる私とは対照的に、なぜかローランドは嬉しそうだ。私の顎に指をかけて上を向かせ、私の目をのぞきこんだ。


「そんなヘマはしない。そのために場数だけは踏んでいるんだ」

「もうそんなことしないで!」

「嫌なのか?」

「当たり前だよ!」


 もちろん嫌に決まってる。ローランドが犯罪まがいのことをしているなんて。ヘザーにバレたら半殺しにされるかもしれない。それだけでもおそろしい。


 まさに死活問題なのに、なぜかローランドの機嫌はすっかり直っている。ものすごくいい笑顔を浮かべてこう言った。


「分かった。もうしない」

「よかった。安心した。約束だよ」


 これでもう、嫉妬にかられてカイルに群がる女たちを牽制したりしないだろう。犯罪の芽は摘めた!私、偉い!


 私が安堵して微笑むと、なぜか今度はローランドが赤くなった。あれ?もしかして、今になってBLが恥ずかしくなったとか?いやいやいやいや。そこは気にしなくていいから!


「真剣な気持ちなんだよね?大丈夫、私、ちゃんと受け入れるよ!」


 そりゃ、世の中は同性愛とか男色家に対する目は厳しいし、おじさまも卒倒しちゃうかもしれないけど、そこは私、進歩的な現代女性ですから!


 私の言葉を聞いて、ローランドはさらに赤くなった。そして、私の両手をとって立たせた。私はその手をギュッと握って激励した。


「頑張ってね、ローランド」

「…お前、無邪気すぎるだろ」


 ローランドは深いため息をついて、私を自分のほうに引っ張り寄せた。ローランドの腕の中に飛び込んでしまった私は、昨日も嗅いだあの甘い香水の匂いに包まれた。


「ロ、ローランド、どうしたの。何してるの?」


 そのままローランドが私を強く抱きしめたので、私はちょっと戸惑った。


「いいから、もう黙れよ。優しいのがいいんだろ?」


 そう言うと、ローランドは私の頬に片手を添え、そのまま私の後髪に深く指を差し込んで、さっきとは比べものにならないような、情熱的なキスをした。そして、もう一方の手は微妙に私のお尻のあたりに!


 な、な、な、な、な!これはまさかハニートラップ?別れさせ屋? 優しくって、まさか、こうやってカイルに近づく女を自分の虜にして、がっちり遠ざけるって話なの?脅迫じゃなくて懐柔?それは聞いてない!


 ローランドに抱きすくめられているので、逃げようにも身動き一つ取れない。それどころか、どんどん深くなるキスに、だんだんと意識が朦朧としてきた。足に力が入らない。苦しいのに、どうしたらいいのか分からない。


 あ、息をしてなかった……そう気がついたのは、酸欠で意識を失う寸前だった。そして、私の世界は暗転した。


 気がつくと医務室のベッドの上だった。心配そうに覗き込んでいるのはヘザーだ。


「あれ?ヘザー、なんでいるの?」

「クララ!気がついてよかった!心配したのよ!」

「え?ローランドはどこ?」


 たしか、私はローランドとピアノ室にいたはずだけど。私の言葉を聞いて、ヘザーは舌打ちした。それ、淑女のしていいことじゃないよ?


「あいつなら、しばらく出禁にしたから!窒息寸前までするとかないでしょ、いくらなんでも!」


 あー、そっか。ち、窒息?ほんとに? ローランド、そこまでしてカイルを独占したい?すごい愛だ。


それにしても、ヘザーにもばらしたんだ。当然か。ヘザーに黙っているとか、私たちできないもの。


「しょうがないよ。なんか夢中みたいだし。応援してあげてよ!」


 私の言葉を聞いて、ヘザーはすごく不思議そうな顔をした。あれ?聞いてないの?


「何を応援しろって言ってるの?」

「え。聞いてないの?だから、その、ローランドの恋だよ」

「は?あ、そういうことなの。そっか、やっと気がついたんだ?でも、私はずっと応援してたけど?」

「ええええ!いつから知ってたの?」

「いつって、そりゃ、ずいぶん前からよ」

「すごい!さすがヘザー!情報通だね!私、全然知らなかったよ」

「あいつ、意外と不器用だしね。そっかそっか、とうとう本気出してきたか」

「そうなの!すごい色気だよね。本気のローランドにクラっときたよ。本当に好きなんだろうね!」

「……ちょっと、あんた。知ったとたんに、いきなりそれ?まあ、めでたいけど」


 なんとなく会話が噛み合わないとは思っていた。それでも、そのときは私がとんでもない勘違いをしているとは、全く気がついてもいなかった。



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