治療魔法の副作用
あの後、ローランドは私を病院につれて行ってくれた。結果、足はふた針ほど縫わなくてはいけなかったが、痕は残らないだろうという話だった。杖をつくほどでもないけれど、しばらくは足を高くして寝るようにと言われた。たいしたことなくてよかった。
問題はローランドだ。病院まで付き添ってくれ、そこから寮まで馬車で送ってくれたのはいい。その行動は大変親切だし、あまりお金を持ってなかったので、支払いを立て替えてくれたことにも非常に感謝している。あいつがいてくれてよかった。
でもさ!なにも女子寮の門の玄関まで、お姫様抱っこで運ぶことはなかろう!入学一日前の新入生女子が、上級生男子に抱きかかえられて帰宅するなど、どんだけ目立つか分かっているのか?いや、分かっててやっている。あいつは確信犯なのだ。何か企んでる。
「あなた、ローランド様とどういうご関係なの?」
初日の放課後から、私は学園生活醍醐味の『お姉様方からの呼び出し』にあっている。当然だが、昨日のローランドの迷惑…じゃなくて、親切行為のせいで。
「えーと、友人です」
「……そう。じゃあ、なんで抱きついていたのかしら?」
は?抱きついてないし。あ、あれか。ローランドがふざけて落とそうとするから、しがみついたやつ。あれはあいつの嫌がらせだ。全く余計なことをしてくれる。
「あ、足を怪我していたので……」
お姉様方は私の足をちらっと見た。この学園の制服は結構かわいいが、スカート丈は膝下だ。ギリギリ包帯が隠れる程度。びっこを引いてはいるけれど、怪我自体は確認できない。
「本当に?ローランド様の気を引くためのお芝居じゃなくて?」
そんなわけないでしょ!なんでローランドのために、私がそんなことをすると?
「違います。本当に針で縫う怪我で」
「ふうん。じゃ、ちょっと証明していただける?そこで片足で立ってみて?」
は?ここですか?ここって、あの、池の橋の上ですけど。バランスを崩したら、池に落ちてしまうとは思いませんか?
「あの、それはちょっと……」
「できないの?やっぱり嘘なのね!」
それは短絡的ではないでしょうか。できないのは池に落ちたくないからで、むしろ嘘をついてないからだと思いませんか?足がなんでもなければ、ケンケンしますけど。
「そんなことだと思ったわ。ローランド様に近づくとどうなるか、教えて差し上げるわ」
お姉さまは分かりやすく私を池に突き落とそうと、私の肩に手を掛けた。ぐっと押される感覚がして、私はバランスを崩した。ああ、落ちるな。池が深くないといいな。
そう思って目をつぶったとき、誰かが私の手を引いた。えっ……と思って目を空けたときには、私は誰かの胸の中に飛び込んでいた。学園の男子制服のブレザーが見えた。なんだかいい匂いもする。あれ?この匂いは……
「カ、カイル様!こ、ここで何を?」
やっぱり!失礼なイケメンさんだ!でも、本当に、なんでこんなところに?
失礼なイケメンさんはお姉様方の質問には答えず、私を胸に抱いたまま黙っていた。なんだろう。すごい迫力というか気迫というか。別に睨んでいるわけじゃないのに、すごく威嚇されている感じが半端ない。
「わ、私たち、用事がありますの。失礼いたしますわね、クララ様」
さすが、本能のままに生きるお姉様方。やはり動物の勘でわかりますよね。このイケメンさん、怖いですもんね?逃げるが勝ちですよね?
あっという間に去っていくお姉さま方。それなのに、失礼イケメンさんはまだ私を抱き寄せたままだった。
「あの、離していただけますか?」
私がそう言うと、失礼イケメンさんは急に我に返ったように、驚いた目で私を見た。変なこと言ってないよね?こんなにガッチリ抱きしめなくても、もう池には落ちないけど。
「どうかされましたか?」
「……いや、敬語なんて使えるんだなと思って」
貴族の令嬢として、正しい言葉遣いは基本中の基本!当たり前でしょう。
何故かくっくっと笑っている失礼イケメン睨みつけて、私はピシャリと言い放った。
「相変わらず失礼な方ですね。いいから離してください!」
失礼イケメンさんは黙って腕を解いてくれたが、その瞬間、私の体がグラッと揺れた。アレ? 何? 両足で立ってるのに、なんで? よく見ると足がガクガクと震えていた。
「……怖かったんだろ。無理するな」
失礼イケメンさんが支えてくれたので、私は池のほとりにあるベンチに何とかたどり着けた。座っている私の前にしゃがんで、失礼イケメンさんは目を落とした。
「悪かったな。俺のせいで」
怪我のことを言ってるんだろう。まあね、確かにあなたのせいだけど、おかげでこの程度で済んだとも言える。驚いて転んだのは私だし。昨日はツンケンして悪かったな。
「気にしないでください。あなたのおかげで助かりました。昨日も今日も」
そう言うと、その人は少しだけ笑ったような気がした。いつもそうやって笑ってたら、この人は本当に素敵なんだけどな。
そんなことを考えていたら、イケメンさんはすっと私の右足に手を当てた。
「触るよ」
え? 触ったよ……の間違いでしょ? 言う前に触ったよね。確認じゃなく報告だったよね?
私が抗議しようと口を開きかけたとき、足にぽうっと暖かい熱が注ぎ込まれた。
治癒魔法……
そうだ。この人、魔法が使えるんだった。でもこんな高度な魔法、そんなにホイホイ使えるもじゃないよね? 相当の魔力が必要なはず。
「痛みは?」
驚きで固まっていた私に、イケメンさんは聞いた。
「えーと、ない……かも」
さっきまでズキズキしていた足から、すっかりと痛みが引いていた。
「少しだけ回復をは早めた」
「え? あ、ありがとうございます」
すごい。この人、本当に治癒魔法を使ったんだ!!
「敬語はいいよ」
「え、でも、上級生ですよね?」
「飛び級してるから。年齢は同じ」
ああ、なるほど。いかにも優秀そうだもんね。そっか、すごい人だったんだな。
「あ、ありがとう、カイル…さ...ま?」
「ぶっ。何でそこでサマ付け?」
カイル様はなぜか大爆笑している。ここ、そんなに笑うとこ? いつもムッとしてるけど、実は笑い上戸? 失礼な人だけど、まあ、悪い人じゃなさそうだな。笑うとかなりイケメン度も増すし。
「えーと、じゃあ、カイル?」
そこでイケメンさんは急に黙って、固まってしまった。うわっ、顔赤っ! ちょっとちょっとこれは照れてるのかしら。うわー。やだ。可愛い!!
「…ああ、うん。それでいい」
カイルは咳払いしてから、私から目を逸らしてそう言った。何とか無表情を装ってはいるが、もう照れ顔を見てしまったので、あんまり誤魔化せてはいない。
私たちが何となく次の行動に迷っていると、校舎の方からローランドが走ってくるのが見えた。
「クララ! お前、大丈夫だったか?」
「え? 大丈夫だけど、なんで?」
ローランドは急いで来たらしく、息を切らしていた。
「お前が女子に呼び出しくらったって聞いて。なんでカイルと一緒なんだよ」
「ああ、そのこと。大丈夫。カイルが助けてくれたの」
「……偶然、通りかかっただけだ」
カイルは無愛想にそう言った。そりゃそうだ。わざわざ言わなくても、そんなの分かってる。あ、そうか、女と関わってたと思われたくないのかも。女嫌いって話だったし。
「……クララが世話になったな。礼を言うよ」
「礼ならもう本人に言われた。お前まで言う必要ない」
「いや、こいつの保護者は俺だから」
は? 保護者って、私は子どもか!学年は違うけど、年齢は半年も違わないのに、その偉そうな態度は何?
そう言おうとしたとき、ローランドはいきなり私を抱き上げた。
「え? ちょっと? なにしてんの?」
「足が痛いだろう。送ってく」
「いいよ! もう大丈夫だから!」
カイルの魔法のおかげでだいぶいいし、第一、学校でお姫様抱っこはまずい。お姉様方を刺激してしまう!
「ローランド、少しは考えろ。お前の取り巻きが荒れるぞ」
カイルはローランドの腕に手をかけた。ローランドの動きが一瞬止まったので、私はちょっと身構えた。いきなり手を離されたらお尻から落っこちる。安全な着地体勢を取らなければ。そう思ったのに、ローランドは意外な返答をした。
「関係ないだろ。あいつらには俺から言っておく」
ローランドには私を地面に下ろそうとする気配もない。それを見てカイルは黙って手を離した。
「……遊びは、ほどほどにしろよ」
「いいから、もう行けよ」
「カイル!ちょ、ちょっと待って」
カイルがそのまま去ろうとしたので、私はそう声をかけた。なのに、カイルはそのままスタスタと校舎のほうへ歩いていってしまった。
「ローランド!とにかく下ろしてよ。なんか態度悪いよ!」
「……お前のせいだろ!」
「なんで私のせいなのよ!カイルと友達なんでしょう?」
「なんで呼び捨てしてんだよ!」
「だって、同い年でしょう?」
「それ、あいつから聞いたのか?」
何なの?全然、会話が噛み合わない。いったいどうしちゃったのよ、ローランド。
私がさらに文句を言おうとしたときには、もうローランドは私を抱きかかえたまま、校舎とは反対方向にある建物に向かっていた。
「ちょっとローランド、どこに行く気よ?」
「……ピアノ室」
「え?なんでピアノ?」
「防音だから」
「は?どういう意味?」
ローランドは私を抱えたまま建物のドアを乱暴に開け、一番奥のピアノ練習室に入った。私をピアノの椅子に落とすと、ローランドは黙ってドアの鍵を閉めた。
「一体、なんのつもり?なんで怒ってるのよ!」
「もうカイルと話すな」
「え?なんでそこでカイルの話?」
「お前、どこまで鈍いんだよ」
「ちょっとローランド、分かるように説明してよ!」
ローランドが怒っている。それは分かる。でもその理由がさっぱり分からない。なんで、カイルにそんなにこだわってるの?は?もしや妬いている?え?ボーイズ・ラブ?BLなの?じゃあ、ローランドとカイルは……。
「嫌なんだよ。お前とカイルが話すのが!」
や、やっぱり!そうなのか。そうだったのか!女嫌いというのは、つまり男が好きってことだったんだ!すごい。ストンと落ちた。納得した。え、ちょっとお似合いかも、この二人。やばい。イケメンの絡み。妄想がやばい。
「……そうだったんだ。ごめん、気をつける」
私、同性愛にも寛大だよ。愛には年の差も国境も、性別も関係ないもの。ローランドたちのこと、影に日向に応援するよ!幸せになれるといいね!
そう言おうとしたとき、私の口はローランドの唇であっさり塞がれてしまい、声を出すことができなかった。その代わりに鍵盤に肘をついてしまい、ジャラーンという感じの不協和音が鳴った。
防音の密室で、ローランドは私にキスをしていた。