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変態イケメン

 私は今、公衆の面前で、幼馴染の壮絶美形男子、筆頭公爵令息に抱きかかえられている。抱きかかえられている女は、町娘のなりをしていて、スカートは土で汚れ、足からは血が流れている。抱きかかえている男は、適度にドレスダウンしているものの、どうみても貴族臭プンプン。非常に誤解を招くシチュエーション。周囲の哀れみの目が痛い……。


「ちょっと、ローランド!もういいから下ろしてよ」

「はあ?お前、怪我してんじゃん。で、なんで怪我なんてしたんだよ」

「それは後でゆっくり話すから、とにかく恥ずかしいから!」

「……ああ、そうか。じゃ、そこの宿に入るぞ」

「は?ちょっと、何言ってんの?待って!」


 ローランドは道の反対側にある安宿に向かって、車道を走って渡り出した。とっさのことだったので、私は驚いてぎゃあーと叫んでから、なんとか脱出しようと足をバタバタさせた。これじゃあ私、貴族に安宿の連れ込まれる哀れな町娘そのものじゃんかーーーー!


「おいっ!危ないだろ!落っこちたら馬車に引かれっぞ!しっかりつかまれよ!」


 私達のすぐ後ろを馬車が横切っていった。ぎゃううううう。怖い!死にたくない!無理!もう無理!なんで私がこんな目に!

 涙目でローランドの首にギュッとしがみつくと、ローランドの首筋から甘い香りが漂った。なんだ?香水?こ、こいつ、何めかし込んでるんだ?すっごい、あやしい!


「おやっさん!部屋貸して!」


 町宿に入ると、ローランドは勝手知ったるという感じで、受付のおじさんに声をかけた。


「おっ!あんたかい。ほう、今日はえらい別嬪さん連れてるじゃないか。ほらっ」


 おじさんがそう言ってローランドに鍵を投げた。私を抱えたまま、片手で華麗にそれを受け取ったローランドは、まるで自分の家みたいにスタスタと階段をあがり、客室のドアを明けた。何度も言うけれど、私を抱きかかえたままで!部屋番号も確認せずに!


「…で、何があった?なんでカイルと一緒だったんだよ」


 客室のベッドに私を下ろすと、ローランドは開口一番でそう聞いた。いや、ちょっと待ってよ。まずは私の抗議を先に聞くべきでしょう!


「この宿の常連みたいね。何に利用しているわけ?」


 私より一つ年上のローランドは、すでに王都の学園に通って一年が経つ。寮に入っているので、こんな宿を使う理由と言えば、女絡みしかない!


「あーーー。まあ、色々と?門限に間に合わなかったときとか?課外授業とか?」

「はあ?どうせ女の子連れ込んでるんでしょ?おじ様に言うわよ!」

「こういうのは男の嗜みなんだよ。いわば研究と実践だ。父上もそこは気にしないって」


 こ、こいつ、開き直ったな!何が嗜みだ。何を研究してるって?このスケベ!


「あ、そう。じゃあ、ヘザーに言う!」

「……すいませんでしたっ!」


 私たちは顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、ブーっと吹き出した。昔から、私もローランドもヘザーには頭が上がらない。私達が小猿ならヘザーはボス猿……という例をヘザーが聞いたら、私は殺されるかもしれない。


「もういいや。怒る気、失せた。ヘザーと出て来てたんだけど、途中で別れて学園の寮に戻るところだったの。道に迷ってゴロツキに絡まれてたとこに、あの人が通りかかっただけ」


 それを聞いて、ローランドの顔つきが変った。やばい。キレそうだわ、この人。


「は?ゴロツキに怪我させられたのか?マジかよ。……どんな奴らだったか覚えているか?言ってみろ。俺がぶっ殺してやる」

「あ、いやいや、怪我は自分でころんだのよ。町のゴロツキくらい、私が上手く躱せるって知ってるでしょ?ただ、あいつが割り込んできたので、手順が狂っただけ」

「カイルが?あいつが助けに入ったのか?」

「あの人、カイルっていうの?ローランドの知り合い?」


 ローランドが急に黙ったので、私もなんだか不安になってきた。あの人、まさか王子様とかじゃないよね?不敬罪で投獄されるとか、停学どころじゃないんだけど……。


「……ああ、うん。友達だ。去年は同じクラスだったけど、今年あいつは騎士科に進んだから別。そうか、あのカイルがねえ」

「え?何?なんかヤバい人なの?私、何かやっちゃった?」

「は?いや、あいつは普通だよ。ただ女嫌いなだけで」


 女嫌いか。なるほど。あの失礼な言動はそういうことなのか。私も一応、女とみなされててよかったわ……って、そんなことに喜んでどーする!


「そうなんだ。確かにそんな感じしたな。失礼な人だった」

「え、お前、カイルとしゃべったの?ホントかよ」

「まあ、一応?助けてもらったし」


 そうよ。私、ちゃんとお礼も言ったしね!きちんと大人の対応ができましたの!


「ふうん、そっか。……お前、あいつはやめとけ。俺のが断然いい男だぞ」

「はあ?何ふざけてんの?どーでもいいけど、私もう帰らないと」


 このままだとヘザーよりも遅くなってしまう。ただでさえ信頼度が低いのに、怪我をして遅く帰ったりしたら、しばらく外出禁止になってしまう。ああ見えて、ヘザーはすごく過保護なのだ。


「……ふざけてねえけど。まあ、いいか。ちょっと怪我見せてみろよ」


 そう言うとローランドは私の右手を取った。材木に擦ってしまったけれど、木片や棘は刺さっていないようだ。それでも、ローランドは少し眉を潜めた。あ、心配してるね。なんだかんだ言っても、こいつも意外と過保護だったりするんだ。


「大丈夫、大丈夫!こんなん舐めておけば治るから!」


 私がそう言って手を引っ込めると、ローランドはしゃがんで右足をつかんだ。ちょっと!断りもなく、乙女の生足触るとは何事か!文句を言おうとしたとき、ローランドが足に顔を近づけた。


「ひゃあっ!」


 ぬめりとした生暖かい感覚!え?何?舌?ちょっ!女の足を舐めるとは、な、な、な、何なの!まさかの足フェチ?うそでしょ!この一年でローランドが変態に!


「変な声だすなよ。舐めときゃ治るっていったのはお前だろ?」

「ち、ち、違う!あんたが舐めろとは言ってない!離さないと殴るよ!」


 私は思わず拳を握りしめた。そっか、左足で急所を蹴り上げてもいいな。よし、やるか!そう思ったとき、思いがけずローランドが声を荒げたので、私はふいに固まった。


「大人しくしろ!棘が刺さってる。血が止まる前に取らないと悪化するぞ」

「……痛っ」


 棘が刺さっているなんて知らなかった!あまりにも色々なことに気を取られすて、痛みを感じる暇がなかった気がする。そう言われてみれば、確かに結構痛いかもしれない。

 ローランドは舌で棘を探り当て、それを口で吸い出す。これは純粋な医療行為だし、私には患者としての自覚もある。それなのに、なんだか背中がゾクゾクする。やだな、これじゃローランドを意識してるみたいじゃない!…いやいや、ローランドというか、年頃の乙女が男性にこんな風に生足を触られたり、舐められたり、吸われたりしてたら、そりゃ羞恥で悶えるよ!こんなことされた経験ないし!普通!私はいたって普通!


 少し冷静になろうと、私はローランドの顔をじっと観察してみた。幼馴染で見慣れているとはいえ、こいつは本当に整った顔をしてる。いかにもオシャレに気をつかってます……という感じで、整髪料できちんと整えた髪は少し長めで綺麗な栗色だ。公爵家の直系男子に受け継がれるというエメラルドの瞳も、彫りの深い目鼻立ちも、はっきり言って美人と言っていいほどの壮絶さ。昔からしょっちゅう違う女の子を連れているけど、実際にどの女の子もローランドより美人は見たことない。


「……う、ぐっ」


 傷を舌で深くえぐられるように触られて、私は無意識にうめいた。


「ごめん、痛いか?もうちょっとだから我慢してくれ」

「……うん。ありがと」


 額に汗を浮かべているローランドを見て、私はちょっとだけときめいた。こいつ、しょうもないタラシだと思ってたけど、実は意外と素敵イケメンなのかしら?


「よし!これで棘は抜けたはずだ。今、消毒薬をもらってきてやるから、ちょっと待ってろ。動くなよ」


 ローランドは口の周りについた私の血を、手の甲で無造作に拭った。うわっ。なんかそれ、すごくエロっぽいんですけど!何なの、この色気!これが経験値の違い?


「うん。あの、ごめんね。迷惑かけて」


顔が赤くなっているような気がして、私は慌てて俯いて言った。ローランドはそれを聞いて、微かに笑ったようだった。


「気にすんなよ。お前の迷惑なんていつものことだろ?」


 う、そうだけど。そうかな。うん。そうだね。……何か今日は最後にいいことあったな。優しい言葉でちょっとローランドの株が上がったのに、次の瞬間に彼の株は大暴落した。


「それに、お前も一応は女だからな。女の生足なめられるなんて、なかなかなご褒美だ!ま、欲を言えば、もっと足首がきゅっと締まってるほうが好みだけどな」


 は?い?う?お?な、な、な!なにぃぃぃ!


「バカっ!ローランドの変態っ!」


 側にあった枕をつかんで投げたが、ローランドじゃなく壁に当たって床に落ちた。


「まだまだ、お子ちゃまだな。そんな真っ赤になって」


 ローランドはそう言ってニヤリと笑った。そして、上機嫌に鼻歌を歌いながら、スタスタと部屋を出ていってしまった。


 ふ、不覚だった。ローランドはローランドだ!やはり私の認識は正しかった!変態イケメン。私はローランドをそう称することに決めた!

 それにしても、今日はどうなっているんだ。なんで立て続けに変なイケメンに遭遇するだ!私、かわいそう過ぎる!


 そう思って頭を抱えた私は、今日という日が何を意味するのか、そのときはさっぱり分かっていなかった。そして、後にこの日の出会いを何度も思い出すことになる。私の運命が回り始めた、この日のことを。


 三人の運命の男たち。そう遠くない将来、私はこの中の一人に恋をしてしまうのだ。


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