失礼イケメン
「小娘が!さっきはよくも邪魔してくれたな!」
私の目の前にバーンと現れたのは、さっき残念イケメンさんから金を巻き上げようとして、あっさりヘイコラ逃げていったゴロツキたち三人。ちょうど袋小路に入ったところで、退路もない!どうしよう!乙女のピンチ?
なんてことは全く思わず、私は冷静に観察した。相手はどう見ても素人のへっぴり腰。女、子どもや弱そうな残念イケメンにはいきがるが、所詮はただの町民ギャング。心配症の父から強制的に習わされた護身術で、ここは無難に切り抜けられそうだ。
ただし、一応私もお忍びの身。あまり大きな騒ぎになってしまうのは避けたい。明日から入学する学園に、市井で喧嘩したなんてことがバレたら、どんなことになるか想像もしたくない。よくて停学、悪くて入学取り消し?それはまずい。
ここは素直に謝って、有り金を置いていくのが得策だろう。所詮は貧乏男爵令嬢、もともとそんなにお金を所持していないのだから、取られたところでそれほどの痛痒もない。私は渋々とバッグの中に入っているお財布を出そうとした。
「何をしている!君!下がって!」
そのとき、真っ黒な影が急に私の目の前に現れた。は?ちょ?いきなり現れるとか、何者?どっかから飛び降りてきた?いや、着地したような音は聞こえなかったから、まさか、魔法?え?なんで?なんでこんな路地裏に魔術師さんが?
ゴロツキどもと私の間に急に出現した謎の人に驚いた私は、ちょっと後ろに飛び下がった反動で尻もちをついた。それは別にいいのだが、すぐ後ろに置いてあった木材ゴミの切れ端に、うっかり右足と右腕をこすってしまった。折れた木の断片はぎざぎざで、こすったときにザリッと嫌な音がした。
「ちくしょう!覚えてろよ!」
どこの芝居ですか……と聞きたくなるような、テンプレなセリフを残して、ゴロツキどもはあっさりと逃げていった。なんと分かりやすい展開!ゴロツキさん、あなたたちほどゴロツキの名にふさわしものはいませんね!いやはや、私、そのゴロツキ道に感心しましたよ!
そして、あなた様もですね、謎の人!見たところ騎士のような格好をされていますが、魔法も使われるんですね?そして、か弱い女性が悪者に囲まれているところに、颯爽と現れて助けるとか、どんなヒーロー体質ですか!せ、正義の味方?
尻もちをついたまま、私はぼんやりとことの成り行きを眺めていた。なんか、今日はすごいベタな展開ばかりだ。これでこの人がイケメンだったりしたら、ボーイ・ミーツ・ガールな運命の出会いの演出はばっちりだ。
そして、こちらを振り向いたその人は、やはり予想を裏切らないイケメンだったのだ!
無造作に乱れた髪は漆黒で、瞳は群青色だろうか。黒めの騎士服を着ているせいで、最初は影のように見えたけど、どんな服を着ていても、この男らしく精悍な顔立ちでは目立ってしまうだろう。イメージとしては、戦う王子様という感じだろうか。服に隠れて見えないけれど、たぶんかなり鍛えて引き締まった体つきや洗練された身のこなしは、どう見ても高貴な血筋という感じだ。
「怪我は?」
騎士イケメンはそう言って、私に手を差し出した。ついつい彼の美貌に見入ってしまっていた私は、慌てて右手でそれを取ろうとした。そのときになって初めて手の甲に引っかき傷のようなものができていて、血が滲んでいるのに気がついた。
あ、そうか。この人の登場に驚いてころんだとき、そこの木材でかすったんだな。そう認識すると、ちょっとズキズキと痛みが走った。騎士イケメンは私の手を取って、私を地面から引き起こすと、私の手の傷を見てこう言った。
「ひっかけたのか。鈍くさいな」
なんですと?人を突き飛ばして……はいないけど、驚かせて転ばせて、怪我までさせておいて、その言い草はなんですか?もしかして喧嘩売ってる?
「自分の身も守れないのに、こんなところへ来るな。危機感がなさすぎだ」
は?確かにこんなところにいるのは私の落ち度ですが、なんで身を守れないと?あなたが飛び入らなかったら、身を守れたどころか、怪我もなかったと思いますが?
「お前、貴族の令嬢だろ。世間知らずなんだから、迷惑かけるなよ」
ひどっ!そんな言い方ないでしょう?確かに貴族の令嬢ではあるけれど、こちらは限りなく平民に近い男爵家の出身。そこまで世間知らずではありません!あなたこそ、ヒーロー気取りで周りが見えてませんでしたよ?
「……お言葉ですが、急に目の前に人が出現すれば驚くのは普通です。あなたがいきなり現れたりしなければ、私は転ばなかったし、こんな怪我もしませんでした!」
私が反論するとは思っていなかったのだろう。騎士のイケメンは驚いたようだった。
「助けてもらって、その言い草か」
「助けてほしいなんて、頼んでおりません!」
「あのままだったら、どうなっていたか」
「どうもなってません!自分でなんとかしました」
本当に、今日はなんという厄日なんだ!世の中にはこんなイケメンしかいないのか?もうイケメンに期待するのはやめよう。私はそう思うと、ワンピースについた土をパンパンと払った。そんな私を騎士イケメンは呆気に取られたように見つめていた。
「……怪我は大丈夫か?」
なぜか遠慮がちに聞いてくる騎士イケメンに、私はきっぱりと答えた。
「かすり傷です。ご迷惑をおかけしてすみません。どうかお気になさらず」
「安全な場所まで送ろう。家はどっちのほうだ?」
「大丈夫です。馬車の音が近くに聞こえますし、すぐそこが大通りだと思います」
「いや、でも‥…」
「結構だと言っているんです。大丈夫ですから。それから、一応、お礼も言わせていただきます。助けてくれてありがとうございましたっ!」
とても失礼なイケメンではあるが、一応はお礼を言っておくのが筋だろう。確かに、彼がいなかったら何が起こったかは分からないし、怪我よりももっと悲惨な目にあっていなかったとは言い切れない。
ツンツンとした態度を崩さずにそう言うと、何を思ったのか騎士イケメンはブーっと吹き出した。なんだ、なんだ、今度はなんなんだ?
「そんな態度でお礼を言われても……」
あははは……と楽しそうに笑うイケメンの、その笑顔の破壊力のすごさよ!思わず腰が砕けそうだ。うー、これで性格さえよければ完璧だったのに!あー、天は二物を与えないって本当なのね。うんうん、それがフェアだもんね。
「女性を笑うなんて失礼ですわ!世間を知らないのは、あなたも同じようですね!」
そう言って歩き出そうとしたとき、右の足がズキッと痛んだ。ふと見ると、かすったところが思った以上に出血していた。あーあ、これ、治るのに時間かかるかなあ。私は右足をちょっと引きずるようにしてみた。うん、大丈夫。歩けるね。
そう思ったとき、突然、体がふわっと浮いた。何事かと驚いた私はキャっと悲鳴を上げてバランスを崩しそうになった。
「危ないから暴れるな」
なんということだ!騎士イケメンに横抱きされている!なんていうやつだっけ?そう!お姫様抱っこというやつだ!なんでそうなる?何が起こった?
「ちょっと、下ろして!」
「その足じゃ歩けないだろ。少しだけ我慢しろ」
そっけない言い方だったが、言葉に棘はない。おそらくこの人はこの人なりに、私の怪我に責任を感じているのだろう。それならこれで貸し借りはなしだ。ここは大人しく運ばれておくのが正しいかもしれない。
斜めすぐ上にイケメンの美しい顔が!しかも、なんかいい匂いがするし。なんなのこの人、失礼だと思ったら実は優しいとか?え?なにそれ?ツンデレ王子さま?どうしよう、ちょっと萌え……
「重いな。女はみんなこんなに重いのか」
……ない!絶対にない!この失礼な男に萌えるとかありえない!そう思ってキッと睨みつけると、失礼イケメンは楽しそうに目を細めてる。あー、なるほど、この失言はわざとですか!そんなきれいな顔で笑っても許しませんよ!
「私も知りませんでしたわ。世の男性がこんなにヤワだなんて。女性一人も抱えられないなんて、鍛え方が足りないのでは?」
どうだ!そっちがその気なら、意趣返しだ!女がみんな、あんたの麗しい顔にメロメロになって、なんでもハイハイ言うと思ったら大間違いですから!
「あんた、面白いな。名前は?」
「……お教えする必要、あります?」
ぴしゃりと遮ると、失礼イケメンは肩をすくめた。もういいから黙っていてよ!
抱きかかえられたまま大通りに出るとすぐ、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「カイル、どうしたんだ?」
私たちはそのままの姿勢で声のするほうを振り返った。そこには予想通りの人物がいた。一体全体、今日はどうなっているんだ。イケメン祭りか?
「おい、クララか?お前、こんなとこで、そんな格好して、何してんだよ」
ちょっと、そんな大声で言わないでよ!みんなが見てるじゃないの!
「お前の知り合いか?」
失礼イケメンさんにそう言われると、幼馴染のローランドはなぜか大きなため息をついて答えた。
「ああ、幼馴染というか、腐れ縁というか……。一応、許嫁でもあるんだが」
そ、そんな迷惑そうな言い方しなくても!だいたい許嫁というのは子どもの頃の親たちの口約束で、別に正式な婚約者でもなんでもないのに!その情報、言う必要ある?
そんなことを言われたせいか、失礼イケメンはさっと私をローランドに差し出した。お、おい、おい、おい、おい、まさかローランドに抱っこさせる気か?無理でしょ。渡したとたんに落っことされるから!
ローランドが私をひょいと引き受けた瞬間、落とされると思った私はローランドの首に腕を回して抱きついた。落とされないように。それを見た失礼イケメンは、何を思ったのかさっと目線をそらした。
「怪我をしている。手当してやってくれ」
「……ああ、迷惑かけたな」
ローランドがそう言うと、失礼イケメンはふっと笑ってこう言った。
「いや。しかしお前、苦労するな」
なんだとおお!どういう意味だ!聞き捨てならん!
そうして、その失礼なイケメンは最後まで失礼な言葉を言い残して去っていった。




