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残念イケメン

 な、な、な、何?何?何?私に一体、何が起こっているの?

 場所は王都の狭い路地。目の前には見たこともないような超絶イケメンさん。そして、状況はというと、小説や漫画に出てくるアレです、アレ。いわゆる……壁ドン?


「絹のように綺麗な髪だね。瞳も煌めいて宝石みたいだ」


 は、は、は、はい?誰の瞳がなんですと?あ、それはあなた様の目のことですね?まるでサファイヤみたいにキラッキラですものね。輝きの強さとしては1万ボルト?あ、もしかして、この人は天使とか?確かに、人間離れした美貌ですもんね。

 パニックになるなら今だ……というのに、自分に起こっていることがあまりにも非現実すぎて、私は逆にどうでもいいことを考えていた。いや、これがパニックということなのかもしれない。


「……君を褒めているんだけど。喜んでくれないんだ?」


 私が無反応なので、そのイケメンさんは何かを不審に思ったらしい。いや、不審者はあなたですけどね。だいたい、初対面であんなセリフ言われたら、こっちは喜ぶどころがサムいんです!しかし、これだけのイケメンが、こんな近くに!相手が私でなかったら、すでに気絶しているかもしれないけれど。


「……おかしいな?女性を喜ばせるには、まずは容姿を褒めることだと教わったのだが」


 間違いではない!確かに間違いではないですよ、その教えは。でも、時と場所と場合というものがあるんですよ。今ここでは全く意味のない、いや、むしろ逆効果です。ところで、なんであなたが私を喜ばせる必要が?根本的なところで間違っていますよね?


「……うーん、これでダメなら、次は」


 超絶イケメンさんは、そういうと私の顎に指をかけて上を向かせた。う、うわっ。これはアレですアレ!あ、顎クイです。ということは、この後に来るのは!

 私の脳が『逃げろ』と命令を出したときには、もうすでに『時遅し』だった!イケメンさんからふわりと香木のような香りがした。


「……喜んでもらえた?」


 私の唇に軽くキスを落とすと、超絶イケメンさんはニコニコとそう言った。そんなわけないだろうが!乙女の唇をなんだと思ってるんだ!しかし、壮絶イケメンの笑顔ビームはすごい!思わず『はい!』と言わせてしまいそうな勢いでグイグイくる!

 だが、今度は正常な私の脳の刺激のほうが早かった。


 バシーン!


 私の両手は思いっきり超絶イケメンさんの頬をひっぱたいていた。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするイケメンさんと、怒りに燃えて手のひらの痛みに耐える貧乏男爵令嬢の私。

 ……そもそも、どうしてこうなった?どこから、何を、どうしたら、こうなったんだっけ?

 

ときはつい十数分前に遡る。ヘザーと別れて買い食いのために市場の屋台を物色していた私は、偶然見てしまった。いや、見つけてしまったのだ。いかにも育ちの良さそうな貴族のお坊ちゃまが、お忍びで街にいらしているらしい様子を。そして、格好だけは町民しているが、どこからどう見ても金持ち貴族のボンボンであるのがバレバレのために、あっさり路地裏で街のゴロツキたちに囲まれて、金をせびられているところを!


「衛兵さーん!こっちです!人が脅されてまーす!」


 思えばここで関わるべきではなかったのかもしれない。ゴロツキどもは本当にただのゴロツキ風情。悪くても金を取られてるだけで、殺傷事件にはなりようがなかった。それなのに、ついつい親切心で市場を警備している衛兵さんを呼んでしまったのだ。

 そしてゴロツキはやはりゴロツキだった。私の叫び声だけであっさりと逃げていった。衛兵さんを呼んだはいいけれど、実は駆けつけてくれるかは定かでない。なんといっても、彼らは小競り合い程度の喧嘩には見向きもしないのだ。そんなことは町中では日常茶飯事なのだから。


「あの、大丈夫でしたか?」

「あ、ああ。……ありがとう。助かりました」


 私が駆け寄って声をかけると、茫然自失という感じで立っていたお坊ちゃまが私を見て、そう答えた。そして、そこで私の思考は一瞬停止してしまったのだ。なぜなら、このお坊ちゃま。人間とは思えないような超絶美形だったから。

 身長は180cmは超えているだろうか。サラサラと額にかかる髪は薄茶で、今、私に向けられている目は海のような深い青。黄金律でつくった彫刻のように、甘く整った目鼻立ちとは対照的に、引き締まった口元には意志の強さが感じられる。こんな人間がいて、生きて動いているのは、もはや神様への冒涜かもしれない……と思ってしまうほどの、奇跡のイケメンだった。


「い、いえ、いえ。いいんです。市民の義務ですから!衛兵さんが来たら、被害を通報しますか?」


 眼福とばかりに、ついつい見惚れてしまったが、私はハッと我に返ってそう言った。いや、たぶん衛兵さんは来ないけどね。それでも、被害を届けることはできるから!

 市場は初心者だと思われる超絶イケメンさんにそう言うと、なぜか彼の顔色が変った。

 あ、そうか、衛兵にお忍びの身分がバレたくないのね?でも、大丈夫、衛兵さんもそういうのはお見通しですし、そもそも地元の町民はゴロツキたちに絡まれたりなんてしないから!誰がどうみても、あなたはお貴族様ですから!

 そう説明しようと思ったときには、その超絶イケメンさんは私の手を掴んで、ゴロツキが去っていった方とは別の通路を、逃げるように走っていた。

 あ、逃げた。でも、なんで?なんで私も一緒に?

 疑問には思ったけれど、まあ、気持ちは分かるような気がする。この容姿だ。私が衛兵に特徴をあげれば、高確率で身バレする危険がある。予防線を張ったということだろう。

 しばらく適当に路地を走った後、彼は急に立ち止まった。


「……すみません。ちょっと事情があって、あそこで騒ぎを起こしたくなくて」


 ええ、ええ、そうでしょうね。大丈夫ですよ。私も人のことは言えませんから!


「そうでしたか。立ち入った真似をして、かえってすみませんでした」

「い、いえ!そういう意味ではないのです。あの、何か助けてもらったお礼を……」


 超絶イケメンさんはそう言ったが、どうやら自分がなにも持っていないことに気がついたらしい。それはそうだろう。こういうお坊ちゃまは、いつも従者や護衛を従えているわけで、自分では何も持たないのが普通なのだし。


「あ、気にしないでください。お礼なんていらないので」


 私が笑ってそう言うと、超絶イケメンさんは困ったようにこう言ったのだ。


「それでは、僕の気が済まないんです。じゃあせめて、貴方が喜ぶことを……」


 ……そして、話は両手ビンタに戻る。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするイケメンさんと、怒りに燃えて手のひらの痛みに耐える貧乏男爵令嬢の私。


「どこの貴族のおぼっちゃまか知りませんが、女性にいきなりこんな不埒な真似をするなんて見過ごせません!その痛みは当然の報いだと思ってください!」


 私がそう訴えると、超絶イケメンさんは両頬をさすりながら、オロオロと謝罪を繰り返した。


「すみません。そういうつもりではなかったんです。感謝の気持ちで、貴方に喜んでもらえることがしたくて。誤解させてしまって申し訳ありません」

「違う!誤解じゃないんです!あなたの認識が間違っているんです!いくらイケメンだからって、女がみんな自分に惚れると思ったら大間違いです!」

「あ、いえ、そういうことでもないんです。あの、女性を喜ばせるには、まず距離を詰めて容姿を褒め、次は口付けをするように……と教わって」


 だから!それは何の教育?女を口説く方法じゃないんですか?どう考えても、このシチュエーションでその手順はおかしいでしょ?応用力なさすぎです!


「もういいです!さっきのことはなかったことにして、きれいさっぱり忘れましょう!私、急ぎますので、もう失礼します!」

「え、あの、名前を教えてはもらえませんか?後日、改めて謝罪とお礼を」

「結構です!」


 出会って十数分でキスをされた相手に、どうやって後日また会うと思うのか!この人、いいのは顔だけだ。もったいない!非常にもったいない!この人は鑑賞用の残念イケメンさんだったのだ。まあ、悪気はなかったことだし、これ以上関わってこなければ、もうこの件は不問にして忘れよう!

 困惑しているように見える残念イケメンさんをその場に残して、私はそこから足早に退散した。彼が追ってこれないように、わざと入り組んだ路地をあちこちの方向に曲がってみた。もうどこを歩いているかは分からないけれど、とにかくあのやばい人から離れないと!

 そうは思っているのだけれど、壁ドンからキスまで光景が、なんどもフラッシュバックする。なぜか胸のドキドキが止まらず、頬が赤くなってくるのを感じた。

ああいうのは『事故チュー』というはずだ!なんの意味もないキスだ!うー、何なの?私、なんでこんなに焦ってるの?まさか、残念イケメンくんのキスのせい?

いやいやいやいや!ないから、ないから!あれで私が喜ぶとか、それは残念イケメンくんの認識違いだから!

 それでも、一瞬だけ触れた唇は柔らかくて、髪からは爽やかな香木の香りがした。私を見つめる瞳は甘やかで、微笑んだ顔は優しくて誠実そうだった。

 いや、いやいやいや。素敵なのは外見だけの、残念イケメンだから!鑑賞用!推しにはいいけど、恋人には無理!え?違う!別に恋人になりたいとかじゃないから!

 モンモンとそんな余計なことを考えていたせいで、私はすっかり上の空だった。そのせいで、あのゴロツキたちが私の後をつけていることにも、全く気が付かなかったのだ。


 そして、まさにそのゴロツキたちのおかげで、私は出会ってしまうのだ。誰にって、それはもちろん!もうひとりのとても魅力的な「運命の人」に!


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