蓼食う虫も好き好き
あの大会の日から、なんとなくローランドの様子がおかしい。
最近、よくカフェでのお昼に誘われる。前日に約束させられるので、用事もないのに断るのも難しい。
「約束通り、優勝賞金がなくなるまで、おごってやるよ」
ローランドはそう言うけれど、特別クラスの優等生という立場からすれば、殿下の側にいるべきだ。今までいつもそうだったんだから、急に別行動になるのはおかしい。
絶対にあれから殿下と何かあったんだ。カイルならきっと何か知っているはず。
私はなんとかカイルと連絡を取ろうとした。
ローランドの手前、男子棟の騎士科を訪ねるわけにはいかないし、カイルは部活動には参加していない。
カイルのいるところにはローランドもいるし、いないときは私のところにローランドがいる。
私はアレク先輩に一縷の望みを賭けた。
先輩に伝言を頼むのは気が引けるが、他にツテはない。申し訳ないけれど、またお弁当のお礼で手を打ってもらおう。
そして今日は快晴だ。ヘザーに一人でカフェの行ってもらい、私は庭園の丘にアレク先輩がいることを祈った。
「やあ!久しぶりだね。どうしてたの?」
やった!アレク先輩がいた!ラッキー!
「先輩!一生のお願いがあるんです!お弁当を十日分で、なんとか聞いてもらえませんか?手作りお菓子もつけますから!」
会ったそうそうに拝み倒す勢いの私に、アレク先輩はきちんと事情を説明するように諭した。
だから私は、同性愛の部分だけを外して、かいつまんだ事情を話したのだった。
「つまり、殿下とローランドが仲違いしているようなので、カイルに会って詳しい話を聞きたい……ということだよね?」
「はい。カイルなら色々知っていると思うので。先輩も何か知ってますか?」
アレク先輩はちょっと空を見るような仕草をしたが、すぐに私のほうを向いてハッキリと言った。
「あれは殿下が悪かったね。彼が間違えた。ローランドが怒るのは当然だよ」
「え?先輩も大会に来てたんですか?ごめんなさい、全然気が付かなかった」
おかしいな。先輩みたいな超絶美形がいたら、周囲の状態で分かったはずなのに。どう考えても、女性に囲まれるでしょ。出会いのチャンス的に。
「いいよ。君はローランドの応援に行ったんだからね」
「一応、会場をぐるっと見回したんです。でも見つからなかったので、来てないのかと思って。先輩のところから、私たち見えました?」
「よく見える場所だったから」
「ああ!VIP席!そっか、殿下のお供だったんですね」
「まあ、そんなとこだね。試合もよく見えたよ」
なるほど。さもありなん。VIP席なら見つけられなかったはずだ!
それにしても、先輩、ちゃんと殿下お側ゲット作戦を頑張ってくれてるんだ。よしよし!いい傾向だ。
「あの、殿下はどうしてあんなことをしたんですか?」
「うーん。好きな子にいいところを見せたかったんじゃないかな?」
「ええっ!殿下には好いた方がいらっしゃるのですか?」
「…なんで、いきなり敬語?」
あまりの衝撃にたまに被る猫がいきなり出現したのを、あっさりと先輩に指摘された。
「すみません。ちょっと興奮しちゃって。殿下と恋愛という組み合わせが、想定外だったと言うか。ちょっとショックが大きかったので」
「彼も普通に恋愛に興味あると思うけど。そうか、君は殿下が好きだったんだっけ」
「ち、違います!私が殿下を好きとか、滅相もないです!そりゃ、弓を射つ眼鏡男子、すごく素敵でしたよ?正直きゅんきゅんしましたけど、それは観賞用に愛でて惑うという感じで!」
「観賞用に、愛でて惑う……」
まずい。墓穴を掘ったか?いやいや、でも誤解は解いておかないと!
アレク先輩は天然な善人なので、うっかり『殿下との仲を取り持ってあげよう』とか考えられたら大変だ!
「とにかく!カイルにローランドが殿下と仲直りできるように、協力してもらいたいんです!」
「それは分かったけど、なんでカイルなの?僕…じゃなくても、それこそ殿下本人に言えば…… 」
はい?アレク先輩はいいとしても、殿下に直訴は無理でしょ?貴族最下位の男爵家令嬢が、どうやって王族に話しかけろと?
やはり先輩は天然だ。ちょっと常識がズレてる感がある。いや、逆にストレートすぎるのか?純粋すぎる……。
「いやいやいや。ローランドはカイルじゃないとダメなんです。カイルならなんとかしてくれるから!」
「ふうん。いやにカイルの評価が高いね。気になるなあ。その信頼の理由を教えてくれたら、カイルを呼び出してあげるよ」
ひ、卑怯!アレク先輩、めっちゃ意地悪です!
うううううう。ど、どうしよう。えーと、カイルの気持ちは言えないけど、ローランドの気持ちに関しては口止めされてない……よね?つまり、そっち側からなら話してもいいってことだ。
「あの、絶対に秘密にしてくれますか?ローランドは……」
カイルのことを愛していて、すぐにでも同性婚を望んでるんです!
私がそう言うと、先輩はしばらく固まって、それから頭をかかえてしまった。
どうしよう、やっぱり先輩は後ろ向きなタイプだったんだ。
そりゃそうだよね。婚約者との子作りのために、閨教育に励まれているくらいだし、男同士っていうのはやっぱり無理だよね。
「先輩、気持ちは分かります。でも、約束は約束ですよ。カイルを呼び出してくれますね?」
「…うん。約束は守る。でも、その話は人にはしないほうがいいよ。それは誤解だと思うし、君もそのことは忘れたらどうかな。ローランドにはそういう趣味はないよ」
これだからおぼっちゃまは! 世間はLGBTに敏感なんですよ。きちんと理解しておかないと、差別になるんです! 訴えられちゃうんです!
「先輩、人の嗜好はいろいろなんですよ。自分と違うものも受けれないと!」
「いや、そうじゃないんだけど……。ああ、まあ、そうだね。しかし、ローランドも大変だな。さすがに気の毒になってきた……」
「でしょ?せめて私たちが応援してあげないと!先輩も知らないフリをしながら、こっそり応援してあげてくださいね」
私がそうお願いすると、先輩はまだ往生際悪く、ふーっと大きなため息をついた。
そうして、私はカイルへの伝言を先輩に託すのに成功した。
話が話なので、人目がないところがいい。放課後に薬草栽培用の温室に呼び出すことにした。ちょうどお弁当用のハーブを分けて貰いたかったし、一石二鳥だ。
温室は薬草園の外れにあって、あまり訪れる人はいない。薬剤調合用の薬草が必要な授業は後期からだ。今はたまに庭師さんが見回る程度で、園芸部が朝に水やりをしている。
私はときどき、ここで調理用の珍しいハーブを分けてもらってるのだ。
私が温室に入ると、カイルはすでに中にいた。授業が終わってすぐに来たのに、足の長さの違いだろうか。カイル、速っ!
「カイル!待たせてごめん」
「こんな場所に一人で来るなんて、何考えてるんだ!」
私を見ると、カイルはいきなり目を三角にして怒った。カイル、怖っ!
「学園内は安全だよ……」
「学園の人間は大丈夫でも、外部からの侵入者がいたら?最近は国全体の治安が悪い。危機管理は重要だろ!」
北方情勢が微妙なのは知っている。でも、そこまで? 侵入者ってことは、学園を守っている結界が破られる可能性があるってことなの? そんなの高位の魔術師じゃないと無理なのに。
「ごめん。どうしてもカイルと二人っきりで会いたかったから」
「……なんだよ、それ。紛らわしい言い方しないでくれ」
うん? どんな言い方した? なんでカイル赤くなってるわけ?
いや、今はそんなことに構ってられない。まずは本題に入らないと。
「とにかく、話を聞いて! ローランドのことなの。弓道大会の一件で殿下と険悪になってる。知ってるよね? 」
「......それは殿下が何とかするって」
「ホント? もう殿下にお願いしてくれたの? ありがとう!」
なんて素早い行動! カイル、偉っ!
「俺じゃないよ」
「じゃあ、アレク先輩が? 先輩、 殿下と話すんだ?」
「……まあ。あんた、あいつとどういう関係なんだ?」
は? どういう関係って、わざわざ申告するほどの関係じゃないけど……。
「えーと、ランチ友? たまに庭園で一緒にお昼食べてるの」
「……いつの間に。たまにあいつが消えるのはそういうことか」
「うん。いい人だよね、先輩」
「……いい人……」
「天然だけどね」
「……天然……」
カイルは眉根にシワを寄せて、なにか真剣に考え込んでしまった。カイルはアレク先輩と、あまり接点がないのかもしれない。
そう言えば、アレク先輩は殿下やカイルたちの集団にはいなかった。別のグループなんだな。それか一匹狼……じゃないよね、やっぱ。飼い犬だもん。
「ごめん。アレク先輩が殿下に言ってくれるって知ってたら、カイルを呼び出したりしなかったのに」
「いや、それはいいんだ。……別の話があったから」
え、改まってなんだろ。あ、恋バナ? 恋バナかな? それなら喜んで相談に乗るよ。私、偏見とかないから! 二人の味方だから!
「なあに? なんでも言って!」
「ローランドが、俺を、その、パートナーにしたいって話なんだけど」
ぎゃああああああ!
アレク先輩の嘘つき! 絶対に秘密って言ったのに、あっさり約束破ってる! ひどいっ!
これはもう、素直に謝るしかない。
「ご、ごめんなさいっ! でも、カイルの気持ちは言ってないから! ローランドの片思いってことになってるから! 」
「僕の気持ちって……」
「約束通り、ちゃんと忘れたから! 私はローランドとカイルの幸せを影ながら見守ってるから!」
「……なるほど、そういうことだったのか」
涙目で訴える私に、カイルは長い長いため息をついた。そして、なぜか急に笑いだした。
どうしよう。カイルが壊れちゃった。私がアレク先輩に秘密をバラしたせいで?
オロオロする私の前で、カイルはひとしきり笑った。
そして、しばらくしてから、すごくすごく言いにくそうに私に報告してくれたのだった。
「……俺たちはもう別れたから」
えええええええええ!




