好みのタイプ
天気予報通り、今日は快晴だった。
昨日から食材は確保してあったので、少し早起きしてお弁当を作った。アレク先輩へのお礼なので、さすがにいつものサンドイッチとはいかないだろう。
それにしても、いつも見た目も綺麗で味も最高のお弁当を持っているのに、なぜ私の作ったランチなんかを食べたいのか。
「気を使ってくれたのかな……」
だって、他にお礼のしようがないし。
私の話を聞いていれば、貧乏なのは丸わかりだ。領地に帰るたびに市場でバイトして、そのお金で買ったハンカチに刺繍をして、孤児院のバザーに出していることも話した。
だから、市場の様子には慣れていて、あの日も不慣れなアレク先輩にすぐに気がついたのだ。
アレク先輩はどうやら本当に箱入りのおぼっちゃまのようで、そういう貴族っぽくない話が好きらしく、色々と質問してくる。それについつい答えていると、なんだか関係ないことまで喋りすぎてしまうのだ。
それでも、アレク先輩がニコニコと楽しそうに聞いてくれると、もっと話したくなってしまう。イケメンの笑顔ビームってすごい。
「先輩って、どこのクラスなんですか?」
私の作った、豪華とは言えないけれど庶民の味がつまったお弁当を、美味しそうに食べてくれるアレク先輩に、私は常々気になっていたことを聞いた。
「僕?特別クラスだよ」
思った通りだ!先輩はこんなところでのんびりしているけど、実は頭脳明晰なエリートクラスなんだ!将来は殿下の側近とかになっちゃうような。きっと爵位も高い。いつものお弁当はどう見てもおかかえシェフの調理だもの。
「やっぱり!お弁当が豪華なので、絶対にお金持ちだと思ってたんですよ!いつもあんな豪華なものを食べているのに、私の作ったものなんかで本当によかったんですか?」
私の質問に、先輩はにっこり笑って答えた。
「豪華に見える?いつも同じだよ。外見は綺麗だし、味もいいけど、僕のために作ったものじゃないんだ。いろいろと規制があるからしょうがないんだけど」
「え?なにかアレルギーとか持病があるんですか?ごめんなさい。大丈夫かしら?」
私が心配してお弁当を覗き込むと、先輩は大丈夫だというように首を振った。
「そういう意味じゃないよ。あれは完璧な料理だ。でも僕の好みに合わせてくれたものじゃない。ほら、君は僕の嫌いなものは入れてないし、味付けも僕が好きな風にアレンジしてるだろ。そういうのがないんだ」
「ああ、そういうことですか。だって、先輩、好き嫌い、分かりやすいんですもの」
私がそう言うと、アレク先輩は嬉しそうに笑った。
「そんなこと初めて言われたな。うまく隠していたのに、どうして気がついたの?」
あら、それはもちろん、孤児院のお手伝いで培ったスキルですよ。子どもたちはよくよく見ていないと、嫌いなものをこっそり交換してしまうので、注意が必要なんです。
そう説明してから、私はアレク先輩の分かりやすい行動を指摘した。
「そうですね。嫌いなものはすぐに飲み込んでしまうけど、好きなものはゆっくり食べてますよ。同じものでも味付けが違うと、ちょっとだけ表情が変わります。和むというのかな。見ていて、ああ、これが好きなんだなって、すぐに分かります。とても幸せそうですもの」
「へえ、すごいな。そんなによく見てくれてたんだ」
アレク先輩は感心したように、褒めてくれた。なんだか嬉しい。
「ええ、まあ。だから、今日は美味しそうに食べてもらえて嬉しいです。私、もしかして、栄養士とか調理師に向いてるのかなって思っちゃいました。病院とか療養所とか、体調や病状に合わせて、食欲がない人でも食べられるようなものを作るんです。どうかしら?」
「いい仕事だね。結婚しても続けられそうなの?」
「え?結婚ですか?予定ないので、そこは分からないんですけど……」
私がそう言うと、アレク先輩はちょっと考えるように首をかしげた。
「君は、ローランドの婚約者でしょう?」
「違いますよ。ローランドのこと、知ってるんですか?」
「もちろん。彼はクラスの中でも抜群に優秀だからね。見た目も華やかだし」
ははは。美貌的には先輩のほうが上ですよ。
でもまあ、めちゃくちゃオシャレに気を使ってるローランドに比べれば、先輩はまったく気を使ってないかもしれない。たまにちょっと寝癖ついてるし!毎朝ドライヤーしているようなローランドとは、少し違う雰囲気だ。
「幼馴染なんです。婚約者っていうのは、えーと、女除けのおまじないみたいなものでしょうか」
「ローランドは女の子に囲まれるのが好きだと思ったけど」
「私もそう思ってたんですけど、今は一途ですね。秘めた恋をしているみたいです」
アレク先輩は急に黙ってしまった。何を考えているんだろう。
「君は、ローランドの恋の相手を知っているの?」
「はい。でも、それは秘密です。その友達と約束しましたので」
「そうか。君の友達がローランドに真剣な恋をしてるってことだね!」
先輩はそこで初めて納得したように頷いた。うーん。なんとなくズレてる解釈だけど、相手がカイルだとはバレてないから、まあいいか。
「はい。見ているとなんか切なくて。だから、先輩も陰ながら応援してあげてください」
「……そうだね。彼と君の友達が結ばれたら、僕も嬉しいよ」
アレク先輩!なんていい人!
ローランドと一緒にいるところを見たことがないから、それほど親しくはないはずなのに。顔がいいだけじゃなくて、心も清らか!すばらしい。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。あ、でも、先輩、ローランドと話したりするんですか?一緒にいるところ見たことないけど……」
「え?そうでもないけど。特別クラスって、なんとなく団体行動なんだよ。男ばかりでむさ苦しいけど」
「ええ?あんなキラキラ集団、全然むさ苦しくないですよ!あ、そうか!王太子殿下をお守りするというのも、あのクラスの目的ですものね!」
「そうだね。実はそれがうざったいんだ」
なるほど。アレク先輩は団体行動が苦手なんだ。個人行動するタイプか。一匹狼? いやいや、そんなワイルドじゃないね。どっちかと言うと、毛並みのいい飼い犬……失礼!
「王太子殿下に気に入られると、出世街道まっしぐらって聞きましたよ!みんなが憧れるクラスに入っているんですから、アレク先輩も頑張らないと!」
私がそう言うと、アレク先輩はまた少し考え込んだ。
「僕は……何を頑張らなくちゃいけないのかな?」
「ん、もう!そんなのんびりじゃダメですよ!生き馬の目を抜く世界なんですから、いい人ってだけじゃ出遅れちゃいますよ!先輩は見た目もいいし、中身も本当にいい人なんだから、そこをきっちりアピールして殿下のお側をゲットするんですよ!」
「……殿下のお側……」
基本的な出世術なのに、アレク先輩はそんなことは今まで考えたこともなかったらしい。おいおい、そんなことじゃダメじゃないの!
「そうです!先輩はお家柄がいいから知らないかもしれないですけど、社会って足の引っ張り合いなんですって!私も知らないんですけど、そんな中でそんなに善良だったら、あっさり潰れちゃいますよ!心配です」
「……そうなんだ。心配してくれてるんだね」
私が鼻息荒くまくしたてているのに、先輩はただニコニコ笑うばかり。本当に心配すぎる。
「あたり前ですよ。先輩は、その、失礼かもしれないですけど、私には兄みたいなものなので」
私がそう言うと、微かに先輩の表情が曇った。あ、まずい。やっぱり下位貴族の私に兄と言われるのは、嬉しくなかったのかな?
「ごめんなさい。えーと、兄というのは、その、お兄様さすがです……っていう感じで、最敬愛といいますか。尊敬の対象なんです」
しどろもどろになりながら言い訳をすると、先輩は機嫌を直してくれたようだった。
「そうなんだね。じゃあ、男性としては?クララはどんな人がタイプなの?」
え?好きな男性のタイプ?それは……考えたことなかったな。えーと、どうだろう。あ、眼鏡!眼鏡男子が好きかも。
「私のタイプは眼鏡男子です。なんか理知的だし、眼鏡を取ったらイケメンとかにも、萌えます」
私の答えを聞いて、先輩は一瞬だけ動きを止めた。少しだけ顔が赤いような気がする。うーん、萌えという単語を使ったのが良くなかったのかな。
「王太子…殿下は、眼鏡をかけているけど、ああいうのがクララの好みなの?」
あ、よかった。そういうことか。うんうん。そうそう。ああいう人がいいよね。もちろん見た目だけの話で、殿下が好きとか恐れ多くて、絶対にないけど。
「そうですね!眼鏡男子は好きです。もちろん内面は先輩みたいな優しい人が好きですけど、見た目は殿下が好みですね!素敵だと思います」
完璧な回答だ!……と思ったのに、え、なんで?なんで先輩固まっているの?また、何か間違えたのかな?あ、あれか、殿下が好きとか不敬だったのか。いや、そんなことないと思うけど。
「そうなんだ。じゃあ、殿下みたいなのが好きってことで、合ってる?」
「はい!あと、スポーツマンも好きです。この間、ローランドが弓を引く姿を見て、なんか胸がキュンとしました!」
男はスポーツ。特に真剣勝負が素晴らしい。
「……弓か。そういえば明後日は大会があったね」
「そうなんですよ!先輩も応援行きますか」
「そう……だね。たぶん。君は行くの?」
「はい!ローランドの応援に。弓道ってかっこいいですよね!スポーツ男子かっこいい!」
「ふうん。そうか、それじゃあ、頑張らないとな」
「ローランドはやる気満々ですよ!優勝してくれるって」
幼馴染のことを自慢するのは楽しい。
ローランドは同性愛者だけど、そういう人は美しいナルシストが多いって聞く。あまりに素敵な自分が好きすぎて、カイルやたぶん殿下とか美しい男が好きなんだと思う。
「君は、殿下の顔を知らないんだね。全然、気が付かなかったよ」
「はい。遠くから見てもよく分からないし。第一、あの集団はキラキラすぎて、誰が誰だか。あ、でもカイルは分かります」
「この間、君を送ってもらったね。彼はどう?」
「どう……と言われても。ぶっきら棒で仏頂面ですけど、以外と照れ屋で真っ直ぐですね」
「へえ、すごいな。そんなことまで分かるんだ」
まあ、ローランドのことで、色々と踏み込んだ質問しちゃったしね。恋バナをすれば、だいたいのことは分かりますから。
そうして、先輩と話し込んでいるうちに、予鈴が鳴った。残ったお弁当は先輩が持って帰るというので、私たちはそのままランチを終えることにした。
「すごく美味しかったよ。ありがとう、クララ」
「いえいえ。お粗末さまでした。こんなことならいつでも!」
「じゃあ、毎日」
「それは無理」
「だよね」
私たちは顔を見合わせてクスクスと笑った。先輩といると和む。こんな人と結婚できる婚約者さんは、きっと素晴らしい女性に違いない。羨ましい限りだ。
「それじゃあ、先輩。また今度!」
「そうだね。大会で」
先輩も弓道大会に応援に来るんですか?それを確認しようとしたときには、先輩はもう校舎のほうに走っていってしまっていた。
「まあ、いいか。会場で会えば分かるし」
そのときはそう思った。そして、結果的には弓道大会では先輩に会えなかった。
ただし、それは私が先輩に気が付かなかっただけで、実際には先輩はちゃんと来ていたのだけれど。




