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正義の味方

「なんでカイルがここにいるの?」

「呼ばれたから」

「誰に?アレク先輩?」

「そう」

「知り合いなの?」

「ああ」


 これはダメだ。いつものように会話にならない。カイルとはYes No会話しかできない。そうでなければ、なにか毒舌を吐かれているだけという感じだ。


「じゃあ、入りなよ。中にいるよ」


 私が図書館のドアを指差して言うと、カイルは私の目を見ずに答えた。


「暗いから送ってく。どこ?」

「え、いいよいいよ。学園内だし、安全だよ」

「……そんなわけないだろ」

「え?何?」

「いいから、行くぞ。監理棟?」

「……部室棟」


 行き先が判明すると、カイルは私の前をスタスタと歩きだした。こうなってしまっては、もう黙ってついていくしかない。


 まだそんなに暗くないと思っていたが、確かに少し薄暗い。歴史あるレンガ造りの学園は、夜はちょっと不気味だ。おばけが出そう。


「カイル、あの、ありがとう」


 カイルは何も言わずに、黙々と前を歩いている。


 ローランドのことがあるから、カイルにはあまり近づかないようにしているけれど、カイルも私とそれほど親しくしようとはしない。まあ、当然か。ローランドは嫉妬深いから。


「あ、こっちが近道だよ」


 カイルが反対方向へ行こうとしたので、私は弓道場の方向を指差した。


「そっちはダメだ」

「なんで?あ、そうか。まだ弓道場にローランドがいるんだ……」

「もうすぐ大会だ。雑念はないほうがいい」


 うわっ!そういうことか。そうだよね、私とカイルが一緒にいるのを見たら、精神集中できないもん。そっかそっか。やっぱりさすがだな。カイルはローランドのこと、本当によく分かってる。


 私は黙ってカイルに続いた。迂回路のほうは森が近くて暗いし、石畳なので足場もよくない。案の定、なんども躓いて四苦八苦していると、カイルが手を差し出してくれた。


 薄暗い道をカイルに手を引かれて歩く。カイルはローランドの恋人だと分かっていても、なんだか意識してしまう。それはそうだ。好みのイケメンと手を繋いでいるのだから。

 そう思うと急に恥ずかしくなり、自分の手が熱くなるのを感じた。その熱にきっとカイルも気がついてる。手汗、かいてないといいんだけど。


「そういえばね、さっき、ローランドから結婚の相談をされたよ」


 気まずさを隠すために、私はカイルが食いつきそうな話題を振った。案の定、カイルは私の手を強く握り直した。かなり動揺してる。


「結婚……」

「うん」

「いつ?」

「早くても卒業してからだと思う」

「……そう」

「カイルも賛成?」


 私の問いにカイルは立ち止まった。そして、ゆっくりと私のほうを向いた。

  群青色の瞳がキラキラと光っている。アレク先輩やローランドが陽なら、カイルは陰。夕闇の中で見るカイルは、夜に溶け込むみたいで、すごく綺麗だった。


「あんたがいいと思うなら、それでいいんじゃないか」

「何それ、無関心」

「俺には関係ない」

「嘘つき。本当は気になるでしょう?」


 当事者が関係ないわけない。きっとすごく気にしてる。プロポーズの答えを考えてるのかもしれないし。


 それなのに、なぜかカイルは私の言葉を聞いて、そのまま固まってしまった。図星を突かれて動揺しているんだろうか。


 もしかしたら、私に知られたくなかったのかもしれない。カイルにだって家族はいるだろうし、世間体を考えれば当たり前だ。覚悟ができてカミングアウトするまで、結婚話は進められないのかも。

 でも、それって普通の考えだよ。ローランドが焦り過ぎなんだよ!


「カイルの気持ち、私、ちゃんと分かってるから」


 理解を示したつもりだったのに、カイルにはそれが信じられなかったみたいだ。もしかしたら、私をローランド側の人間だと思っているのかも。


 狼狽するカイルをなだめるように、私は握られていない方の手で彼の腕をつかんだ。


「だから、ローランドには、すぐの結婚は無理だって言った」


 カイルは驚きの表情を浮かべた。え? もしかして、カイルは即婚を希望してた? 私、間違ったかな。


「カイルに確かめもせずに、勝手なことしてごめん。あの、すぐ結婚するほうが良かった……と思ってる?」

「そんなわけ、ないだろ」


  カイルは怒ったような声を出した。それなのに、私にはなんだか泣きそうに見えた。そんなにローランドが好きなんだ。あいつのことを思って泣いちゃうくらいに!


  カイルは握っていた私の手を離して、腕を掴む私の手ゆっくりと引き剥がした。


「カイル?」

「……このことは忘れてくれ」

「え?」


 カイルは黙って目を逸らした。困ったような、苦しそうな、そんな表情のカイルを見て、私の胸はキュンと痛んだ。


「あんたに気づかれるって、思ってなかったんだ」

「私、そんなに鈍感じゃないよ?」

「……それは誤算だった。言う気なかったのに」


 カイルも道ならぬ恋に悩んでるんだ。いつもの無表情が崩れるくらいに! どうしよう。切ない。母性本能をくすぐられるというか、この人の味方になってあげたい。


「どうして? 私が信用できないから?」

「そうじゃない。俺には幸せにできない相手だから」


  やっぱりそうか。カイルもそう思ってたんだ。ローランドには公爵家継承という使命がある。同性婚で幸せになれるか、甚だ疑問が残る。カイルもそれを気にしてたんだ。

 

「分かった」

「……ごめん」


 カイルが切ない声を出したので、私は背筋がゾクゾクした。声がいいって罪だ。


「ローランドの気持ち、知ってるんだよね」

「見てれば分かる」

「そっか。そうだね」

「幸せになってほしいと……思う」


  なにこれ。二人は両思いなのに切ない! 同性同士の恋って、それほど重いことなんだ。

  もし私とヘザーが……うっ、ちょっと想像できない。つまりそういうことか。一般には受け入れ難いことだって分かっているんだ。


「ヘザーが待っているし、もう行くね」

「ああ」


 私は部室棟へ向かってあるき出した。目的地はもうほんの目と鼻の先だった。


「待って」


 カイルはそう言うと、ふいに後ろから私の肘を掴んだ。


「今日のことは、本当に全部忘れて」

「う、うん。大丈夫、ちゃんと忘れるよ」

「……ごめん」

「そんな。当たり前だよ。私たち……友達でしょ?」


 私がそう言うと、友達という単語に反応したのか、腕をつかんでいる手に少しだけ力が入った。

 カイルは私が同性愛に偏見を持たず、ローランドとの関係を受け入れているのが嬉しかったんだと思う。普通の男友達には話せないことだし。


 私は肘を掴むカイルの手を、励ますようにポンポンと叩いた。私は味方だって、ちゃんと伝わることを願って。


「好きでいるのは自由だと思う」

「……うん、俺にはそれで十分だ。ありがとう」

「私こそ。ありがとね」


 カイルにきちんと話してもらえた。信頼してくれた。恋する二人の役には立てなさそうだけど、理解者にはなれる。味方になってあげられる。


「俺はあんたの味方だから」


 カイルはそう言うと手を離して、もと来た道を走っていってしまった。


 私がカイルの味方になりたいと思ったように、カイルも私の味方になってくれたんだ。同じ気持ちを共有したことが、なんだかすごく嬉しくて、胸がポカポカした。


 カイルの後ろ姿を見送っていると、ヘザーが部室棟から出てきた。


「あ、いたいた!遅いよ、クララ。もう部室閉めたから、寮に帰ろ!」

「ごめん、ちょっと知り合いに会ったから」


 嘘じゃない。弓道場でローランドに会って、図書館でアレク先輩に助けてもらって、カイルにここまで送ってもらった。


「クララ?なんか顔赤いよ。熱あるの?」

「え?ないない。ないよ。ちょっと走ってきたから」


 何を赤くなってるんだ、私ってば!そりゃ、ローランドはカッコよかったし、アレク先輩は優しかったし、カイルには切ない気持ちになったよ!

 でもね、はたからみるとイケメン天国なようだけど、実は全員すでに好きな相手がいる。私が好きになったところで、ただの片思い。だから意味がない。早く私だけの運命の相手にめぐりあわなくちゃ。


「ねえ、ヘザー。私たちの運命の相手、どこにいるんだろうね」

「ローランドのこと?大会が近いから、弓道場じゃない?」


 そう言えば、ローランドが大会に来てほしいって言ってたな。それにしても、さすがヘザー、情報通だ。なんでも知ってる!あれ?でも今、そういう話じゃなかったんだけど。


「それ、さっき聞いたよ。今週末だって、応援に行こうよ」

「えー?週末はゆっくりしたいのに。でもまあ、クララを一人で行かせるのは心配だものね。しょうがないわね。いいわ、行こう!」

「やった!優勝狙うって。ローランド、そんなに上手いんだね」

「そうね。あいつ、弓だけは頑張ってたから。いつか国宝の『大魔弓』で射ってみたいって言ってたわ」


 そんな国宝あったっけ?私が首を傾げると、物知りヘザーはすかさず説明してくれた。


「王宮の謁見の間に飾られているのよ」

「それ、どんな魔法が使えるの?」

「伝説では必要な場所に自分で移動するとか?でも、魔術師が調べてもそういう魔法はかかってないって話よ。普通の大弓だって」

「そうなんだ。でも何かしらのいわくはありそうだね」

「国を救うらしいわ。だから、有事のときだけ使用できるの。そう考えると、あんまりあれが使えるような状況は歓迎できないわね。北方情勢がああだから」


 北方を統治している指導者が好戦的なことは、ここ数年で世界中に知られている。戦争は遠い国の話だと思っていたけど、そうでもないのかもしれない。


「その弓、ずっと使わずに済むといいね」

「まあ、王族の即位式とか結婚式とか、式典でも使えるらしいからね。慶事が来ることを願いましょ!」

「一番近いのは、王太子殿下のご婚礼かな?婚約者、決まったんだっけ?」

「うーん。正式じゃないけど、他国の王女様や皇女様が有力みたいよ。こんなご時世だもの。強い同盟国を持つのは有益だわ」

「そっか。みんな残念がるだろうね」


 たまに見かける眼鏡男子……ではなく殿下は、かなりの数の女生徒に囲まれている。私たちなど近づくこともできない。でも、彼女たちが王太子妃の座を狙っているとしたら、とんだ無駄骨だ。どこぞの王女様を蹴散らせるわけはない。


「分からないけどね。国王陛下と亡くなった王妃様は、熱烈な恋愛結婚だったって聞いたし。でも、そのせいで婚約解消になった元婚約者の令嬢は、そのまま独身を貫いて修道院に入ったとか?殿下が婚約者を置かないのも、そういう可能性を案じているのかもね」

「いろんな人生あるね」


  恋が叶うのは奇跡みたいなもの。結ばれなくても、両思いってすごいことなんだ。


 それから、私たちは夕食の献立のことを話しながら、寮への道を歩いていった。



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