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万華郷  作者: 面映唯
エピローグ
42/42

 頬に触れたひんやりとした三和土の冷たさが、沸騰したみたいに身体全身に走る熱気を冷まそうとしている。後を追って頬に落ちる数滴の水気。雨の香りのような、でも後味というべきか、微かな血の残り香。――雨の花火は素敵かもしれない。雨は血の香りを掻き消してしまえる。


 新津の耳の奥から聞こえてくる花火のような、心臓に響く心臓の音。そして大衆の喧噪。違う。これは歓喜だ。真っ黒な大空に大輪の花を咲かせた四尺玉への敬い。大衆が抱いた敬愛だ。


 素敵な打ち上げ花火を耳当たりにしていたたまれなくなった新津は、熱く、怠い身体で寝返りを打ち、やっとのことで天を仰いだ。


「死ねばわかるよ」


 瞼は閉じられたままで、だ。



  *



「できなくはないんだよ。やろうとしないだけで」時計が回っていた。



  *



 七十歳にしよう、と思いついた当時の浅見は正しかったのだろう。新津を乗せた方舟は、そろそろ未来に着いた頃か――乗り心地はどうだった? と老婆になった浅見は問う。方舟を降りると同時に老人になった新津は、時計が回っていた、と答えた。



 人は知らず知らずのうちに並行世界を移動している。マンデラ効果というネットスラングは、現実味を帯びていると浅見は知っていた。タイムリープに加え、人為的に並行世界を移動できる方法を浅見は見つけていた。


 夫婦や友人との間で、「言った」「言ってない」の言い合いをしたことはないだろうか。確かに鞄に入れたはずの携帯電話が、帰宅すると机の上にあった。昨日はなかった筈のひびが車のフロントガラスに入っている。この間見たときはまだあったはずのラーメン屋が改装されている。友人にそのことを話すと、「改装も何もずっとそのままじゃね?」と笑われる。


 スマホが壊れたから、会社に持って行っても仕方ないって家の机に置いていったじゃない、と嫁。パチンコに負けた腹いせで、道路に落ちていたパチンコ玉を投げつけられたらしいって嘆いてただろ、と父親。そう言えばそこのラーメン屋の店主、一年前に不治の病から奇跡的な回復で生還したって話題になったな、と友人。


 辻褄が合わない。記憶違い。だろうか。


 違う。どちらも正しい。


 知らず知らずのうちに我々はパラレルワールドを移動している。



 世界を横に歩く。似た景色を横切る。並行移動。模倣品、海賊版、贋物の世界。こっそりと()り替わる景色。


 浅見はこれを【盗人が横切る(シーブスクロス)】と呼んだ。



 お互い皺皺になっている唇を重ね、「年取ったね」「身体だけな」互いに肩を寄せ合っていた。

 月を見上げていた。

 虫のさざめきが消え失せ、庭先に雨音が響いた。


 夏至の夜の縁側で、(すず)()れの月が泣いてくれた。


良い作品は何度見ても「良い」と感じますが、やはり一番最初の感動が一番色濃い。震え上がるほどの光景と感動をまた見たい。僕が小説を書くことに震え上がったあの日と同じ、初めての、一番最初の、衝撃の、数々を。その僕が受け取った衝撃と同じものをあなたも目撃し、感じる日が訪れることを祈ります。

きっとそのとき僕はあなたに嫉妬していることでしょう。僕は一度出逢ってしまっている。あなたが出逢った一番最初の衝撃は、僕にとってもう二度と出逢えることのない衝撃のはずだから。


では、また。

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