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万華郷  作者: 面映唯
第三章
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 時代の変化はいつも唐突に訪れる。いつの間にかガラケーからスマホに移行していた。いつの間にかCDを買う人が減った。サブスクを駆使している。


 どこかで変化の境目があったはずなのに、当時は気づけない。事後になって、あやふやに「あの辺で変わったんだろうな。○○年代――」なんて区分けをして、懐かしんで、旧友と酒を交わしながら話す。時代の変化は、歴史の教科書を読めば明白だ。しかし、実際のところ歴史上の人物たちが、歴史の教科書通りの日付と行動を起こしたかは(はなは)だ疑問であり、あやふやなままだ。


 時代は廻る。時間は過ぎる。それは当たり前のことだ。


 しかし、こうも考えられないだろうか。廻っているのは時代ではなく、「我々人間自身」なのではないかと。


 人間の思考は、時を経るごとに変化してきている。昔当たり前だったことが現代ではタブー、なんてことはざらだ。週刊誌やメディアのインタビューで、不倫した芸能人の発言が前後で食い違っている。結婚したての若かりし頃は「絶対に幸せにします。もう離婚はしません」と誓っておきながら、数年後には見事にフラグを回収し、離婚しているバツ二の男芸人。


 バツ二の男芸人に罪はないだろう。「最低」、なんて世間のミーハーから罵られ批判されるのは致し方のないことだが、これはよく考えてみれば当たり前のことではないか。結婚当初は確かに幸せだった。これから先ずっと、妻と一緒に暮らしていくことを楽し気に想像しながら、意気爛々と過ごしていたに違いない。しかし、時間が経ってみればどうだ。いつの間にか夫婦関係は冷え切っていて、楽しいどころかつまらない。付き合いたての頃は楽しかった。あの頃のキミが好きだった。家で妻と片言を交わすよりも、お店で女の人と話していた方が楽しい。そんなことをぼんやり想像しながら、素性の知らない煌びやかな服を着た女性と話す。他愛もないことを。


 これを最低だと表現することの方が難しい。


 当たり前だろう。人間の考えが変わるのは。あるいは、変わってしまうのは。


 思い出してみて欲しい。何か興味をそそる対象と出会う前と出会った後、その前後の差、そして出遭ってしまったその瞬間の衝撃を。あんなにアイドルを馬鹿にしていたのに、このアイドルはどこか惹かれる部分があった、と語る四十代独身アルバイトの男性。当初は習い事の延長で惰性で続けていたが、いつの間にか職業になり、日々の癒しになっていた、と語る二十代ピアノ講師の女性。


 人は、予測不能だ。時代が人間を振り回しているのではない。人間が、時代を振り回しているのだ。変遷させているのだ。


 考えが変わることを恐れるな。今日の考えなんて明日には捨ててしまえ。衝動を何よりも優先させろ。自分の心に響いたものはなんだ。世間の見る目に押し潰されている対象を、腹の、底から、掬い戻せ。


 そこ、に事実がある。


 誰にも奪わせはしない。誰にも奪えない。


 林の心の中には、一つの衝動が眠っている。漂う排泄臭。押入れを開けたと同時に蔓延する異臭。肉の溶けかけた亡骸。約束。これだけは、と林は確かに心に誓っている。


 それほど大事な衝動を上回る衝動が、明日、林の目の前に現れるかもしれない。


 林はどうするだろうか。その衝動を無視するだろうか。大事な約束のために、今目の前の道端に落ちているキラキラと輝く宝石を見逃すだろうか。


 今が大事だ。


 後回しでもいいと思わないか? 最終目的は約束だ。けど、その前に道端で宝石を拾ってしまっても別に構わないと思わないか? その宝石を売って、飯を腹いっぱい食って、初めての遊園地で一日遊んで、カラオケでオールして、それから誰かとの約束を思い出しても遅くはないと思わないか?


 無駄を愛そうと高橋は幾度となく言った。回り道を楽しもう。


 そこに、思いもよらぬ幸運の種が転がっているかもしれない。


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