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万華郷  作者: 面映唯
プロローグ
1/42

【プロローグ】

 全世界の人間が共通して隠している秘密があったとしたら、それは果たして秘密と呼べるのだろうか。





「もう死んでもいい」から精一杯戦おうとする覚悟と、「絶対に生き延びてやる」という覚悟。生死の境を目の前にぶら下げられた人間は、どちらの情感を抱くのだろうか。


 死ぬ覚悟で立ち向かうか、絶対に生き延びると誓って立ち向かうか。どちらが正しいか問うのは愚問であり、こちらの方が正しい、というように提唱すれば、たちまち詭弁(きべん)のように嘘っぽく聴こえる。もしどうしても答えを導かないといけないのであれば、双方とも正しい、双方とも間違いでない、と論理づけるのが実らしく、もっともらしいのかもしれない。


 結果至上主義者を否定する過程至上主義者。確かにこの世の中は結果がものを言うことが多いが、その過程で手に入れることは、結果よりも面白いことも確かだ。


 答えを導くまでの吟味――複数人で窮地に直面したときの人間の在り様には、その人間の本性が潜んでいるのだろうか。普段から優しさを振りまいている人間が、優しさの欠片も見せずに一人で逃げ出す姿、やっぱり自分が可愛いんだというその本性が。


 切羽詰まった状況でこそ、その人の人間性が見える。普段から「死にたい死にたい」と呟くメンヘラが、死に直面した途端、颯爽と逃げ出す。普段から人への当たりが強く、他人を尊重しない自己中男が、死に直面した途端に他人に手を差し伸べる。


「もう死んでもいい」「絶対に生き延びてやる」


 二つの感情が交錯した。

 その日は花火大会だった。


 珍しい花火大会だった。花火大会と言えば少なからず夏を想像するだろうが、この花火大会は冬に行われていた。道路の脇はもちろん、河川敷にもちらほらと溶け切っていない雪が見受けられた。


 真っ黒な天空に大きな花が咲いた。ドーン、ドーンと連続した音が聴こえる。河川敷で座って眺める人々は気づいていない。人の少なくなった屋台通りを忙しなく必死に逃げる少女と青年。


 ――私、いつも常々死んでもいいって思ってたはずじゃない。なんでこんなに生き延びようとしてるのよ。あんたはメンヘラだったでしょーが――


 ――俺、なんでこんなに責任感に追われてるんだ。みんな自分が可愛いはずだろ。自分が生きるか死ぬかの場面で人間の尊厳とか倫理とか考えてる場合じゃねえだろが――


 少女が転んだ。少女は這うように地面に肘をつき、起き上がろうとする。そこへ、殿(しんがり)のように後ろを走っていた青年が少女の状態に気づき、手を伸ばした。少女はその差し伸べられた手を握ろうとした。


 ――なんでこんなに生き延びようとしてるのよ――


 ――なんで自己中B型の俺が人を助けようとしてんだよ――


 触れ合った(てのひら)。青年が少女の手を引く。二人は立ち上がり、再び走り出そうとする。そのとき、何かに気づいた青年が少女を前方に強く押した。少女はつんのめって道の上に膝間づいた。


 直後、大きな音が聴こえた。少女は打ち上げ花火の音だと思った。普通なら空を見上げて確認するかもしれない。しかし、このとき少女は顔を上げられなかった。視線は地面のアスファルトに向かっていて離れない。今の音……花火の音だ……。花火の音だ……と思いたかった……。


 満を持して視線を離し、振り返った。見れば、走ってきた道を塞ぐように、屋台の一つが横に倒れていた。


 少女は息を呑んだ。


 傾斜になっているのだろう。屋台にあった油かソースか何かの液体がこちらに向かってツーと一筋流れてくる。


 その液体が、少女の膝間づいた膝に届いた。履いていたジーンズに染みていく、赤くも黒くも見えるその液体。流れている発生源を見つけようと目で追った。


 発生源は屋台の下からだった。

 そこにあったのは、下敷きになった人間の頭だった。頭部が潰れて、一度凹むと元に戻らないカラーボールのように、凹んでいた。


 不思議だった。

 さっきまでの切羽詰まった感情が消えている。心は穏やかで、なぜか落ち着いている。


 少女は道の上で脚を崩した。手を地面につけば、地割れたアスファルトの隙間に人差し指が刺さった。空を見上げる。


 四尺玉。ちょうど大きな打ち上げ花火が上がった。形容の(さん)変化(へんげ)。凍える涼しい風が、少女の顔を舐める。反して、視界は潤った。花火の暖かい色が胸の奥をじわじわと温める。


 少女の表情は穏やかだった。


 花火の鮮やかな色が、穏やかな少女の顔と、倒れた屋台の下から伸びた血溜まりに映っていた。風は吹いていないのに、雨は降っていないのに、その血溜まりは、波紋を作るようにいくつも筋を造って水鏡(すいきょう)をぶれさせていた。


 その波紋が、波紋を呼んだのかもしれない。


 また花火が上がった。地鳴りの中で。






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