98 先達の問答
「どうもこうも、この二人は神意教の教徒だぞ? 金の刻印も持っている」
エドモント神官は普通に答えただけだった。何の悪気もなく、寧ろ、神意教とこれだけ関わっているのに、二人が神意教だと知らない筈が無いと思っていた。
「アルカとキョウが……神意教?」
この場に居る殆どの人間が思った考えを代弁したようなヤエノの声が響く。その様子を見て大方の状況を察したエドモント神官は顔を顰めた。
「……マズったな」
エドモント神官自身も前代未聞の事態に錯乱していたのだろう。普段なら相手を気遣うくらいの事は出来るハズなのに出来なかった。ここで機動隊の信頼を失うのは困るし、アルカとキョウが神意教から離れてしまうのはもっと困る。
ほぼすべての視線がアルカとキョウに注がれる。その視線は警戒心が剥き出しのものであった。機動隊と神意教の軋轢を知っているので理解は出来るが、これまで一緒に働いてきた人に向けるものではなかった。
数多の視線はアルカとキョウに圧力をかける。どうすべきかと必死に考える二人だが、外から見ると黙ったままに見えるので、その目は警戒から更に悪化しようとしていた。
「ハァ~……。で、だから何なんじゃ?」
重く苦しい雰囲気をぶち壊したのは龍造だった。龍造とソウゴは唯一アルカとキョウに目もくれず、トランプに興じたままだ。龍造はソウゴの手札からトランプを一枚引くと、自身の手札を混ぜる。
「もう一度言うぞ。アルカとキョウが神意教だから何なんじゃ?」
龍造の問いはアルカとキョウに投げかけられたものではなかった。二人に視線を注ぐ班員達に投げかけられたものだった。そして、その問いに明確な答えを返せる人間はいなかった。
「まずは三班。お主らは二人とこれまで関わってきて何を見てきたんじゃ? 神意教であろうが、無かろうが、班員として恥ずかしいものであったか?」
三班の面々が過去を思い出し、口々に小さく否定する。アルカとキョウの働きは、三班に新しい風を吹き込んだ。新人ながら誰よりも努力する二人に感化された者も多い。それは紛れもない事実だ。
「三班ならよく考えろ。この派遣任務で疑問を持った者も多いだろう? ヴィクターが神意教と仲を深めたのではなく、二人が神意教の重要人物だったとしたら辻褄が合う。この程度すら辿り着かんのなら、訓練生からやり直せ」
三班は他班より多くの事件に携わる。その際には推理や推測も当然するわけで、そんな事も出来ないのなら新人以下である、とソウゴは厳しい口調で言う。
叱責を受けた三班の面々は無言で俯いた。反論は無いようだ。
「次に四班。才能を伸ばす事すらしない怠け者の分際で、神意教だから、という理由だけで敵意を向けるのかのう? 進化種とさして変わらんな。そんなんじゃから“恥晒し”などと言われるのじゃ。しかし、これではその渾名の通りじゃのう。……儂の勝ちじゃな」
龍造の叱責はもっと厳しかった。いつもと同じ声と口調なのに、殊更冷たく感じるのは不思議なものである。四班は何も言えず、意気消沈したようにアルカとキョウから視線を外した。トランプでソウゴに勝った龍造はようやくアルカとキョウに振り向く。
「聞きたいことは山ほどあるが、ヴィクターから口止めされておるのじゃろう?」
「はい、すいません……」
「気にするな。死神が神意教の教徒などと言えば、面倒事になるのは目に見えとる。ヴィクターの判断は正しく、二人は間違ったことなどしておらん。寧ろ、情報の断片から事実を推測すべき三班がこのザマではのう。ヴィクターが後進育成に力を入れるわけじゃよ」
「当分、隠居は出来そうにないな」
「お前は働かんと生活出来んだけじゃろ。ギャンブル中毒め」
いつもと変わらない龍造とソウゴに助けられた形になったアルカとキョウは素直に礼を述べた。学ぶべきことの多い先達は得意気に笑う。三班最年長は伊達ではないらしい。
「その、本当にアルカとキョウは……」
「この後ヴィクターが来るんじゃ。その時に聞け」
ヤエノの言葉を途中で切り捨てて、龍造はエドモント神官に向き合う。
「お主もここで待機してもらうぞ」
「構わんさ。本を正せば俺の一言が原因なのだ。責任はとる」
決して穏やかではない雰囲気が、両者の間に流れる。しかし、それもすぐに終わった。ヴィクターがやって来たのだ。
「エドモント神官、何故ここに? ……なるほど。全員、席に着け」
ヴィクターは本来いるはずのないエドモント神官に眉を顰め、周囲を一瞥してから何が起こったのかを察した。隊員に人払いをさせて、扉やカーテンを閉め切ると口を開く。
「アルカとキョウが神意教の関係者だと聞いたのだな?」
その言葉に、班員達は各々頷く。ヴィクターはその反応を見て一瞬目を閉じてから、アルカとキョウについて話し出した。
二人が都市外移住者の村で育ち、神意教の神官に育てられた事。金の刻印の意味や二人の神意教に関する功績、そして、二人が神意教の闇の部分に繋がっている可能性まで。
「二人が神意教の関係者である事を伏せた理由だが、ここにいる諸君なら嫌というほど理解できるだろう」
たった今、先人達に叱責されたばかりだ。神意教と聞けば無意識的に偏見を持って見てしまう。機動隊と神意教の関係上、仕方のない側面もあるが、一度付いたレッテルは剥がすのに時間がかかる。レッテルが張られていた時間が長ければ長いほど、加速度的に剥がす時間も長くなる。
「己自身で見て、聞いて、関わって判断を下せ。それができぬというのなら、この場から立ち去れ。凝り固まった偏見を変えようともせず、いたずらに広める者は不要だ」
ヴィクター自身は神意教との関係を修復したいと思っている。それは、単に仲良くしたいなどという理由ではない。都市の治安維持は機動隊と警察の役目であり、部外者による管理地域があると、今回のように捜査が進まない。加えて、死神と只人の軋轢が様々なところで歪を生み出し、誰かを凶行に走らせることに繋がる。ヴィクターは神意教との関係修復が都市全体に大きなメリットをもたらすと考えているのだ。
ヴィクターの言葉の後に立ち上がる者はいなかった。
「よろしい。では、エドモント神官。そちらの要件を聞こう」
「さっきも言ったが、俺の派閥の奴らが失踪した。何か知っているのかと思ってきてみたが、この様子では知らなさそうだな」
一連のやり取りを見ていたエドモント神官は図らずも時間が空いたため、最初よりも冷静になっていた。こんなにはっきりと顔に出る連中が関連しているわけがない、とエドモント神官の中では結論が出ていた。
しかし、ヴィクターの次の言葉を聞いて顔をこわばらせた。
「エドモント神官のところだけではない。昨日、アルカから連絡を受けたが、第三区画に流れてきた市民の行方不明が続いている。そして、機動隊からも失踪者が続出している」
「何だと……!?」
只人だけでなく、死神からも失踪者が出ていると聞いて、エドモント神官は驚きを隠せなかった。
それはアルカ達班員も同じで、会議の場がにわかにどよめきが走る。ヴィクターの口ぶりからすると、静香以外にも失踪者がいるらしい。
「第三区画での見回り担当の隊員と懲罰部隊の失踪が続いている。事の露見を恐れた上司が隠蔽していたため発覚が遅れた。エドモント神官、そちらの派閥は神意教のはみ出し者で間違いなかったな?」
「ああ、確かにそうだが……。そうか、共通点はそこか」
三つの連続失踪には共通点があった。それは、それぞれのはみ出し者、という点だ。第三区画のはみ出し者、神意教のはみ出し者、機動隊のはみ出し者。いなくなっても気にする人が少ないという点が、今回の事態発覚を遅れさせた。
「でも、その人達は何処に行ったんだ?」
「……これだけの人がいなくなってもおかしくない場所。機動隊や神意教にも知られない場所っていったら……」
「そうだ。第三区画の一部地域。“ミスフィット”という組織が巣食う地域だ」
ヴィクターは隊員の失踪に気が付いて、めぼしい素行不良の隊員数名の装備を追跡用ナイフにすり替えて監視した。その結果、見事に失踪した隊員達はミスフィットの巣食う地域に向かっていったらしい。
「強襲でもかけるのかのう?」
「その予定だ。だが、もう一つ情報がある。この事件のキーパーソンだと思われる人物が特定された」
「ほう?」
警察の協力のもと、地道な聞き込みを続けた結果、静香を誑かした男性が捜査線上に浮かびあがったのだ。
「名前はバルト・バルバロッサ。都市サッポロ出身の六十五歳男性の死神だ」
ヴィクターは情報端末を操作して、ホログラムでバルトの顔写真を表示する。全員の視線が集中する中、ヴィクターは淡々と話を続ける。
「サッポロ陥落後、トウキョウに流れてきたが定職に就かずに女遊びをしていたようだ。暴行や暴言は日常茶飯事、場合によっては交際女性を殺害までしていた。幾度か任意同行され、事情聴取を受けたが、釈放されている。被害女性は心ここに在らず、といった具合だったらしい」
ヴィクターは言葉こそ伏せたが、特異技能が関係している事を示唆している。春門神官や初日の女性などを合わせて考えると、人を自在に操る特異技能の可能性が高いと思われる。
「エドモント神官には神意教内部でバルトとミスフィットの情報を集めて欲しい」
「手足が無くなってクソ忙しいが、やってやる。このまま引き下がってられるかよ。俺を嘗めたらどうなるか教えてやる」
エドモント神官はそう啖呵を切って席を立つ。早速、情報収集に向かうようだ。二、三日で情報は集まると言って仮設第二を出て行った。
エドモント神官が出て行くと、疑問を孕んだ視線がアルカとキョウ、ヴィクターに注がれる。その視線を理解しているヴィクターは一度手を叩いて注目を集めた。
「諸君等の疑問に答えよう。先ず、エドモント神官は神意教の重鎮だ。彼の役割は神意教の過激派、つまり機動隊を敵視している者達をまとめる事にある」
「そんな人に協力を申し出るのは危険では?」
「彼自身は過激派ではない。機動隊で言うところの豪のような役割だ」
進化種の旗頭は一班班長の豪だが、本人は只人を差別しない。制御するためにいるだけだ。だが、班員達の反応は二分した。
「ヴィクター、豪については年嵩の班員は知っておろうが、若造は知らんぞ。若造からみれば豪も進化種にしか見えん」
「……そんなものか?」
「そうじゃ。お前さんは豪としょっちゅう絡んでおるから気づきにくいが、関わった事ないものから見ればそう見えるんじゃ」
「……そうか。まぁいい。兎に角、エドモント神官は問題ない。彼の付き人は注意しておけば良い」
ヴィクターは眉間に皺をグッと寄せてから強引に話を打ち切った。
いつもならばしっかりと説明するヴィクターが話を打ち切ったことで、豪には何かしら他人には言いにくい秘密があるのだと察する。
「次だ。驚くべき事実が見つかった。これは秘匿義務が生じる事実だ。心して聞くように」
こうして部外者を排除した内密の会議が始まったのだった。




