97 連続失踪
「手掛かり無し、か……」
見回りから戻る途中、アケミは俯きながらそう呟いた。ミスフィットに関する情報は全くと言っていいほど集まらず、故に静香に繋がる情報も集まらない。ここまで情報が無いとなると、静香の目撃情報は偽物だったのではないか、と疑問が湧いて出てくる。
「第二区画での捜索も続いていますが、そちらも目撃情報はありません。私達は第三区画の捜索を続けるしかありませんよ」
「……そうよね」
アケミは顔には出さないものの、心はかなり憔悴しているのだろう。弱った気持ちが自身の行動の正当性を揺るがしているようにアルカには見えた。
しかし、実際はこれまでの静香の痕跡がとんとん拍子に見つかっただけなのだ。志織の頭脳に神意教の協力、タロウという情報屋の存在があったからこそここまで来たのであって、班員だけの力であれば未だに第二区画を探していた可能性だってある。
「まだ初日だぜ? 人が増えたんだから何かの情報くらい手に入るさ」
「キョウの言う通りです。ミスフィットの動向を探っているのは私達だけではないんですから」
三班だけでなく神意教も情報収集に加わっているのだ。その数は圧倒的で、こと第三区画では死神が活動していたらあっという間に広がる。静香が外出していたら目撃情報は集まりやすいと思われる。
「まずは出来ることを地道にやっていきましょう。焦っても静香さんは見つかりません」
アルカとキョウの励ましによって少し元気を取り戻したアケミは顔を上げる。その横顔を見ながらアルカは早く静香を取り戻すことを決心した。
翌日からは炊き出しと見回り、静香の足取りの洗い出しと戦闘訓練というハードな日々が続いた。
相変わらず静香の情報は入ってこないが、代わりにミスフィットの情報は少しずつ入ってきていた。
「神意教が治安維持する地域には、静香さんはいなさそうだね」
「そうっぽいな。目撃情報無いし」
既に第三区画の治安維持に協力して十日以上経過している。その間、昼はおろか夜まで不審な人物はいなかった。班員が本気で隠れながら行動している場合を除いて、この地域にはいないと予測されている。
「ミスフィットのところでは死神の姿が複数回目撃されているわ。そして……」
アケミは隠し撮りされたような画角の写真の一枚を指差す。その一枚は夜中に撮られたものらしく、全体的に暗くて見にくい中に静香らしきポニーテールの女性の後姿が写っていた。
「タロウもかなり無理してくれたらしいな」
「その分、かなり吹っ掛けられたらしいけどね」
代金を払ったのはヴィクターだ。アケミですら躊躇するレベルの金額を顔色一つ変えずに払った上に、報酬上乗せで情報を吐き出させていた。最後の方はタロウが疲弊していたくらいだ。
「だけれど問題もあるわ」
「……ローブの人物、ですね」
ミスフィットにはアルカと因縁のあるローブの人物が出入りしている事が判明したのだ。なので、強襲は慎重にならざる負えず、様子見に徹しているのが現状で、今はヴィクターが強襲作戦を立案中だ。
「班長が関わるなら問題ないでしょう。それより問題はこちらよ」
アケミは報告書の一部を指差した。そこにある報告文にアルカとキョウは大きくため息を吐いて肩を竦める。
その報告文とは要約すると「第三区画見回り担当の隊員による一般市民暴行について」である。これは仮設駐屯地に派遣された隊員ではなく、普段から第三区画の見回りを担当している隊員のことを指し示す。所謂、素行不良の隊員による暴行事件が増えているのだ。
「仕事はしない癖に無駄な仕事は増やすんだから、ホントに面倒くせーな」
「その通りよ。大体、第三区画の見回りをもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったのよ」
彼等がまともに働かないから神意教が治安維持に奔走し、彼等が只人を見下して暴力を振るうから軋轢が大きくなる。はっきり言わずとも役立たずとしか言えない。実は彼等は死神ではなく疫病神ではないかと思う。
「何度注意しても何故かこっちに流れてくるし反省しないから、次は殴る」
「見回りの範囲からわざと外れてきているのは確信犯だよ」
ここ最近はアルカ達が活動しており、その噂は神意教の教徒達に瞬く間に広がった。最初こそ不躾な視線や心ない言葉もあったが、アルカ達の活動のおかげで治安がかなり良くなり、理不尽な暴力なども振るわないので、少しずつ態度が軟化し始めていた。
しかし、アルカ達が活動しているという噂が素行不良の隊員達の耳にまで届くようになり、彼等がやってくるようになったのだ。
「やっと打ち解けてきたと思った途端にこれよ。情報が集めにくくなったのよ」
恐らく一番この事態に腹を立てているのはアケミだ。ただでさえ静香の情報が入ってこない上に、神意教からの情報が入る可能性が遠のいたのだから。アケミが声を荒げるのも十分理解できる。
「あ、そろそろ炊き出しの時間です。行きましょう」
「もうか? 炊き出しは腹が減るんだよなぁ」
そんなことを言いながらキョウは立ち上がった。アルカとアケミも後に続いた。
神意教の教会前にはすでに沢山の人でごった返していた。アルカ達はいつも通り警備に就いて、しばらくは平穏な時間が過ぎていった。だが、そんな時間は簡単に引き裂かれた。
にわかに行列の最後尾が騒がしくなる。アルカは現場に急行すると、そこにはアケミと見知らぬ隊員二名がいた。正確に言うと隊員は地に伏していた。アケミが倒したのだろう。
「アケミさん。これは?」
「一方的に一般人に暴行をした上、職務違反で制裁したところよ」
アケミは何処かスッキリした顔で事情を説明してくれた。地面に伸びている彼等はロープで拘束しておき、炊き出しが終わった後に第三区画の大通りに捨ててくるそうだ。
アルカはこの件はアケミに全部任せる事にした。そして、すぐに警備に戻る。
「何があったんですか?」
そう聞いてきたのは初日に助けた男性だ。あの一件以降、この男性以外にもアルカに話しかけてくれる人が増えたのだ。アルカは周囲に聞こえるように事のあらましを伝える。
「そうでしたか。皆に代わってお礼を申し上げます。ありがとうございました。」
「いえ、同じ機動隊として当然の事をしただけです。それと、御迷惑をおかけしました」
アルカの謝罪は周囲の人々から驚愕の声を引き出した。死神が只人に頭を下げた事が信じられない様子だ。
「何というか、あなた方は普通の死神と違うように感じます。それを見込んで、一つ依頼を受けてもらえませんか?」
アルカとしては職務に反しない限りは問題ないと判断して、男性の依頼を受ける事にした。
「実は、最近行方不明者が増えているのです」
男性の話では、新しく第三区画に流れてきた人が次々失踪しているらしい。神意教の教徒からすればよそ者なので大きな問題になることは無く、寧ろ、諍いの原因になる事も多々あったので、好都合と思う人も多いようだ。
「昔からよそ者の失踪はありました。ですが、最近はあまりにも数が多いので不気味なのです。何者かに連れ去られた、なんて噂も流れている始末です」
依頼というよりも情報提供の側面が強いものであった。詳細は不明であるものの、アルカはその情報に引っ掛かりを覚える。お礼を男性に伝え、炊き出しの警備は終了した。
仮設第二に戻り、隊員を捨てに行ったアケミが揃ってから、アルカは男性から聞いた話を伝える。そして、自身の引っ掛かりを口にした。
「ここに来て“行方不明”です。都市外調査訓練でも同じようにいなくなっても問題ない人達が誘拐されていました。誘拐された人々の行方は未だ分かっていません。もしかすると、今回の一件も誘拐の可能性があります」
「きな臭くなってきたな」
「でも、何で誘拐なんてするのかしら? 身代金の要求にしては対象が変だし……。まさか、人体実験?」
アケミの言葉にアルカは頷いた。突拍子のない話に聞こえるが、先日の女性が暴れた事件を思い返すと、あながち間違っているとは思えない。ヴィクターからの情報次第では、その線が濃厚になるだろう。
と、ここで情報端末に連絡が入った。ヴィクターからだ。
「グッドタイミングってやつか?」
「ありがたいよ。問題ばかりで解決の糸口が掴めないし、いい加減根本をどうにかしなくちゃ」
「そうね。明日の午前中に仮設第二に集合して会議、らしいわ」
「準備しないとですね」
三班と四班の班員達が集まるのだ。奥の部屋では小さいので、このエントランスでする必要がある。テーブルや椅子を準備し、待機の隊員達には人払いをお願いしなければならない。
「午後からは見回りもあるし、四班に準備してもらえばいいわ。アルカは指示書をかきなさい。わたしとキョウは備品の確認よ」
アルカは机や椅子の配置、必要書類の選別などの指示を書き連ねていると、四班が見回りから戻ってくる。ヤエノ達にも連絡は行ったらしく、予定は知っていた。
「指示書は用意しておきました。これらの準備をお願いします」
「えーっと、どれどれ……。オッケーわかった」
「ん」
自信たっぷりに胸を張るヤエノとニシャに、アルカは一抹の不安を覚えた。班員として少し情けないイメージがあるからだ。
そんなアルカの心情を察したように、ヤエノがちょっと怒り気味に反論する。
「戦闘が苦手な分こういう仕事は特異な人が多いし、沢山やらされるんだよ? 一班の書類整理なんていつもやってるから」
「なるほど」
納得である。三班ですら書類整理を嫌がる人が多いのに、一班はまともに仕事ができるのかと思っていたが、四班に丸投げしていたらしい。アルカは安心して四班に仕事を任せる事にした。
「では、お願いしますね」
「任せときな」
その言葉通り、四班の書類整理の腕は確かだった。おかげで問題なく明日の会議に臨める。
翌日は朝から仮設第二に班員達が集まっていた。会議の予定時間よりも早くに集まったので情報交換、もとい雑談の場になっていた。飲み物片手に語らう者やトランプを興じる者、軽食を取る者など、思い思いの行動をしていた。
しかし、その和やかな雰囲気は外からやって来た者に破壊される。
「あの、ちょっと!」
「おい、ここにアルカとキョウはいるか?」
隊員の制止を振り切って仮設第二に踏み込んできたのはエドモント神官だった。すべての視線がエドモント神官に注がれ、次いでアルカとキョウに降り注ぐ。どのような関係かを疑う目をした班員達に居心地悪さを感じるアルカとキョウだったが、エドモント神官は気がついていないのか、少し焦ったような雰囲気が伝わってきた。
「急にきてすまねぇ。だが、聞きたいことがある」
「あ、何でしょう?」
「俺の派閥の奴らが全員いなくなった。何か知っているか?」
なんと、エドモント神官の付き人達まで失踪したようだ。最近の忙しさで気が付かなかったが、少しずつ人が減っていた。機動隊が治安維持に協力して忙しさが落ち着いた時には半分以下になっていた。失踪した人達を探しても見つからず、今朝になったら全員がいなくなっていたらしい。
「エドモント神官の方でも失踪ですか……」
「あん? 他にもるのか?」
捜査に関する事なので部外者に伝えるか迷い、ヴィクターに確認します、と言おうとしたその時、興味津々と言った様子のヤエノが質問の声を上げる。
「その、アルカとキョウはこの人とどういう関係なの?」
エドモント神官に話しかけようとしていたアルカは反応が遅れてしまった。知られないように秘密にしていたことを、エドモント神官は口にしてしまったのだった。




