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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
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93 交渉

 龍造とソウゴとの摸擬戦から数日、アルカとキョウは岳に報告書のまとめ方を教わり、アケミと共に第三区画で静香の痕跡や周辺環境を探り、特異技能あり摸擬戦を繰り返していた。

 静香の痕跡はあの日以来無く、タロウのところにも情報は入っていなかった。

 代わりにミスフィットについての情報は少しずつ集まった。やはりミスフィットには死神が何人か属しており、騒ぎを起こした人間を治安維持の名目で攫っているという話だった。


「スリなどの小さな犯罪は多いが、それ以上の犯罪は極端に少ない。そして攫われた人間は行方知れず。暴力と恐怖による治安維持とは時代錯誤も甚だしい」


 「知性と理性を兼ね備えた人間の所業とは思えんな。野生動物以下だ。何のために言葉があると思っている」とは、報告を聞いたヴィクターの言葉である。

 一定の力と罰は必要だが、それを前面に押し出したものは何れ崩壊する。それは歴史が証明している、ともヴィクターは言っていた。

 この数日で起きた事を思い出しながら、アルカとキョウは第二区画を歩いていた。


「班長、何処へ向かっているのですか?」


 アルカ達は見回りで第二区画を歩いているわけではなかった。エドモント神官と面会をする場所に向かっているのだ。連絡を仲介していたアルカは場所こそ分かっているものの、首を傾げたくなるような場所だったので、思わず疑問が口を突いて出てしまった。


「機動隊や政治家への正式な客人として接するのに相応しい場所というものがある。そこに向かっているだけだ」

「それがお食事処ですか?」

「そうだ。大変革以後、食事は富の証としての地位を不動のものとした。その富を共有するほど価値のある相手と認めたのならば、豪勢な食事で歓待するのが風習となっている」


 そうは言ってもかなり古い風習で、今は不死者の侵攻などが無くなり、ある程度安定して食料が生産できるようになった事もあり、だいぶ廃れた風習だ。一部の富裕層や政治家などが従うのみになっているらしい。


「うぅ、ご飯……」

「キョウ、もう少しだよ」


 エドモント神官の予定の関係で、いつもより遅い昼食になっている。キョウはお腹を擦りながら情けない声を上げるのみだった。


「ここだ。着いたぞ」


 そこには第二区画に似つかわしくない豪奢な建物がそびえ立っていた。聞くところによると、第二区画どころか日本屈指の高級料亭らしい。

 その外観だけで否応なしに期待が膨らみ、アルカとキョウはヴィクターに続いて建物に入る。内装はこれでもかとばかりに豪華絢爛で煌びやかなもので、二人は場違い感を感じてしまった。


「いらっしゃいませ。ご予約のオルトリッチ様でいらっしゃいますね? ご案内いたします」


 執事服を完璧に着こなした男性の案内で店の奥に通される。階段を上り、突き当りの部屋に通された。中には大きいテーブルが鎮座しており、その周囲に椅子が四つ準備されていた。

 たった四人の食事にしてはあまりにも大仰な準備に、アルカとキョウは違和感を覚える。


「何というか……無駄だな」

「無駄に金をかける事が出来るのが金持ちだ。尤も、その金に見合う仕事をしているかは別だがな」


 ヴィクターに促され、アルカとキョウは指定された座席に向かう。アルカはキョウと向かい合う形で座り、ヴィクターはエドモント神官と向き合う形で座ることになる。

 その五分後、エドモント神官がやって来た。いつも後ろにたくさん連れている付き人は、今日は二人しかいない。


「面会を希望しておいて、変な時間を指定してすまなかったな」

「構わない。そちらが忙しい事は耳にしている」


 エドモント神官はこの場においても普段通りの口調だった。しかし、その動作はいつもと違った。歩き方一つを取っても物腰柔らかく、洗練されていた。

 ヴィクターは机の上にあるベルで給仕を呼び、食事を出すように伝えた。


「早速だが、話し合いを始めよう」

「いいぜ。時間は有限だからな」


 ヴィクターの言葉にエドモント神官は鼻を鳴らす。


「神意教の要求は治安維持で良かったな?」

「それと炊き出し用の物資が欲しい。特に食料だ。アンタなら出来るだろ?」

「簡単に言ってくれる。あの馬鹿共を動かすには餌がいるのだ」

「それは知っている。何もしねぇくせに一丁前に分け前を寄越せと言いやがる」


 ヴィクターとエドモント神官は互いに肩を竦める。

 アルカの視点からすると、この二人は気が合うのではないかと思うほど、考え方が似ているのだ。

 ちなみにアルカとキョウが話し合いに介入する余地は無い。権限も無ければコネも無いのだから当然だ。二人がいるのは神意教が相手だから、という理由だけだ。


「第三区画が崩壊するぞ、と脅してやれば動くだろうが、これからの関係を拗らせる原因になるからな。だが、変にへりくだって嘗められると今後が面倒だ」

「至言だな。あれを動かすのなら第三区画の何処かに名前を乗せてやればいい。名誉だの、名声だのに弱いからな」

「ほう? なら用水路に架かる橋に名前でも彫ってやるか。沢山あるぞ」

「それで十分だな。どうせ第三区画に足を運ぶような人間ではない。どうにでもなる」


 第三区画の住人が日夜使っている、生活に必要不可欠な大切な橋に名を刻み、未来に名を残せる、という謳い文句で話はまとまっていく。

 二人がとてもあくどい顔をしていた。やっぱり気が合うようだ。

 そんなことをアルカが思いながら話し合いの成り行きを眺めていると、食事が運ばれてきた。コース料理のようで、前菜サラダがアルカ達の前に置かれる。


「うめぇー!」

「美味しい!」


 アルカとキョウは味わった事の無い料理に綻んだ顔になる。

 野菜自体の青臭さは無く、本来の味がしっかりと野菜本来の味がある。サラダにかかっているソースは野菜の味を引き立てながら、味が単調にならないようにしっかりと主張しつつ、柑橘系の香りをほのかに感じられるものだった。


「……意外だな。キョウがマナーを知っているとは」

「クアド神官に習ったので」

「流石はクアド神官だ。そこは抜かりないか」


 物心ついた時からクアド神官に厳しく躾をされていたので、食事マナーや学業は都市に来てからも十分通じた。クアド神官に感謝である。おかげでこの場で醜態をさらさずに済んだのだから。


「それで、治安維持はどうなる?」

「簡単には承諾しかねる」

「だが、第三区画の治安悪化は機動隊が原因だ。それに、第三区画の治安悪化は食料生産に響くぞ」


 基本的に第三区画の住人の多くは第一次産業に従事している。彼等は治安悪化の煽りをまともに受ける善良な市民がほとんどだ。食料生産が低迷すると飢えるのは政治家を始め、機動隊や第二区画の住人である。


「神意教と機動隊が険悪なのは知っているだろう。機動隊を無暗に危険な地域に送ることは出来ない」

「険悪なのは認めるが、原因は神意教だけではない」

「機動隊だけの原因でもない」

「……要件は何だ?」


 エドモント神官は目を細めた。ヴィクターが簡単に首を振る人間ではない事を認識し、両者に利がある落としどころを探ろうとしている。


「神意教の情報が欲しい。人員や勢力図などの内部情報だ。その上で協力するか判断する」


 今の神意教の情報はアルカとキョウからしか得る事が出来ない。二人が他の仕事をしていると神意教の情報は得られず、これまでの経験から神意教に深入りさせるのは躊躇われる。


「なるほど。神意教の情報を得るのに二人だけでは不安か。それに他にも理由があるな?」

「神意教を知ることが出来れば、影響外の地区に機動隊を送り込み、見回りによる治安向上が可能だ。それに、今の機動隊との関係改善の一歩に繋がる。悪い話ではなかろう」


 ミスフィットのような組織が表立って活動している地域を減らすことが出来れば、必然的に第三区画の治安は向上する。そうすれば神意教の負担も減り、関係改善も出来れば、春門神官の理想に到達する手助けになる。

 聞けば聞くほど良い事ばかりに聞こえるヴィクターの提案に、エドモント神官は笑みを深めてこう言った。


「で、神意教の影響力を少しずつ削っていくのか?」


 神意教の影響力の大きさは第三区画の治安維持や教育、医療、インフラ整備などによるものが大きい。しかし、第三区画の治安維持に機動隊が入る余地が大きくなれば、神意教の影響力は小さくなる。

 ヴィクターは返答こそしなかったものの、眉がほんの少し動いた。事実上の肯定だ。


「たくよぉ、食えない野郎だぜ。だが、乗ってやる。俺の知っている範囲だけだがな」

「それは結構。金の刻印を持つ神官が動いたとなれば、他の神官からも聞きやすかろう」

「俺を前例にして他からも情報を得るつもりか。かぁー、抜け目ないぜ」


 エドモント神官は丁寧な動作で乱暴にメインディッシュのステーキを口に放り込む。

 ヴィクターとエドモント神官の交渉を横目にアルカは傍観者に徹し、キョウは他人に徹している。いや、キョウは食事に集中しているだけだ。妙にキョウに運ばれる教理だけ量が多いのは、キョウを静かにさせるための策だろうか。


「それで、治安維持と言うが、何をさせるつもりだ?」

「基本は機動隊がいつもやっている見回りと同じように、犯罪の取り締まりとかだな。素行がいいヤツにしてくれよ。治安を守らせる側が治安を悪化させるなんて冗談はもう十分だ」


 第三区画の見回りを担当している隊員は素行不良の者が多い。その事をエドモント神官は言っているのだろう。


「第三区画に関わる範囲が大きくなれば、その分予算を割くことが出来る。そうすれば隊員の教育にも手が回るだろう。それに、神意教も似たような者がいるだろうに」

「それは否定できねぇな。卵が先か鶏が先かは分かんねぇが、どっかしらで区切り付けねぇと」

「そうだ。どちらか一が歩み寄っただけでは解決しない。そして、一方が約束を反故にすれば簡単に負のスパイラルに逆戻りだ。これを機に、私は解決の糸口を見つけたいのだよ」


 ヴィクターとエドモント神官は、両者とも自身の利益を見ていない。見ているのは全体と未来だ。その為に自身が苦労することになっても意に介する様子はない。人の上に立つべき人間とはこういう二人の事を言うのか、とアルカはデザートのケーキを食べながら感慨に浸るのだった。


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