89 神意教の要請
「教会に機動隊が近づいているって聞けば、見知った顔がいるじゃねぇか」
「お久しぶりです。エドモント神官」
「よっ」
「初めまして。アケミと申します」
「一人軽いヤツがいるが、まあいい。先ずは初めましてだな。俺はエドモントだ」
一見すると砕けた態度だが、その目はアケミを値踏みしている。アケミの反応を試しているようだ。ともすれば只人に侮られているような状態だが、アケミは平然としていた。
「よろしくお願いします。エドモント神官」
「……ま、初対面ならそんなもんだろ。会ってすぐに信用したこの二人とは違って真面目な死神だな」
「信用できる目をしていたので信用しただけです」
エドモント神官も春門神官もタルディ神官も、全員が信用できる目をしていたから、アルカとキョウはこうして捜索に協力してほしいと思っているのだ。
アルカの言葉にエドモント神官は鼻を鳴らして、タルディ神官の隣に座った。
「言われていた収支記録は却下された。俺の分なら提出は出来るが、全体知らなければならないのだろう?」
「却下って、エドモント神官でもダメだったんですか?」
「教祖様直々に却下されたな。機動隊及び政治家に義理など無いってな」
「教祖様って何者なんですか……」
「さあな。何でも大変革前から生きている神が遣わした使徒だとか言っていたが、そんな与太話を信じる方が無理がある」
教祖は人と会う時、天幕で姿を隠しているため、誰も顔を知らないらしい。そして、その話は教祖本人が言うので、あまりに胡散臭くてエドモント神官は信じていない。
アルカもそんな眉唾物の話を信じる程、間抜けではない。逆にそんな話を信じる人がいるのか疑問である。
「神意教って変な宗教団体じゃないわよね?」
「それは機動隊の方が知っているはずだろ。トップが変でも事実は変わらないぜ?」
「エドモント神官、教祖様を変とは、口が過ぎるのではないですか?」
「教祖様は知ってて俺は野放しにしているんだ。気にするこたぁねぇよ」
タルディ神官はエドモント神官を諫めるが、教祖は気にしていないらしい。心が広いのか、無関心なのかはわからないが、エドモント神官はこれまで何の罰も受けていないそうだ。
「エドモント神官の収支記録は貰います」
「分かった。帰りに渡す。それと、黒髪の人物は俺の知る限り神官にいない。他の神官にも探りを入れてみたが、どれもハズレだ」
「そうでしたか……」
「ねえ、アルカ。わたしの知らない事ばかり話題に上がるのだけど?」
アルカ達の話を、目を瞬かせながら聞いていたアケミがアルカに問いかける。アルカとキョウの過去に深く関する話なので伝えるかどうか迷う。
「それは後でいいんじゃね? 今は静香の事に集中しようぜ」
「それもそうね。アルカ、後で教えてね」
「はい。ではエドモント神官、もう一つ聞きたいことがあります」
アルカは静香の特徴を伝える。エドモント神官は腕を組みながら話を聞きいていた。
「尋ね人か……。ここらで見慣れない人間を見たって情報はあった」
「本当ですか!?」
「そう急くなって。そのロングコートっぽいのを着た見慣れない女を見かけたらしいが、目撃者は一人だけ。しかも一度きりだ。見間違いかもしれねぇ」
目撃した日時は、静香らしき人物が第三区画に向かった日の午前中。日時に矛盾はなく、静香の可能性が高そうだ。
目撃場所を教えてもらい、情報端末の地図に印をつける。タルディ神官から神意教の教徒が多い地区も書き込むと、丁度境目あたりで目撃情報があったようだ。
「それと、金髪の男と一緒だったらしいぜ? この辺りに住む人間では在り得ないくらい身綺麗な格好だったそうだ」
そこそこ値段のするロングコートを買えるくらいの人間であることは確かだ。ロングコートを買った客の特徴とも合致するので、その金髪の男性が協力者だろう。
「その二人について、他にも情報はありますか?」
「悪いがそんだけだ。仕事が忙しくてな。他人にかまけている暇がねぇんだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
少なくとも静香らしき人物がいた場所が分かっただけでも大収穫だ。この後見回りに向かうと決め、これ以上聞くことも無いので席を立とうとすると、エドモント神官がアルカ達を止めた。
「アルカ、そっちの要望に応えたんだ。こっちの要望も聞いてくれるよな?」
「私に出来る事なら」
有益な情報を教えてくれたし、色々走り回ってくれたのは確かだ。それに応えるくらいのことはするつもりだ。アルカはエドモント神官に真っ直ぐ視線を向けると、エドモント神官はフッと笑う。
「そんな難しい事じゃねぇよ。ただ、ヴィクター・オルトリッチと面会したいだけさ」
「班長に、ですか?」
「そうだ」
エドモント神官の意図が分からず、アルカは怪訝な顔を向ける。
ヴィクターに伺いを立てることは出来るし、恐らく面会できるとは思うが、何を企んでいるのか気になった。
「何だその顔は? 俺が良からぬ事をするとでも思ってんのか?」
「それなら理由を伺っても?」
「いいぜ。第三区画の治安維持に協力してほしいのさ」
意外な内容だった。神意教の方から機動隊に協力を願うなど、思ってもみなかったことだった。証拠に、アケミは口をポカンと開けて唖然としている。
「機動隊にも情報は入っているとは思うが、第三区画の治安が急速に悪化している。原因は機動隊と警察による大規模な摘発だ」
直接悪事に手を染めた人だけでなく、業績悪化のためのコストカットや下請け企業の取引中止などで、一般市民は空前の大混乱をきたしている。そのせいで職からあぶれた人が第三区画に流れ込み、元々住んでいる人と諍いが至るとことで起きているらしい。
「俺達はこんなナリだから、喧嘩の仲裁と治安維持に引っ張り回されてんだ。それに炊き出しの量と回数が増えて、神意教の食糧庫がかなり目減りしている。ルドルフ神官がセンダイにまで買い付けに行ってくれたが、それでも厳しい。この混乱はまだ大きくなると予測しているからな」
神意教の教徒ならエドモント神官が多大な影響力を持つが、新たに流れてきた人はそうではない。寧ろ、機動隊が出た方が丸く収まる公算が大きい。これから混乱が大きくなる前に協力体制を築ければ、より迅速に解決に向かう、とエドモント神官は考えている。
「アルカの予想通りになったな」
「そんな予想は当たってほしくないよ」
キョウがからかうような口調で言うが、それで苦労するのは機動隊全体なのだ。仕事が増えたよ、と言うと、キョウの顔色はサッと変わった。
「こちらとしては原因になった機動隊が責任をとれ、と言いたいところだが、テロ組織は放っておけんからな。仕方ない面もある。だが、完全放置されるのは腹が立つ」
半分は私怨だった。目が回るほど忙しく動いているのに、その原因がのんびりしていたら怒りたくもなるだろう。
「ヴィクター・オルトリッチは政治家の家系だからな。上手くやれば政治家も引き込める。だから頼むぜ」
「はい……え? 班長って政治家の家系なんですか!?」
アルカは素っ頓狂な声を上げる。
政治家の事情に妙に詳しかったが、班長だからではなく政治家の家系だったからか、と納得もした。というか、自身と血の繋がった人達を無能呼ばわりしているヴィクターは、相当政治家の態度に腹を据えかねているのだろう。
「知らなかったのか。あの男らしいと言えばらしいが。ま、俺が面会を希望している、ということを伝えて欲しい」
「それは分かりました」
「色よい返事を期待しているぞ」
ニッと笑ったエドモント神官は仕事に戻るようだ。部屋の外に待機していた付き人から紙袋を受け取ると、アルカに差し出した。
「俺の収支記録だ。写しだから好きにしていいぞ。じゃあな」
そう言い残してエドモント神官は足早に出ていった。かなり忙しいようだ。
アルカ達も用事は済んだのでお暇しようと席を立つ。
「私達は見回りに戻ります。ありがとうございました」
「いえいえ。お仕事頑張ってください。それと、尋ね人がいた地域は教徒が住む地域から外れている部分です。只人の私が言うのもなんですが、どうかお気をつけて」
タルディ神官の目は本当に心配している人の目だ。死神云々の前に、人として心配してくれるその心は本物だろう。
アルカはそんなタルディ神官を安心させるように微笑み、別れの挨拶を済ませて教会を後にする。帰り際に、タルディ神官の収支記録も後日貰えることになった。
教会から出ると、好奇心や恐怖などの感情が入り混じった視線が集中する。居心地が悪いが、かと言ってコソコソと動く必要は無いので堂々と目的地に向かって歩き出す。
「収穫はあったな」
「ええ。大きな一歩だわ」
アケミの目は希望が宿っていた。静香に繋がる手掛かりがほとんど無く、捜索が手詰まりに陥っていた状況に差し込む一筋の光のようなものだ。アケミは自身が速足になっている自覚は無い。
「神意教に神官って役職の人がいるのも驚きだったけど、アルカとキョウに丁寧に接していたわね。どういう関係なの?」
アケミは人混みから遠ざかり、人気が無くなったあたりで質問をしてきた。後で教える、とは言ったが、こんなにすぐに聞いてくるということは、ずっと気になっていたようだ。証拠に興味津々といった様子の顔をアルカに向ける。
アルカは気配察知で周囲の様子を窺った後、小声で口を開く。
「私達が都市外移住者の村で産まれた事は話しましたよね? その村の村長的立場の人が金の刻印を持つ神官だったんです。私達はその人に育てられました。この金の刻印もその人から貰ったものです」
「そうだったの。特殊な出で立ちなのね。そうなると機動隊に入った時、神意教が悪く言われてて驚いたでしょう?」
「そうですね、驚きました。でも理由を聞いて納得しましたし、もっとひどい目に会いましたから」
常に殺意に晒され、終いには殺されそうになった。捜査妨害なんて可愛いものだと思う。
アケミは言わずとも辛い思い出があった事を察してくれたようだ。しかし、話題を避けたつもりが、別の地雷を踏んでしまった。
「アルカとキョウを育てた神官はどうしてるの?」
「アルカ」
「大丈夫だよ、キョウ。……私達を庇って半殺しにされて、私が特異技能を暴走させて全てを消し飛ばしました」
アケミは想像以上の惨状に言葉を失う。アケミも班員として、そして特異技能が芽生える契機となった事件で辛い思いをしたが、それを軽く超える過去に言葉が出てこない。
二人の思い過去を目の当たりにして、その上で折れず、強くなろうとするその意志に、アケミは尊敬の念を覚えた。
「特異技能の話は今度しましょう。私はアケミさんを信頼していますから」
「アタシもだぜ」
「そう。わたしもアルカとキョウを信頼しているわ。いえ、信用かしらね」
ふふっと笑うアケミはいつものほんわかした顔になった。
少しだけ距離が近くなった三人は、静香の目撃情報があった場所に向かうのだった。




