88 秘密の共有
「ふむ、アルカの憂慮は理解した。だが、治安維持に関しては警察と政治家の領分だ。我々機動隊に出来ることは少ない」
機動隊はあくまでも対不死者のための存在である。加えて、何処にも所属していないはぐれ死神に対応するための存在でもある。本来、捜査などは専門外で、治安維持は門外漢にもほどがある。見回りは不死者をいち早く発見、討伐する為にしているのであって、治安維持が目的ではない。
「しかし、治安悪化の予兆があるのに、見過ごすのはおかしいと思います」
「その通りだ。治安悪化による都市の犯罪率上昇は見過ごせない。なので、私が働きかける。二人は日常業務をこなしなさい。それが治安維持の第一歩だ」
アルカとキョウは短期的対策として見回りをするように告げられる。ヴィクターは政治家とのパイプが在るので、中長期的な対策を講じるらしい。
「治安維持は一日で終わる事ではない。継続的に続けなければならない事だ。今すぐできることは少ない」
「わかりました。あと、静香さんの件ですが……」
「相談もなく志織に話したことは迂闊だが、別に機密情報ではないからな。問題なかろう。そして、静香に繋がる情報を手に入れたことは、素直に褒めるべき成果だ。よくやった。」
いつもの小難しい顔はそのままに、ほんの少し柔らかな口調で褒められる。班員として少しだけ成長した気がして、アルカは喜色の感情が湧きあがった。
「明日には班員全員に購入者の特徴を伝え、静香の情報と共に捜索を開始する。そして、二人には第三区画の見回りをしてもらいたい」
「わかりました」
「それと、明日からはアケミも二人のチームに加わり、臨時で三人体制の見回りとなる」
二人だけでは戦力的に危険な場合もあると考えられた事と、アケミも静香の捜索に志願した事で、このような体制になった。
アルカとキョウにとってアケミがいるのは心強いし、静香を心配する気持ちはよく分かるので特に問題ないようだが、ヴィクターは浮かない顔をしていた。
「見回りの中でも第三区画は危険度が高い。さらに、いつもの範囲以外の捜索となる。いくら三人体制とはいえ、新人二人がいる状態で普通行うことはしない。つまるところ、二人が神意教と関係があることに勘づく者も出てくるだろう。その事は覚悟しておきなさい」
未だ神意教と深く関わった班員はいない。これまでずっと捜査妨害などを受けてきたから当然ではあるが、神意教の心証は悪い。その神意教と深い関わりのあるアルカとキョウの立場は危ういものだ。それを知られる可能性が高くなることを知っておかなければならない。
「アケミは二人が都市外移住者の村出身だと知っている。だが、神意教関連は知らない。少しずつでも信頼できる者達を味方につけろ」
「はい」
「分かったのなら下がってよい」
「失礼しました」
二人は班長室を後にし、自主練を終えて帰路に就く。
「明日からは第三区画の見回りだね」
「静香の手がかりがあるといいな」
「そうだね。でも、神意教の事はどうしよう」
「どうもこうも、どうせ後からバレるなら、最初からバラしちまえよ」
「む、キョウはそうやって難しい事ばっかり言う」
アルカは抗議の意味を込めて頬を膨らます。
そんな簡単に事が運ぶならその手段を採る。だが、アケミが神意教にどんな感情を持っているのか分からない。素直に話して話が拗れる可能性だって十分あるのだ。
そんなアルカの頬をツンツンと突くキョウは楽観的だ。
「それなら班長の前で言えば良くないか? 班長は差別しないし」
「それは……そうしようか」
アケミに悪感情があったとして、ヴィクターなら対処可能だろう。アケミは直情的なタイプでは無いので、冷静にヴィクターの言葉を聞くことが出来るはずだ。
翌日の見回り前にヴィクターにアケミに打ち明ける場を設けてもらう事にして、アルカとキョウは一日を終えた。
翌日、朝一は岳に報告書のまとめ方を習いながら過ごし、十時前に班長室に向かうと、室内にはアケミが既にいた。少しやつれて見えるのは気のせいではないと思う。
最初に口を開いたのはヴィクターだった。
「アケミ、本日からアルカとキョウの二名と共に第三区画の見回りに参加してもらう」
「それは分かっています。ですが、何故、呼ばれたのでしょう?」
「それをこれから二人が説明する。それを聞いた上で判断してほしい」
アケミは疑問無を浮かべながらアルカとキョウを見て、ヴィクターは、前座は整えたぞ、というアイコンタクトを送ってくる。
「アケミさん。私達、実は神意教なんです」
「……へ? え? どういうこと?」
アケミにしては珍しく、目に見えて混乱している。そんな様子のアケミに、アルカとキョウは金の刻印を取り出して見せた。
「アケミさんは知らないと思いますが、これは神意教のごく一部の人間しか持つことが出来ない物です。第三区画でもし神意教と何かあっても、恐らく私達なら問題になりません」
「……そう。だから二人が第三区画の見回りに選ばれたのね」
アケミは突然のカミングアウトに愕然としながらも、アルカの言葉をよく聞いていた。
そして、数瞬の間をおいてからアケミは納得したように肩の力を抜いた。
「はい。もし、アケミさんが神意教の人間を信用できないなら、断ってくださって構いません。神意教の評判が悪いことは知っていますから」
「わたしを甘く見ないで頂戴。神意教に思うところはあるけれど、アルカとキョウをこの目で見てきたわ。神意教だからどうしたっていうのよ。わたしは二人を信じるわ」
「はい!」
アルカとキョウの懸念を吹き飛ばすようなアケミの言い分に、思わず二人は笑顔になってしまう。アケミという人物は信頼できる、と改めて感じるのだった。
「アケミ、二人が神意教というのは箝口令を敷いている」
「進化種に知られたら面倒になりますから」
「分かっているなら良い。アルカ、問題が無くなったのなら見回りに向かいなさい。現状で第三区画を自由に動けるのは君達だけだ。時間が惜しい」
「わかりました。あと、ありがとうございます。行ってきます」
この場を作ってくれて、何かと気を回してくれたのだ。感謝してもしきれない。その気持ちがわずかでも伝われば良いと思い、感謝の言葉を伝えてから見回りへ向かった。
「それにしても驚いたわ。二人がアレだなんて」
「育ててくれた人がそうだったんです」
「そうなの。でも、静香を見つける機会をくれたんだもの。第三区画では二人の力を借りるわ」
「必ず静香さんを見つけ出しましょう」
「ええ」
一応、神意教の事を伏せて話しながら第三区画に向かった。そして、堂々と脇道に逸れる。目的地に行くにはもっと簡単な道があるが、少しでも見回りでの情報が欲しいので、敢えて違う道に入る。
「初めて来たけれど、本当に都市内部とは思えないわね」
「そうか? 都市外じゃ、これでもマシだぜ?」
「二人の強さの秘密を見た気がするわ」
アケミは興味深そうに周囲を観察しながら会話をする。その目に映っているのはボロボロで壁に穴の開いたような家屋の数々か、それともつぎはぎの服を着た人間か。その両方かもしれない。
「気を付けなさい。殺気が至る所から出ているわ」
「ここの人間なんてそんなもんだろ。気にしてたら日が暮れるぜ?」
「……常識が違うって昔聞いたわね。忘れていたわ」
アルカとキョウにとって、ここの殺気など取るに足らないものだ。何せ、これ以上の殺気を常に浴びて生きていたのだから。こそこそと物陰から覗く視線に恐怖などしない。
「そう言えば、わたし達は何処に向かっているのかしら?」
「神意教の教会です」
「え? それって大丈夫なの?」
流石のアケミも気後れした様子だ。正面から機動隊と敵対する人間達の総本山に向かうのだから当然ともいえる。
「知り合いがいますし、ここで死神である私達が聞き込みをしても、誰も正直に答えてくれませんよ。金の刻印も、意味を知らない人が見たらただの飾りですから」
ここに住むすべての人が神意教の教徒ではないのだ。単に死神嫌いな只人だって沢山いる。無意味に金の刻印を振りかざしても労力に会わないのだ。
アルカ達の進む先に、第三区画に似つかない異彩を放つ巨大な建物が見えてきた。同時に、人通りがぐっと増えて、アルカ達を見る視線も比例して増加する。
「襲って来る様子はねぇな」
「前に襲われた時に顔を覚えられたのかもね。楽でいいよ」
「襲われたの!? 何で二人は呑気にしていられるのよ」
「え? ここはそんなものだから」
「そんなもので片付けていい話ではないわよ」
アケミの新鮮な反応を楽しみながら進んでいると、人だかりが割れて道が出来る。歩きやすいが悪目立ちするのでやめて欲しい、とアルカが思っていると、見覚えのある人がこちらに歩いてきた。
「タルディ神官」
「お久しぶりです、アルカさん、キョウさん。そちらの女性は初めましてですね。タルディと申します」
「ご丁寧にどうも。アケミと呼んでください」
「よろしくお願いします。立ち話も疲れるでしょう。部屋を準備させます」
タルディ神官は付き人に部屋を準備させるために走らせ、アルカ達と共にゆっくりと歩いて教会に入る。
アケミは教会内部の装飾を興味深そうに見回しながら、準備された部屋に招かれた。
「さて、機動隊のお三方がいらっしゃるのです。きっと穏便なお話ではないでしょう。話してくださいますか?」
流石は神意教の神官だ。見た目な初老のお爺さんだが、その眼光は鋭い。
話が早くて助かる、とアルカは思いつつ、静香の目撃情報がないか訊ねた。
「機動隊の女性、ですか。少なくとも、教会で教えを説く際に見たことはありませんし、周辺で死神を見たという話も聞きません。お力になれず、申し訳ありません」
「いえ、噂になっていないという情報だけでも来た甲斐がありました」
少なくとも、教会周辺と神意教の教徒が多い区画にはいない可能性が高い事が分かっただけでも満足だ。
「できれば神意教の教徒が多い区画を教えていただけませんか? 捜索範囲が小さくなるので」
「大まかなもので良ければお教えいたしましょう」
「ありがとうございます。それと、エドモント神官はいらっしゃいますか? お会いしたのですが」
「最近はとみに忙しいようで、今朝も早くから出かけたようです」
タルディ神官が言うなら、何をしているのかは分からないが本当にエドモント神官は忙しいのだろう。
静香の話も聞きたいし、アルカとキョウを施設に預けた人物の話も聞きたいが、それは後日に使用、とアルカが諦めかけたその時、この部屋に近づく気配を感じた。
その気配はこの部屋の前で止まり、扉が開く。そこには額から汗を流しているエドモント神官がいたのだった。




