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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
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86 泥中に沈む

「静香さんが、失踪……?」

「嘘だろ……?」

「嘘ではない。現在、強襲担当のメンバーが捜索をしている」


 龍造達が目撃情報を探しているが、監視カメラの映像から深夜に医務室から逃げ出している事が確認されているので、目撃者はほとんどいないと思われる。寮にも帰っておらず、静香が行きそうなところは捜査済みである。


「どうして……」

「アルカ」


 もしかして自分のせいで、と自責の念に駆られそうになったアルカに、ヴィクターは一喝した。


「君に責任は無い。これは静香自身の問題だ」

「でも……」

「もう一度言う。君に責任は無い。分かったな?」

「……はい」

「キョウ、アルカを支えろ」

「了解です」


 静香だけでなく、アルカまでもが精神的に不調になってもらっては困る。ヴィクターはアルカをずっと支えてきたキョウにメンタルケアを任せると、キョウは自信たっぷりに答えた。伊達にずっと一緒に生きていないらしい。


「岳は摘発のメンバーに戻すが、アルカは全体の指揮を執りなさい。岳は補助だ。何かわかれば連絡しよう。それまではやるべき事をしなさい」


 ヴィクターはそれで話を切り上げた。ヴィクター自身も忙しいようだ。


「アルカ、とりあえず仕事しようぜ? 悩んでたって、静香が早く見つかるわけでもないし、仕事も終わらねぇしよ」

「……そうだね」


 キョウの言葉は尤もで、素直に従う事にした。

 岳の補助を受けつつ作戦の立案や実行の計画書の書き方等を習い、許可を取る手順を学び、報告の練習をする。企業の摘発も同時に行い、資料の精査をし、戦闘訓練を目一杯行い、合間に自主練で復習をする。

 気が付けば数日が経過し、最後の資料を精査し終えた。


「これで最後です」

「やっとか……」

「やっとだ」

「俺達は自由だ―!」


 涙を流しながら、書類の山から生還を果たした事を祝う班員をよそに、アルカの表情は晴れない。

 何故なら、静香の情報は全くと言っていい程入ってこなかったからだ。ヴィクターの予想通り、深夜の出来事で目撃者が極端に少ない事が原因だ。第一防壁の門にいる隊員が、静香が第二区画に向かうところを目撃しているが、それっきり情報は無い。


「アルカ、難しい顔をしていますが、班長に終了の連絡をせねばなりませんよ」

「そうでした。連絡しておきます」


 アルカは情報端末を操作してヴィクターに一報を入れると、直ぐに班長室に来るように連絡が来た。


「岳さん、班長室で報告を受ける、とのことです」

「そうでしょうね。行きましょう」

「ほら、キョウも行くよ」

「アタシもかよ! いらねぇだろ!」


 キョウを引っ張って班長室に出向くと、眉間に皺が寄ったヴィクターが出迎えてくれた。


「班長、資料の精査、及び摘発が終わりました」

「ご苦労。メンバーは通常業務に戻るように伝えてくれ。静香の捜索は見回りと共に行うようにとも。それと、報告書をまとめて提出を、岳、二人に指導するように」

「わかりました」

「第三区画の治安が悪化しているとの情報もある。見回りの際は気を付けろ」


 仕事が回ってきたことに肩を落とすキョウをよそに、報告自体は簡素に終わった。岳は退出を許されたが、アルカとキョウは残るように言われる。


「班長」

「静香についてだ。少しでも情報がほしいのだろう?」


 アルカは目を瞬かせた。同時に疑惑の視線を向ける。

 静香の情報は今すぐにでも知りたいが、わざわざ岳を離席させる意味が掴めないのだ。何か裏があるのだろうか、と考えるのも無理はない。


「静香らしき人物が第三区画に向かったとの情報が入った」

「本当ですか!?」

「第二防壁の門に詰めている隊員からの証言だ。時刻は三日前の朝八時前。静香が失踪した当日の朝だ。人の往来が激しく、フードを目深に被っていたため、見間違いの可能性もある」


 第二防壁では検問などは特段行われていない。人の往来が多すぎて捌き切れないからだ。明らかに怪しい人相の人間には声掛けを行うが、基本は誰でも行き来が出来る。

 そんな中、何故その隊員が覚えていたかと言うと、静香らしき人物の格好が普通ではなかった。この時期にフード付きのロングコートなど、わざわざ第三区画に行くような身なりには見えず、かと言って第三区画から入ろうとする盗人のようなみずぼらしい見た目ではなかったので、よく覚えていたらしい。


「第三区画に死神……神意教でしょうか?」

「それはわからん。だが、第三区画に強い影響力を持つ神意教なら、何か知っているのではと思ったのだ」

「エドモント神官に連絡を取ってみます。それと、神意教の影響が濃いところでは私達が適任でしょう。第三区画の見回りを担当させてください」

「話が早くて結構。手配しよう。だが、気を付けろ。先ほども言ったが、第三区画の治安が悪化しているらしい。どこで神意教の過激派から妨害を受けるか分からない。加えて、ローブの人物が関わる組織の件もある。警戒を怠るな」


 注意事項をつらつらと言い終えたヴィクターから退出を促される。


「手掛かりはあったな」

「うん」


 確実なものではないが、静香に繋がる情報があったことは大収穫だ。

 必ず静香を戻すと決心したアルカの目に迷いは無かった。





 アルカが決心する数日前、静香が失踪したその日の出来事。

 第二区画にある場末の居酒屋に、とある男性がいた。一番奥のカウンターに座っているものの、下戸なのか酒を一切飲まず、つまみと水を交互に口に含み、時折情報端末を気にする様は待ち人でもいるのだろう。

 その男性―バルト・バルバロッサは目にかかった長いブロンドの髪を跳ね上げる。情報端末で時間を確認した後、乱暴につまみを口に放り込んだ。


「いきなり呼び出しやがってクソ尼が……。シトの命令じゃなきゃ、遊び倒してやるのによぉ」


 バルトは独り愚痴りながら、自身を呼び出したクソ尼の姿を夢想する。

 平均より背が高く凛とした佇まいでありながら、良く鍛えられたしなやかでハリのある四肢とくびれ、均衡のとれたプロポーションと後ろで一つにまとまられた深海色の長い髪。

 女性として最上級の身体を思う存分楽しめたらと思うと、シトの命令が憎らしくてたまらない。

 そんなことを考えていると、居酒屋の入り口が開いて新たな客がやって来る。

 新たな客は寂れた居酒屋には不釣り合いなほど美人で、まばらな客の視線が集中する。その客はバルトの姿を見つけると、他の客には目もくれず向かってきた。 


「急にお呼びだから何事かと思ったら、まずはその涙を拭きな」

「……ありがとう」


 バルトが差し出したハンカチを、静香は一瞬の空白と共に受け取った。静かに泣いている静香を放置し、バルトはホットミルクを注文する。これは静香の分だ。

 バルトと静香との出会いは偶然だった。いつものように都合のいい女を物色していたバルトが、居酒屋で酒に飲まれている静香を見つけたのだ。その見た目で決めたバルトが笑顔で声をかけると同時に、さり気なく静香に触れて特異技能を発動したが、失敗したところから話は始まった。

 耐抗された事に驚きつつも、素知らぬ顔で静香の話を聞くと、三班班員であることを知った。急いでシトに連絡を取ると、静香を利用することが決まったのだ。

 バルトが回想に浸れるほどに、やや時間が空いて届けられたホットミルクを静香の前において、バルトは優しく話しかけた。


「少しは落ち着いたか? これでも飲んで一息入れたらどうだい?」


 無言でホットミルクを一口飲んだ静香は、ゆっくりと口を開いた。


「……負けたんだ」

「前言っていた“アルカ”とかいう子にか?」

「……そうだ。私なんて歯牙にもかけなかった」


 悔しそうに唇を噛んで言葉を絞り出す静香に、バルトは内心で愉しそうに嗤う。

 とある筋から手に入れた情報では、アルカという子は抜きんでた才能に驕らず、厳しい訓練と自主練に明け暮れている狂人の類だ。こんなところでホットミルク片手に管を巻いている静香とは差が出て当然だ。

 勿論、そんな野暮な事は口にせずに、バルトは甘言を吹き込む。純粋な人間が堕ちていく様は、いつ見てもバルトの絶頂を促進させる。


「そのアルカを調べてみたが、かなりきな臭いぞ。」

「……そうなのか?」


 バルトのあまりにも嘘くさい言葉に、静香は疑惑の視線を向ける。その奥には、そうあってくれ、という暗い願望が混じっている。

 だからバルトはその願望を叶える。弱った人間はこれでコロッと堕ちるから。


「そうだ。班長のヴィクターから特別目をかけられているようだ」

「……確かに」


 思い当たる節があるのか、静香はしきりに首を縦に振っている。

 それを見ながらバルトは嗤う。それは静香の偏見が見せる幻想だと分かっているから。


「確証は無いが、ヴィクターがそれほど気にかける存在だ。何か深い関係があるに違いない。それにヴィクターは研究者だろう? 強くなる秘密を知っていてもおかしくはない」


 静香の目が見開かれた。厳格なヴィクターがそんな事をするわけが無いという思いと、アルカへの嫉妬心がせめぎあっている。

 バルトは殊更優しい声音で言葉を紡ぐ。嫉妬心をより大きくする方向で。


「アルカがその年で強いのはそのせいだ。でなければ説明がつかないだろう?」

「でも……班長には理由が……」

「ヴィクターだって人間さ。親の愛情は規則など簡単に破る」

「親の、愛情……?」

「そうだ。ヴィクター・オルトリッチは政治家の家系。公に子はいないが……もしかするかもしれないな」


 静香は愕然とした表情を見せる。そして、その目は暗く染まってゆく。

 堕ちたな、という確信を得たバルトは快感に身を委ねる。事実に嘘を適当に混ぜてでっち上げた話を簡単に信じる程、静香は精神的に弱っていたらしい。班員の名折れだ。


「卑怯なアルカに天罰を下したくないか?」

「……はい」

「ならいいところへ連れていってあげよう」

「強く、なれますか……?」

「なれるさ。優秀な科学者がいるんだ。必ず強くなれる。そして、アルカに天罰を下そう」


 クックック、と嗤いを押し殺しながらバルトは席を立つ。静香はゆらりと立ち上がり、バルトに付き従うように動いた。その目は憎しみを湛え、どこか虚ろだった。



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