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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
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85 向上心の陰

 アルカは突然始まった静香との戦いの最中、冷静に周囲を観察していた。

 小十郎とテツは見に徹するようだ。恐らく戦いが終わった後で叱れば良いという結論に至ったのだろう。普通ならそれで問題ないが、静香とは以前の摸擬戦のせいで因縁がある。静香はそれで精神的に傷付き、アルカに嫉妬していたと聞いている。


「何故だ。何故当たらない!」


 静香の直剣を最小限の動きで避ける。反撃はしない。

 アケミは静香が乗り越えるべき、と厳しい事を言っていたが、全然その様子はない。アケミは静香に対して過保護だったので、もしかしたら甘やかし過ぎているのかもしれない。

 乗り越えるのなら向かい合う必要がある。その為ならアルカも乗り越える壁として協力した。だが、これはあまりにも一方的で傷付く行為だ。それをアケミは分かっているのだろうか。心配になってくる。


「私如き、武器すら必要ないというのか!」


 静香が怒号を発する。

 そもそも摸擬戦ではないので、まともに応戦する義務など無い。躱し続けることも出来るが、アケミ達の見回りもあるし、アルカ達も戦闘訓練の時間が削られる。

 アルカは静香が一番傷付くことが分かっていたが、早いところこの戦いを終わらせる事を決意した。


「(あれ? 静香さんって、こんなに弱かったっけ?)」


 アルカは前回の静香との摸擬戦から強敵達と戦っている。ローブの人物、機工兵、シャルズ、豪などとの激戦を経て、尚且つ、ここ最近は戦闘訓練の質が飛躍的に向上している。

 だが、それを差し引いても、静香が弱く感じたのだ。動きの速さと技術が釣り合っておらず、力に振り回されているようなイメージだ。

 アルカは刀を構え、静香の直剣と打ち合う。案の定、アルカは力負けした。

バックステップで下がるが静香は追いすがる。その動きは早く、振り下ろされた直剣は力強い。アルカは魔力を多めに巡らせて鍔迫り合いに持ち込んだ。


「やっとやる気になったか」

「静香さん。ご自身がやっている事の意味を分かっていますか?」

「摸擬戦だ」

「違います。いきなり切りかかった上に止まる気配を見せません。これは殺人未遂ですよ。前回は謹慎処分で済みましたが、今回はそれで終わりません。だから止まって……」

「うるさい!」


 静香は大量に魔力を巡らせてアルカを弾き飛ばした。アルカは空中で受け身を取って、華麗に着地する。目線の先の静香は直剣を振り上げていた。

 アルカはそれだけで理解できた。特異技能を使うつもりだと。

 アルカは前回の摸擬戦を思い出す。あの時は一瞬静止した後、いきなりアルカの眼前に移動した。移動の前後で構えは変わらず。横や後ろに現れることも無かった。

 アルカは経験と勘を駆使して対策を取る。

 静香の動きが止まる寸前、右足を蹴り上げた。


「かはっ……」


 勢いの乗った右足が静香の鳩尾にめり込む。腹部が圧迫され、押し出された臓器が肺から空気を追い出した。

 それでもアルカは止まらない。

 空中に浮いた静香に峰打ちを叩き込んだ。肋骨の一本くらいは罅が入るかもしれないが、授業料だと思ってもらおう。

 峰打ちが直撃した静香の手から直剣が滑り落ちた。気絶した静香を支え、アルカは地面に寝かす。


「やりすぎです」

「ごめんなさい」

「……仕方ないだろう。同じ事をしたら、龍造さん達ならもっと酷いことになる」

「しかし、なんで静香はアルカを執拗に狙っていたんでしょうかねぇ」

「さあな。特異技能の対処を見るに、過去に一戦交えた事があるように見えたが、それが原因かもな」


 流石、ベテラン勢。この戦いだけでそこまで当ててくるか、とアルカは感心する。そこに、アケミが駆け寄ってきた。


「静香!」

「気絶しているだけです。医務室に連れていけば問題ないでしょう」

「じゃあ……」

「アケミは大智と共に見回りに出てください。リカルドは静香を医務室へ」


 アケミは反論しようとテツに顔を向けるが、テツに睨まれて渋々見回りに向かい、リカルドは静香を抱き上げて医務室に向かって訓練場を後にした。

 アケミ達の気配がなくなると、小十郎が口を開いた。


「……それで、何があったんだ?」

「それは……」


 個人的なものなので話すかどうか迷ったが、意を決して話すことにした。静香がアルカとの摸擬戦中に特異技能を使った事から今までの事を伝えると、小十郎とテツは揃って顔を顰めた。


「……班長の言う通りだな。嫉妬心は己の力でしか越えることが出来ない」

「静香も問題ですが、アケミにも非はありますね。アケミの過去を考えれば分からなくもないですが、心を鬼にすべきでしょう。忙しくなければ龍造さん達が適当ですが、今はタイミングが悪すぎます」


 ただでさえテロ組織の壊滅作業に忙しく、その上、静香の嫉妬の対象であるアルカの指導をしているのだ。どちらか片方が終わらない限り、静香を担当する暇は無い。


「それなら私達を外して静香さんを担当すればいいのでは?」

「……それが簡単だが、班長はしないだろう。自身の後継者探しに焦っているからな」

「そうなんですか?」

「……ああ。機動隊隊長はもう高齢で引退したがっている。後継者は副隊長である班長を指名しているが、班長は断り続けている」


 ヴィクターが機動隊隊長になると、三班班長は大護になる。それはいいのだが、現場を回せる現役世代がいなくなる事をヴィクターは危惧しているらしい。


「班長になれば、おいそれと現場に出ることは許させません。今の副班長が現場から離れると、まともに指揮を執る側の班員がいなくなるのです」

「皆さん十分に指揮を執れていると思うのですけど」

「簡単な指揮は執れます。ですが、戦略的な作戦を立案して指揮を執る力はありません」

「……長い事、班長の指示に従う事に慣れてしまっているからな。動く側の仕事は完璧にこなせるが、動かす側の仕事は苦手だ」


 元々は朱音が班長になるようにヴィクターは考えていた。大護の成長も目覚ましかったため、二人で次代を育てれば良いと思っていたところ、朱音が退役してしまったために計画が根本から崩れてしまったそうだ。


「朱音が退役後、新たに配属されたのが静香です。その次があなた方二人。指示されることに慣れていない三人の中、よく考えるのがアルカでした」

「買い被りです」

「……違う。アルカは良く考えている。班長の無茶振りをまともに対応しようとするのだからな」


 いきなり捜査しろだの、指揮を執れだの、報告会で話せだのをこなしているのだから、ヴィクターはアルカにかなり期待しているらしい。ついでにキョウにも多少期待をしているらしい。


「私達、新人ですよ?」

「実に育て甲斐のある新人、ですよ」

「……次代を担う人材育成と、一個人の嫉妬を天秤にかけた結果だ。諦めてがんばれ」

「とにかく、龍造さん達に静香を担当する暇は無く、担当を入れ替えるつもりもないのです。アケミに頑張ってもらいましょう」


 このことはヴィクターと大護にも報告することになり、そのまま戦闘訓練を再開するのだった。





「それで、我々が会議中に騒ぎを起こしたのだな?」

「班長。お言葉ですが、アルカは戦いを避けようとしていました。叱責を受けるのは静香とアケミでしょう」

「分かっている」


 テツの言葉を受けて、ヴィクターは眉間に皺を寄せて目頭を揉む。相当お疲れのようだ。

 静香をアルカから引き離し、アケミに近づかせないように伝えていたのに、それが意味を成さなかったのだから当然だ。


「静香が目を覚ましたらアケミも同席させて面談をする。アルカとキョウは見回りに出すかもしれない」

「……班長、アルカから聞いたが、静香は一向に快方に向かわないのだろう? 多少荒療治でもしなければ周囲が大変だ」

「精神面の不調はそう簡単には治らない。荒療治はかえって傷を広げる事に繋がる」

「……そういうものか……」


 小十郎とテツは引き下がったが、静香の抱える嫉妬心が理解出来ないのか、どこか釈然としない様子だ。


「アケミが静香を止めず、向き合う事をさせないのならばどうにかせねばなるまい。忙しい中、龍造とソウゴに頼むのは気が引けるが、仕方ない」


 静香に対する方針が決まったところで、班長室の扉が開いて大護が入ってくる。


「静香の容態ですが、内臓にダメージこそ入っているものの、骨折や内臓破裂等はありませんでした。医師の診断では、今日一日経過観察をして問題ないなら復帰可能だそうです」

「そうか。大事にならなくて良かった。……アルカが手加減したのか?」


 静香の容態を聞いて、大事にならずに済んだことにホッと胸をなでおろすアルカに、ヴィクターが質問を投げかけた。


「手加減は……しました」

「……もうそこまで差があるのか」


 末恐ろしいな、と呟くヴィクターに、アルカは少しの逡巡の後、静香と戦った感想を伝えた。

 速さと力が前回よりも上がっているのにも関わらず、技量だけがついていっていない事、雰囲気があまりにも変化していた事、アルカに敵意を向けていた事。


「何と言いますか、人が変わったように感じました。特に戦闘技術の違和感が強かったです」

「それぞれの違和感に理由を付けて返答も可能だが、そんなことは分かっているだろう。それでも伝えた理由は何だ、アルカ?」


 戦闘訓練の現象に伴う技量の劣化、魔力を巡らせることによる身体能力の向上、嫉妬の対象が目の前にいるからこそ雰囲気が変わり、敵意も宿る。アルカもそう思った。だが、シャルズの一件があるからこそ、アルカは違和感を拭いきれない。


「身体能力と技量のちぐはぐさが、シャルズが暴走する前に似ている気がするのです」

「何だと?」


 ヴィクターの視線が険しくなる。それが事実なら大問題だ。今すぐにでも捜査を開始しなければならない。それも身内のだ。


「実際に両者と戦ったアルカだからこその意見ですね。班長、嫌な予感がします。捜査すべきかと」

「身内に疑いを掛けたくないが、甘い事は言ってられんな。監視は岳が適任か」


 アルカの一言で、静香の監視が決定してしまった。だが、疑いを晴らすには潔白を証明すべきなのは、アルカも良く知っている。アルカも証拠品の弾丸の件で、知らず知らずのうちに嫌疑をかけられていたのだから。


「面倒事が次から次へと……。先ずは目の前の仕事を減らすことを優先だ。アルカ、摘発はどれくらいで終わる?」

「あと三日ほどでしょうか」

「岳が外れる事も視野に入れて、アルカが全体を仕切りなさい。岳には伝えておく」

「え!?」


 アルカに無茶振りが降りかかる。これも後継者育成の一環だろうか、と思いながら、かといって断れるような雰囲気でも無いので、受け入れるしかなさそうだ。


「テツ、強襲の方は?」

「今日で残っている組織はゼロです。摘発側の動き次第で変わりますが、それでも一、二件でしょう。行方不明者は増えるばかりで、誰一人見つかっていません。目撃情報を繋ぎ合わせると、どうやら第三区画で消息を絶ったようです」

「廃墟群の人攫いと同じ目的と考えられる。背後に死神がいると仮定し捜査を続行してくれ。それと、その背後の組織について分かったことは?」

「尋問した結果、やはりローブの人物が関わっていました。声や容姿を考えると、最低でも三人確認されています。ですが、それ以上の情報は出てきませんでした」


 尾行して正体を探ろうとした人もいたが、逆に脅されたり、尾行に使った人の死体を見せつけられた事もあったそうだ。結局、ローブの人物の正体や拠点もわからなかった。

 最終的に、アルカは岳の役目を引き継ぐことが決定し、静香には謹慎処分の代わりに追跡用ナイフを持たせて動向を監視し、岳が静香の知らないところでも監視することになった。

 その日は引継ぎなどで忙しく終わる。まさか翌日に大事件が発生するとは予想だにしなかった。


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