80 課題の合否
「では、アルカ。君の考えは?」
「相手の特異技能より多くの魔力を巡らせること、相手の集中力を切らせること、魔力を何処かに流すこと。この三つを考えました」
アルカの回答の後者二つは、相手の特異技能に影響を与えられた後の、対処療法的な考えだ。
特異技能は魔力を使う必要があるので、魔力を扱う集中力を切れば、特異技能の影響も消えるのではないか、という考えだ。
もう一つは、特異技能が自身の魔力に影響を与えていると考えて、その影響された魔力を外部に放出することで、影響を軽減できないか、という考えである。
ヴィクターは頷いて、それぞれの案について解説する。
「一つ目の案は正解だ。相手の使用魔力より多くの魔力を巡らせれば、影響を小さくできる」
ただし、余程魔力の差がない限りは影響をゼロに出来ない。多少は影響を受けるので、接触は最低限にすべきだ。そして、これは既に影響下にある状態でも、その影響を弱めることができるそうだ。
「この技術は、耐抗と呼ばれている。本来は、もう少し実戦に慣れてから覚えるものだが、二人なら問題なかろう。二人はこれから先、必要な技術だろうからな」
何故かローブの人物から、生かされているアルカとキョウは、その内必須になると、ヴィクターは予想している。その意見にはアルカも同意だ。
「二つ目の案は三角といったところだ。相手の特異技能次第で変わる」
特異技能は様々で、任意発動するタイプはアルカの案で対処が可能だ。対象に集中しなければ、効果が切れてしまうので、複数との戦闘には不向きだ。逆に、一対一で集中できる環境ならば、かなり手強いらしい。
対して、自動発動するタイプは触れたら完了なので、どうすることもできない。相手が解除するしか方法がない。しかし、代わりにこのタイプの特異技能は火力などが非常に低く、戦闘に直接関係しないものがほとんどだそうだ。
「私の特異技能は、任意発動するタイプだ。耐抗の練習も兼ねて、後で実演する。それで、三つ目の案だが、不正解だ。魔力に直接影響しているわけではない」
特異技能が影響するのは肉体の方で、魔力は関係ない。でなければ、只人に特異技能が効かないことになってしまう。実際は、ほんの少しの魔力で影響が出るので、アルカの考えは不正解ということになる。
「相手の魔力に直接影響する特異技能なら話は別だが、特殊すぎる。その場合は、その本人含めての対策をとる方が効果的だ」
ヴィクターの集計したデータでは、これまでに魔力に直接影響を与える特異技能は存在していないらしい。
「強いて言うなら、自身の魔力を他人に分ける特異技能が存在する。だが、影響を与えるのとは意味が違うと私は考えている」
ヴィクターの解説が終わり、アルカは正解と不正解が入り混じったことに、少しだけ肩を竦めた。
「そう気を落とすな。学問の進歩とは、幾多の不正解を積み重ね、その先の正解を導き出すことだ。正解だけのものなど、この世には存在しない」
そんなアルカの内心を察したのか、ヴィクターは言葉を重ねた。なまじ色々と経験しているヴィクターは、失敗の重要性を説く。興味が湧いたら思考の海に沈むこと以外は、良い指導者なのだ。
「では、耐抗の実演をしよう」
ヴィクターはそう言って、キョウに向けて握手するように手を差し出す。キョウは何も考えずに、その手を握った。
その途端、キョウが膝から崩れ落ちた。
「え? え!? ど、ど、どゆこと!? 助けてアルカ!」
両手をバタバタとさせて、アルカに助けを求めるキョウは、何だか滑稽に感じた。そんなことを考えながら、アルカはキョウの手を取って引っ張る。
「キョウ、真面目に立って」
「無理なんだって! 足が動かねぇんだよ!」
「魔力巡らせてみなよ」
アルカに抱き着くような形になったキョウは、未だ混乱していた。アルカはヴィクターの言っていた耐抗を試してみるように、キョウに促す。
「お、おぉ……。た、立てたぞ……!」
「突けば倒れそうだけど?」
「やめろって!」
足がぶるぶると震えながらも、何とか一人で立ち上がることができたキョウは、アルカの言葉を全力で拒否した。なぜなら、そんなことをさせたら、盛大に倒れる自信があったから。
「一度、相手の特異技能の影響をまともに受けると、このようになる。そのために耐抗は覚えなければならない。分かったか?」
「ハイ! 分かりました! だから、助けてください!」
キョウは悲鳴に近い声を上げる。これでキョウは必至になって耐抗を覚えるだろう。ヴィクターはキョウの扱い方を完璧にマスターしつつある。
そんなヴィクターはキョウのその必死な様子を見てから、特異技能を解除した。何の前触れも無くキョウの足の震えが止まる。
「とまった……。アタシは自由だーっ!」
アルカに抱き着いたキョウは、がくがくとアルカの肩を揺らす。余程、いきなり立てなくなるという事態が堪えたようだ。
「では、キョウ。次は耐抗をしてみなさい」
「えっ……」
再びヴィクターは手を差し出す。その手を恐る恐るとったキョウの表情は硬い。
「先ほどと比べてどうだ?」
「……普通に動けます!」
キョウはピョンピョンと跳ねる。その動きはいつもと変わらない。
「私が特異技能で使った魔力は同じだ。耐抗が有るか無いかでここまで違う」
「絶対に覚えます」
「相手との接触タイミング、そして、相手の使う魔力量を予想する必要がある。二人ならできると信じているぞ」
アルカとキョウは元気よく返事をした。これからの戦闘訓練が、より一層厳しくなりそうだ。
「次は私と大護の特異技能を見せよう。と言っても予想はついていると思うが。私は先ほども見せた通り“弱体化”と、“強化”もできる」
そう言ってヴィクターは、三度キョウと握手をする。
「おー、すげー」
キョウはコンテナを頭の上に持ち上げながら、感嘆の声を漏らす。キョウ曰く、通常程度の魔力しか巡らせていないのに、軽々とコンテナを持ち上げることができているらしい。
「このように他人にも付与できるし、勿論、自分にも付与することが可能だ。その場合は、効率の良い魔力の巡らせになるだけだ。他人に強化を付与すると、その者の特異技能も強化できる。派手さは無いが、使い勝手は良い技能だ」
身体全体を弱体化することもできるし、キョウの時みたいに、身体の一部分だけ弱体化や強化を付与することができる。戦いの最中に、身体の部位によって弱体化や強化を付与すると、慣れていない相手は制御に手一杯になるそうだ。
「班長の特異技能はとても素晴らしいものです。自身だけでなく他人にも影響を与えることができ、短時間での超強化、長時間での効率の良い強化など、戦局に左右されず使うことができます。さらに……」
「大護、御託はいい。お前の特異技能を話せ」
ヴィクターに対しての褒め言葉が堰を切ったように溢れ出した大護を制し、ヴィクターは早く話すように命令する。心底残念そうな顔をしながらも、大護は渋々、その命令に従った。
「私の特異技能は“消音”と“造音”。消音については体験済みでしたね」
「はい。廃墟群で」
「なら説明だけでいいでしょう。“消音”は文字通り私を中心に無音の空間を作り出します」
アルカは廃墟群での出来事を思い出す。本当に何も聞こえず、静か過ぎて耳鳴りが痛かったほどだ。戦闘でいきなり音が消えたら、まず間違いなく混乱する。それに加えて、戦闘において聴覚は視覚に次いで重要だ。その片方を潰せるのだから、かなり強い特異技能のように感じる。
「“造音”はその名の通り、私が好き勝手に音を作り出せます」
アルカとキョウは驚いて後ろを振り向いた。その声は後ろから聞こえたのだが、誰もいなかった。
顔を合わせる二人に、今度はそれぞれの背後からヴィクターの声が聞こえる。
「このように私の声だけでなく、他人の声も再現可能です」
声はヴィクターなのに、口調は大護で、しかも声の聞こえる方向には誰もいない、という不気味な現象に、アルカとキョウは一歩引いた。
と、今度は声ではなく、色々な音が聞こえてくる。資料を捲る音や、椅子を引く音、鳥のさえずり、魔力自動車の動作音など、本当に様々だ。
「音ならば、ほぼ全て再現可能です。ただし、鼓膜を破るような大音量は再現不可能です。自分から遠すぎても無理ですね」
今度は広いホールで話しているような、全体に響く声で大護の声が聞こえた。
そして、丁度アルカはヴィクターの話を思い出す。確かにすごい特異技能だが、今みたいな感じで班員に話しかけたりしていたのだろう。苦情が来るのも納得だ。
「このように、私の特異技能は戦闘向きではありません。ですが、工夫次第で面白くなります。二人も使いこなすことを目標にしてくださいね」
その言葉は普通に大護の口から発せられた。
やっていることは変人だが、工夫をすべきという大護の言葉には賛成だ。アルカもどうにか工夫して、使い勝手を良くしていこうと思う。
「これで特異技能に関する話は終わりだが、質問は?」
「大丈夫です」
「アタシもです」
「よろしい。質問や疑問は受け付ける。その時は、すぐにとはいかないだろうが、時間を取って教えるつもりだ」
大体の質問はどの班員でも答えることができるので、私に限らず質問してみると良い。個人の工夫なども参考になるだろう、とヴィクターは言った。
そして、訓練場の片付けをした後、本部に戻ろうとしたその時、再びの乱入者が現れた。
「おい、ヴィクター。戦うのならオレを呼べよ。連れねぇヤツだなぁ」
そこには優に二メートルを越える、獰猛な笑顔の最強がいた。一班班長、不破 豪、その人である。




