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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
78/122

77 親友

 ヴィクターに連絡を入れると、昼食後にヴィクターが技術開発局にやってきて、局長に報告することを告げられた。

 了解の返事をして、アルカは通信を切った。


「寂しくなるねぇ」


 そう言う志織は本当に寂しそうだ。製作期間中、ずっと一緒に過ごし、とても賑やかだった。そのことを思い出しているのだろう。

 その雰囲気に飲まれ、アルカも段々と寂寥感が大きくなってくる。アルカはキョウと一緒にいるが、志織は一人なのだ。その気持ちもひとしおだろう。

 そんな二人をガシッと捕まえたキョウは、いつも通りのニッとした笑顔をする。


「別に死に別れじゃねぇんだ。アタシ達も志織もトウキョウにいるんだろ? 何時でも会えるじゃん」


 キョウの言う通りだ。この期間が特別だっただけで、普通の友人なら当たり前のことだ。


「そうだね。都合が会えばご飯も一緒に食べれるし」

「前向きだねぇ。でも、その通りか。キョウもたまにはいいこと言うんだね」

「こういう時のキョウは大体いい事言うんです」

「ほう? そうなのかい?」


 志織が興味津々と言った顔でアルカを見る。

 アルカがトラウマを克服する前、ずっとアルカを守ってきてくれたのだ。アルカの心の機微に、誰よりも鋭敏に反応して空気を破壊する。器用で不器用な、大切な親友だ。

 そんな、自分の褒められる話の空気を敏感に感じ取ったキョウは、全力でその力を使う。


「ストップ! アタシの話はアタシの居ないところでしてくれ!」

「そうなると、キョウが一緒にご飯食べれなくなっちゃうよ?」

「それは駄目!」

「じゃあ、どうするんだい?」

「アタシの話をしなければいい」


 キョウは自分の聞こえる範囲で褒められることが余程お気に召さないようで、強引に話を変えた。


「ほら、ご飯行くぞ。こんなところでめそめそするより、飯食った方が絶対楽しい」

「ははっ、自明の理だね」


 キョウに手を引っ張られ、三人は第二区画に向かった。初日に昼食を食べた店に入る。


「ここが一番おいしかったもんね」

「これを偶然じゃなく引き当てるキョウの嗅覚に脱帽だよ」

「すごいだろ」

「うん、凄い凄い」


 料理を注文し、他愛もない話をしながら食べる。たったそれだけが、とても楽しく感じた。


「これも今日で最後か。寂しくなるねぇ」

「そうですね」

「またその話すんのかよ。最後が嫌なら次決めようぜ」


 あのキョウが呆れたような声を出し、最高の解決案を出す。


「キョウって実は頭いい?」

「ご飯が賭かっているからです」


 まさかキョウから解決案が出るとは思っていなかった志織は、感心したような声を出す。そして、案の定キョウらしい理由を聞いて、ははっ、と笑った。


「それもそうだ。二人は次の休日はいつだい? ご飯でも行こうか」

「行く行く」

「次の休みはまだ分からないですよ?」


 何なら十日も出勤しているようなものであり、ある意味では十日も休んでいるようなものだ。ヴィクターの判断次第で変わるので、予想がつかない。

 ご飯と聞いて安請け合いしたキョウを窘めつつ、アルカは冷静に事実を伝えた。


「先生なら普通は休みをって言いそうだけど、あの資料の量を見るに、二人の戦闘を見てからじゃないかなぁ」


 一般人の目があるところなので、特異技能の事を伏せて志織は伝える。アルカ達よりもヴィクターとの付き合いが長い志織の意見なら、その可能性が高そうだ。


「では、その後の休日でどうでしょう?」

「わたしはいいよ。いつも暇だし。見回りの途中でも、呼んでくれれば行くよ。近くならね」

「おう!」

「キョウは見回りをしっかりしようね?」

「おう……」


 三人は席を立って店を出た。第一区画への道を歩きながら、志織は口を開いた。


「あーあ、二人が来なくなると憂鬱だ。研究もできないし」


 魔力変化の負担軽減法を考えていた志織は生き生きとしていたことを思い出し、アルカは苦笑いを浮かべる。


「志織さんは研究大好きですもんね」

「それはそうさ。わたしの生きがいだよ? それができないのは拷問と一緒」


 盛大にため息を吐く志織の顔には、大きく“つまらない”と書いてある。


「ま、アルカが権力でわたしに研究をさせてくれるその日を、首を長くして待っているよ」


 冗談めかした口調のわりに、その目は期待に輝いていた。アルカも、頑張らないと、と気を引き締める。

 そんな話をしているうちに、三十二研究室に戻る。専用武装をまとめ、ゴミや忘れ物が無いように確認していると、ヴィクターがやって来た。


「想定より早かったが、無理をしていないだろうな?」

「していませんよ。志織さんと新しい負担軽減の方法を考えて実践しただけです」

「ほう? それは気になるな」


 研究者魂に火がついたヴィクターは、前のめり気味になりながらアルカに近づく。眉間に皺が寄っているヴィクターは、一見すると機嫌が悪そうにも見える。

 傍から見れば、怖い顔をした背の高い男性が少女に詰め寄るという、危ない風景に見えること間違いない。


「先生、それは後日でいいのではないですか? 調おばあちゃんに会うのでしょう?」


 志織はそんな様子に笑いをこらえながら、ヴィクターをアルカから引き離す。


「そうだったな。二人の特異技能を見せてもらう時にでも話を聞こう。局長室に行くぞ」


 そう言ってヴィクターは踵を返す。その後に続き、三人は局長室に向かった。


「失礼する」

「おやぁ、アンタが来るのは明日じゃないのかい?」

「予想以上に専用武装の作成が早く終わった」

「ほぅ、アンタが目をかけるだけのことはある」


 そんなやり取りから始まり、調が取り出した書類にヴィクターとアルカ、キョウがそれぞれサインをした。


「これでこの仕事は終いさね。お疲れさん、アルカ、キョウ。そして志織」


 調の労いの言葉に一番驚いたのは志織だ。何度か目を瞬かせてから口を開いた。


「二人の依頼はわたしに回してよ」

「おやぁ、何故だい?」

「親友の仕事くらいはやりたいからさ」

「……親友ねぇ」


 何かを疑うような調の視線が、アルカとキョウを舐め回すように注がれる。その眼光は鋭く、表現できない何かがあった。

 だが、アルカとキョウは怯まなかった。


「私は志織さんが仕事をして下さるのなら、安心できます」

「アタシもだ。親友だからな」


 調の目を真っ直ぐ見返す視線に、調の方がたじろぐ。


「不思議なもんだねぇ。死神と只人が親友ってのは」


 しみじみと呟くような言葉は、返答を求めたものではなかった。

 すぐに調は姿勢を正し、ヴィクター顔を向ける。


「機工兵については先日伝えた通りさね。塗料の方は、素材が分かり次第、連絡を入れるよ」

「それで頼む」

「あと、仕事を放棄した馬鹿共の処遇は、局長の役職を引き継いでもらう方向でまとめているさね」

「それは……」


 処罰が実質的な昇格では、あまりに虫が良すぎるのではないか、とアルカは口を開こうとした。だが、それを予想していたように、志織がアルカの口に指をあてた。


「あいつ等にとって研究は全てだからね。それができなくなるのは言い気味さ。地位を持つのは腹立たしいけど」

「それは問題ない。彼等が得るのは局長の肩書と仕事だけだ。それに伴う権力は削いだ」

「それはいいですね」


 局員にとって研究することこそが至上の命題で、それができなくなる事こそが、一番の罰になるそうだ。しかも、仕事は増えるのに権力ない。

 とても満足そうに頷く志織を見て、アルカも納得する。


「こちらからの要件は以上だ」

「こっちも用はないさね」

「では、失礼させてもらう。戻るぞ、アルカ、キョウ。くれぐれも専用武装を忘れるなよ」


 ここに来る前に確認済みなので、そこに抜かりはない。それでも、最終チェックとしてアルカは専用武装の確認をした。ついでにキョウの分もだ。


「問題ないです」

「よろしい」

「それでは、失礼させていただきます」

「じゃあね、アルカ、キョウ」

「はい、また近いうちに、志織さん」

「おう、飯行こうぜ、志織」


 志織との別れの挨拶をしてから、ヴィクターを先頭にアルカとキョウは機動隊本部に戻る。志織は調と話をするそうなので、居残りだ。


 技術開発局を出ると、おもむろにヴィクターが口を開いた。


「志織と随分仲良くなったようだな」

「はい。親友です」

「そうか。……これからも志織と仲良くしてほしい」


 少し間をおいて、そう言ったヴィクターの目には憂慮が含まれていた。


「当然です。でも、班長はそこまで志織さんを心配するのですか?」

「……志織は天才だった。飛び級で学校を卒業したために友人がいない。そして居るはあそこだ。友人になる人間がいる環境ではない。私も似たような境遇で育ったが、友人に恵まれた。志織にも信じられる友人がいれば、人生は楽しいということを知ってほしいのだ」


 一瞬ためらったヴィクターだったが、その理由を話した。実体験から来るその感情は、間違いなく志織を心配するものだった。

 だからこそ、その心配を払拭するように、アルカとキョウは声を揃えてこう言った。


「志織さんは親友です。どんな時だって手を伸ばしますよ」

「フッ、それは心強い」


 珍しくヴィクターが笑い、気がつけば本部が目の前に近づいていた。



― 



 時は少し捲き戻る。

 志織は局長室を去っていく尊敬できる大人と親友たちの後姿を見送った。そして、調に向き合う。


「それで? 話って何?」


 志織としては、仕事も研究もなく、あの二人がいないここにいる意味がない。さっさと帰って、二人と次に会う計画を練った方が有意義だ。


「志織、死神と只人が友人にはなれないんだよ」

「親友だから。それに、あの二人は特別」


 他の局員から志織と二人の話を聞いているのだろう。そして、調自身の経験論を重ね合わせた結果が、先の言葉だ。

 調自身の経験論だと、その結論になるのは分かる。ここに居れば、その考えに行きつくのも当然だ。

 だが、志織からしてみれば“浅すぎる”結論に、辟易せざる負えない。この程度の結論しか出せない人物が技術開発局随一の研究者とは、何とも笑えない冗談だ。


「あの二人は確かに異質さ。でもね、打算も無しに只人に近づく死神なんていないさね」

「それは、調おばあちゃんの常識でしょう?」


 古くて狭窄的な常識だ。世界の歴史を見れば、常識なんて幾度も覆って来た。それも、一部の権力者の常識なんて、国が亡びるたびに崩れてきたのだから。


「アタしゃ忠告してんだよ。志織が傷付かないように……」

「調おばあちゃんがしてるのは、死神が傷付かない方法でしょ? 只人のわたしには当てはまらないよ」


 言伝でしかあの二人を知らない調と、たった十日とはいえ、ずっと接してきた志織では、その情報量が違い過ぎる。あの二人は、調が思っている以上に異質だ。

 技術開発局で異質な存在である志織と、死神として異質な二人、それらを“常識”で図ろうとは、思い違いも甚だしい。


「まさか、そんな下らない事のために、わたしを呼んだの?」

「くだらないとは何さね!」

「事実だよ」


 親友の見送りという、滅多にない機会を潰された志織は機嫌が悪い。これ以上いても、不毛な議論、もとい意見の押し付けを貰うので、志織は撤退することに決めた。


「待ちな!」

「待たない。嫌なら捕まえれば?」


 特権でも、物理的でも、志織が勝てるすべはない。老婆であっても死神は強い。

 しかし、物理的に追いかけてくるようなことはなく、何か叫んでいる声も聞こえるが、既に二人との予定を考えることに思考を切り替えた志織には届かなかった。


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