76 専用武装完成
夢を語り合い、より一層仲を深めた三人が一息つきながらミルクティーを飲んでいると、三十二研究室の扉が開く。三人の視線が扉に集中すると同時に、ヴィクターが姿を現した。
ヴィクターは技術開発局にはあるはずのない飲み物の容器や、お菓子のゴミや室内の惨状を見てスッと目を細めるが、それ以上は言わなかった。
「進捗は? 問題ないか?」
「はい、先生。問題なく進んでいます」
「そうか」
ヴィクターは志織の報告に頷きを返すと、アルカとキョウに視線を向ける。
「体調は大丈夫そうだな」
「はい。班長の下さった資料に載っていた方法を試したら、負担が大きく軽減されました」
「その言い方だと、魔力を全力で流したな」
「すいません……」
「構わん。比較実験は重要だ」
その言い方が志織そっくりで、本当に志織とヴィクターは似た者同士の師弟関係だと伝わってくるようだ、とアルカは思う。
「それで、班長はどうしてここに?」
単なる体調確認ならば情報端末で事足りる。進捗状況にしても同じだ。ならば、他に理由があると考えて、アルカは疑問を呈した。
「いつまで経っても機工兵の報告がなされなくてな。催促をしに来てみれば、仕事を志織に押し付けた挙句、嫌がらせを受けていると聞いた。処分は未定だが、脅しはしておいた。当分は彼等も大人しくなるだろう」
機工兵の分析は機動隊から直接振られた仕事であり、各自の研究より優先して行わなければならない。それを無視していたのだから、かなり厳しい処分になるそうだ。
アルカとキョウは事情を知っていたので、自業自得としか思わない。だが、志織に対しての嫌がらせは処分にならないのだろうか、と思う。
「あのー、班長」
「どうした、キョウ」
「志織への嫌がらせはどうなるんですか?」
その質問に、ヴィクターは眉を寄せ、苦い表情をする。それだけで、理解できた。
「死神に特権がある以上、只人への嫌がらせ程度では処罰はできない。今回の処罰は、あくまで仕事の怠慢に対するものになる」
「そうですか……」
「気にしないでよ、二人とも。いつものことだし」
「でも……」
あっけらかんとしている志織は慣れているのだろう。しかし、アルカとキョウにとっては納得いかないものなのだ。
その二人の様子に、ヴィクターはため息をつく。
「そこまでにしておきなさい。中途半端に守ろうとすれば志織が目の敵にされる」
「そうそう。二人は友達だけど、それは、志織の、友達だから。只人が死神に優遇され過ぎると恨みを買うの」
二人と志織の関係は私的なもので、傍から見れば只人と死神でしかない。あまり表立って志織を守ろうとすると、かえって恨みを買うことになる。それも、死神だけでなく只人からも。そして、それはより立場が弱い志織に向けられることになる。
「四六時中守るくらいの事ができないのなら、これ以上踏み込んではならない」
それは物理的に難しい。アルカとキョウは班員と言えど新人で、見回りや派遣任務だってある。志織とずっと行動を共にするのは不可能に近い。
二人に説明されて、アルカとキョウは落ち込みながら、弱弱しく頷くしかできなかった。
「そう落ち込むな。表立ってできなくとも、陰で支えるくらいはできる。志織の友人と言うのなら、どんな時だって手を伸ばすくらいの気持ちでいれば良い」
「そうですね。友達として恥ずかしくないようにします」
「堅苦しいなぁ。たまには一緒にご飯に行くくらいさ」
「おう、いつでもいいぜ」
志織はアルカの肩にもたれ掛かりながら、アルカの頬をツンツンと突き、砕けた態度で接する。つられて笑うアルカごと、志織にハグをするキョウも笑っていた。
ヴィクターはその様子を、ただ黙って目を細めて見ていた。
幾ばくかの間をおいて、志織は口を開く。
「そうだった。機工兵の分析情報でしたね」
「分解できたのか?」
「二人の力技で」
「……そうか」
死神の中でも班員という、身体能力が只人の比ではない人間だからこその荒業だ。それが分かったので、ヴィクターは微妙な顔をする。研究者ならもっと慎重に物事を運ぶべきだ、とでも考えているのだろう。
「まだ全部分解していないですけど、現状分かっている事だけでいいなら、報告書にまとめます。夕方には提出できると思いますが、どうしましょう」
「それでいい。頼んだ。それと、機工兵の分析は当初の予定通り、彼等が行うことになる。仕事を奪うような真似をしてすまない」
「そうですか……。しょうがないですね。二人がいなくなったら分析ができなくなる可能性がありますから」
少しだけ肩を竦める志織だったが、落ち込んではなさそうだった。
「私は本部に戻るが、二人は課題を知っているな?」
「相手が影響を与える特異技能の際の対処法、ですね?」
「そうだ。しっかり資料は読んでいるようだな。そこに書いてある通り、二人の特異技能を見せてもらう時に回答を聞く。考えておくように。キョウは特にだ」
そう言い残してヴィクターは退出していった。
しっかりと釘を刺されたキョウは泣きそうだ。いつもアルカに会話は任せて黙っていることはお見通しだったようだ。
「頑張ろうね、キョウ」
折角、キョウに考える事をしてもらうチャンスなので、アルカは全力でヴィクターに協力するつもりだ。
「大変だねぇ、班員ってのは」
「それはそうですけど、三班の皆さんはいい人ばかりですし、充実していますよ」
こうして分かりやすく解説した資料を渡してきたり、分からなければ教え、考えさせ、経験させてくれたり、戦闘訓練は強くて戦い甲斐があったり、暇になることはない。
「それより志織さんはいいんですか? 仕事が無くなっちゃいましたけど」
「元々わたしの仕事じゃないし、仕事がないのはいつもだから問題ないよ」
「それはいいんですか?」
なまじ賢く、制限された知識を知っているため民間に出すわけにもいかず、かといって研究はさせてもらえないので、仕方なく技術開発局に籍を置いているだけらしい。
「わたしが仕事をしないんじゃなくて、させてもらえないのだからね。原因わたしにないのに非難される言われなないさ」
普段は仕事が一切ないので、そもそも技術開発局にいないそうだ。第二区画なりを出歩いていることも多い、と志織は話す。
「ま、わたしの話はどうでもいいさ。二人は資料を読んで、課題もしないといけないのだろう? 専用武装完成までに終わらせないと。うかうかしていると時間が足りなくなるよ」
「そうですね。キョウ、やるよ」
「はぁーぃ」
訓練生時代のキョウのテストを思い出したアルカは、姿勢を正して資料を開く。キョウを呼ぶと、気の抜けた返事と共に、キョウがアルカの隣に座った。
「わたしも暇つぶしに読もうかな」
「機密情報とか出てくるかもしれませんよ」
「先生はそこまで考えているよ。問題ないさ」
結局、三人は頭を突き合わせて資料を読みふける光景が広がったのであった。
―
十日後、アルカとキョウは三十二研究室にいた。もちろん志織もいる。
あれから毎日欠かさず、専用武装に魔力を流しては資料を読み、流しては読みを繰り返して今日に至る。朝一の作業で、進捗率が九十八パーセントに到達し、この昼前の作業で完成する見通しだ。
「キョウ、準備はいい?」
「ああ、いつでもいいぜ」
この十日ですっかりお馴染みとなったやり取りをしながら、キョウは半球体の金属に掌を添える。
「じゃあ、繰り上げて三から始めるよ。三……二……一……スタート」
身体に負担をかけないように、それでいて素早く魔力を流していく。志織指導の下、アルカと共に研究した方法は、ヴィクターから教えてもらった方法よりも、さらに負担が少ないものだ。
ゼロの状態からは緩やかに、目当ての量の直前までは急激に、直前から全力までは緩やかに。魔力を一定のペースで上げるよりもこちらの方が早く、そして負担も少ない。
「はい。もういいよ」
志織の声を合図に、キョウは魔力を流す量を減らしていく。そして、完全に流すのを止めてから専用武装の前に立った。
志織が操作パネルを操作すると、ウィィン……と静かな音を立てて透明な素材で作られた仕切りが開いた。
「手に取って魔力を流れがおかしくないか、確認しな」
「おう……」
キョウは万感の思いで、己の専用武装を手に取る。蛍光灯にかざすように検分した後、魔力を巡らせた。
「おぉ……。すげぇ……」
キョウの口から感嘆の声が零れた。今までの汎用武装とは、魔力の流れやすさが雲泥の違いだったからだ。
「そんなに違う?」
「すっげぇ違う。汎用なんて使えなくなる」
「そんなに?」
信じられない事を言うキョウだが、キョウはつまらない嘘を言う人間ではない事をアルカが一番良く知っている。
一体どれほど違うのか、そんなことを考えていると、志織に片を叩かれた。
「そんなにソワソワしなくても、作ればわかるよ」
「……ソワソワなんてしていません」
「その尻尾でそんなこと言うんだ? へぇー」
志織が指をさす先には、ぶんぶんと揺れているアルカの尻尾があった。
「は、早く作りましょう!」
「はいはい、そうしようねぇ」
「アッハッハッハ!」
恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向くアルカと、それを揶揄うような志織。そして、爆笑するキョウ。
「もー、私は準備完了ですっ! 何時でもいいですっ!」
「はーい、じゃあ、繰り上げて三から始めるよ。三……二……一……スタート」
アルカもキョウと同じように魔力を流す。キョウより滑らかな魔力量の変化に、操作パネルを見ていた志織は舌を巻く。同じ時間を過ごしたはずなのに、そこには明確な差があった。
「……はい、もういいよ」
アルカは滑らかに流す魔力を減らして止める。志織が操作パネルで仕切りを開ける。専用武装をそっと手に取ったアルカは重さや掴み心地を確認した後、魔力を巡らせる。
「あぁ、すごい」
キョウの言った通りだった。汎用武装と比べるのも烏滸がましいくらい、魔力を巡らせ易い。本当に自分の身体のように感じる。
「そんなに違うのかい?」
「はい。本当に違います。巡らせる魔力が数十分の一くらいになりました」
感覚的なことだが、汎用は魔力を纏わすイメージだった。自分ではない何かを魔力を包み込む、そんなイメージ。
対して、専用は魔力を巡らせるイメージ。自身の身体と同じように、専用武装全体を自由に巡らせることができる、そんなイメージだ。
「んー、何となく分かったような、分からないような……。魔力が無いと、得ることが無い感覚だろうね」
顎に手を当ててしばらく考えていた志織は、結局のところ考察を諦めた。
「ま、とりあえず完成おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
操作パネルを弄りながら言う志織の言葉に、アルカとキョウは素直に感謝の言葉を返した。
他にも作っていたナイフや警棒を回収し、志織が設備の電源を落とす。
「先生に連絡しときな。指示がくると思うから」
そう言った志織の表情は、少しだけ寂しそうだった。




