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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
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75 志織の研究

「ふー、食った食った」

「ははっ、言い食べっぷりだったね」

「あれだけ食べて、よく太らないよね」


 特に本日は見回りや戦闘訓練もしていないのだ。にもかかわらず、いつも通りアルカの数倍は食べるキョウの胃袋はどこかおかしい。しかも、太らないのは反則だとアルカは思う。


「しかし、キョウの嗅覚を見くびっていたよ。調おばあちゃんに高級料理は食べさせてもらったけど、それよりも美味しかった」

「どうだ、すごいだろ」

「ああ、すごい」


 腰に手を当てて得気な顔のキョウに、志織は素直な称賛を送る。実際、志織の記憶にあるどの料理よりも美味しく感じたのだから。

 そんな雑談に興じつつ、三十二研究室に到着する。帰り際にちゃっかりお菓子とミルクティーを買ったのはご愛敬だ。


「そう言えば志織さん。機工兵について何かわかりましたか?」


 雑談も一段落してミルクティーを飲みながらゆったりしている時の、何気ないアルカの一言が志織の研究魂に火を着けた。


「ああ、まだ全て解体できてないけど、それでも画期的な構造が幾つも見つかっている」


アルカとしては、製造元などの捜査に関連する事柄を聞いたつもりだった。だが、志織には違って聞こえたらしい。


「最初に驚いたのはその驚異的なパワーを維持するバッテリーだね。出力は機動隊が訓練で使う六号人型の百倍。そしてその出力に耐えうる内部フレームと球体関節。それにエネルギーロスを減らすために極限まで簡略化した全体設計。それによりパワーだけなら実に三百倍に跳ね上がる。加えて……」


 すらすらと志織の口から矢継ぎ早に出てくる言葉に、アルカとキョウは止める隙を失う。最初の方はアルカでも理解できたが、段々と専門用語が出てきた時点で解読を諦めた。キョウは目を回している。


「……関節部に電磁コーティングをすることで摩擦を減らし、よりスムーズな稼働を可能に……」

「志織さん!」

「……何だい? ここからが面白いのに」


 アルカは大声で名前を呼ぶことで、志織の口撃を食い止める。志織は不服そうな顔をしているが、キョウの頭が爆発しそうなのだ。止まってほしい。


「専門的なことは私達には分からないです」

「……あぁ、そうだった」

「私が聞いたのは機工兵の製造元とかの捜査に関することです」

「なんだ。そっちか」

「すいません。話を折るようなことをして」

「いや、わたしも勘違いしてしまったようだ。これは先生にすべき話だね」


 アルカの質問の意図を理解して、改めて志織は口を開いた。


「今のところ製造元などはどのパーツにも書いてないね」

「そうですか……」

「諦めが早すぎるよ、アルカ」


 肩を落とすアルカに、志織は分かっている事を告げる。


「使われていたパーツはどれも高品質の金属。国内でもそれだけの品質を作れる製鉄所は限られている」

「それなら金属を取引している工場を調べて、パーツを作った痕跡を調べれば……」

「注文した人、ないし組織が分かるね」


 捜査の道筋が見えてきて、アルカの声も自然と明るくなる。


「少なくともそこいらで売っている物ではないパーツも多いから、意外と楽に進むんじゃないか?」


 アルカは今すぐにでも捜査を開始したい気持ちを押さえる。しかし、それは周囲には伝わっていたようだ。


「アルカ、まずは専用武装を完成させようぜ」

「キョウの言う通りだね。それに、これは先生にも伝えておくよ。アルカだけがしなければならない仕事でもないんだろう? なら他人に任せてしまいな」

「……そうですね。そうします」


 二人の言う通りだ、とアルカは納得する。何のために三班に居るのか。これはアルカだけの仕事ではないのだ。まずは専用武装を作り、戦術と戦略を学び、自身の特異技能の特性を知ることをしなければならない。


「後、これは三機ともに言えるんだけど、どこを探しても集積回路……つまりは機工兵にとっての脳みそがないんだ。聞いた話だと、班員と正面から戦えるくらい強くて、しかも学習する気配があったんだって? それならば、無いはずがないのだけど、不思議だね」


 その言葉に、アルカはハッとする。機工兵三機にはアルカ達が付けていない切った後があった、と報告があった。もしかすると、それをローブの人物が回収していたのかもしれない。

 そのことを伝えると、志織は眉をひそめた。


「そうなると、相手の目的はデータ収集か……。二人とも、気を付けな。次に機工兵と会うなら、動きを解析されている可能性が高い。機工兵は班員の動きをするし、同じ動きは読まれる」


 うっ、と声を詰まらせるアルカとは対照的に、キョウは不敵に笑っていた。


「つまり敵が強くなるんだろ? 上等じゃん。今度は完全に破壊してやる」

「……キョウは強いな」

「それほどでも」


 目を瞬きながら言う志織の言葉に、キョウは胸を張る。たぶん褒めているわけではないだろうが、それを指摘するアルカではなかった。


「機工兵でわかった事は他にありますか?」

「ないね。塗料や潤滑油は成分分析しないといけないから、時間がかかる。バラし終わってないからまた何かあったら教えるよ」

「はい、お願いします」


 志織の申し出をありがたく受けて、機工兵の話は終わる。

 そこに、志織の研究に興味が出たキョウが質問をしだした。


「なぁなぁ。志織ってどんな研究してんの? 強くなる方法とかない?」

「わたしは死神じゃないからねぇ。魔力の研究はできないし、フィジカル方面はからっきしだ」

「なーんだ。残念」


 はぁ、と盛大にため息を吐くキョウに、研究者のプライドを刺激されたのか、志織はムッとして口を開く。


「わたしは不死者と死神の研究をしているんだよ? 相手を知ることは強くなることにならないかい?」


 その言葉に興味をそそられたキョウは志織を見つめる。早くもキョウの扱い方を熟知し始めた志織は、得意気に口を開いた。


「まず不死者だが、二人は戦ったことがあるかい?」

「ある」

「……少しだけ」


 廃墟群で少し相手をしただけだ。それも大護とアケミが居る中で。相手が助ける事の出来なかったひとだったので、アルカの声は少し小さくなる。

 しかし、アルカの様子を気に留めることなく志織は話し出す。


「ならその時不思議に思ったことはないかい? 何故、不死者は服を着ているのか。何故、服はボロボロになっていないのかって」

「……そういうもんだろ」

「それが違うのさ。不死者は身体を失っても、即座に再生することは知っているな? それが着ている服にも適応されるのさ」

「え?」

「只人が死んだとき、正確には不死者になった瞬間に着ている服や手に持っている物は不死者の肉体と同化する。武器を持った不死者は武器を失うことはない。再生するからね」


 衝撃の事実である。二人は唖然として固まるほかない。


「だから不死者を殺した時に、服まで灰となって消え去るんだ」


 不死者の知らない生態を目の当たりにし、目を真ん丸にする二人を見て、志織の口は止まらなくなる。


「次に死神だが、二人は魔力とは何か知っているかい?」

「え? いや、知りません」

「わたしもさ」

「へ?」

「わたしだけじゃない。調おばあちゃんも先生もここの局員の誰も知らない」


 アルカは志織の言っている言葉の意味が分からなくなってきた。確かに普段から魔力と言って使っているが、それが何かは分からない。


「魔力の語源は、摩訶不思議な力。それを略して摩力。それがいつの間にか魔力と呼ぶようになったのさ」


 昔から空想の世界に存在した魔力。そして今までの世界では観測できなかった摩力。共通しているのは“分からない”という事実だ。それが混ざった結果、昔から使われていた、魔力という言葉になった、というのが志織の見解だ。


「死神は魔力を生み出すし、自在に使える。そして使い過ぎると、二人みたいに体調が悪くなる。それでも使うと気絶する。不思議だよね。わたしは魔力なんてないけど普通に生きていられるのに」


 そう考えると、余りに不自然だ。死神が別の生き物みたいにも感じてくる。進化種のような偏った思想が蔓延るのも、このようなことが原因の一つだろう。只人よりも強く、長生きで、魔力を扱えて、不死者を殺せる。勘違いする人間も出てくるはずだ。


「でも、死神から只人も生まれるし。只人から死神も生まれる。それは事実なんだ」


 死神同士の子供が只人なんて普通にある事であり、逆に只人同士から死神の子供が生まれることも普通だ。


「どうだい? 不思議だろう?」

「不思議ですね」

「ああ、不思議だ」


 最早、それ以外の言葉が出てこない。二人は志織に同意する。


「わたしはね、それを知りたい。この世界の、誰も知らない真実に、一番早く到達したい」


 志織の心からの言葉だったのだろう。籠った熱量が、物理的な熱さを伴って伝わってくるようだ。


「でも、無理だろうね」

「何故です?」

「既得権益が邪魔をするのさ」


 不死者を研究して、もし魔力が無くても殺せるようなれば、死神の立場が大きく揺れる。特権が無くなり、迫害されることは、これまでの行いを考えても想像は容易い。機動隊が必要無くなれば、それに守られてきた政治家にも危険が及ぶので、許可は下りない。

 死神の研究も同じだ。魔力を生み出す方法が発見されれば、死神の立場が危うい。逆に誰もが死神になれるようになれば、特権を行使する相手が居なくなる。全員が同じ特権を持つからだ。そしてこれも、政治家が許すわけがない。反政府側の死神が増えれば、彼等の命が危険にさらされるのだ。

 様々な柵で研究不能となっている。そして、それを覆す力は志織にはない。志織の夢は叶うことはないのだ。すべてを諦めたようなため息をつく志織だったが、空気を読まない人間が居る事を失念していた。


「アタシは応援するぜ、志織」

「私もです」


 最初は二人の言葉の意味を理解できないように目を瞬く志織だったが、少しの間をおいてその相貌を崩した。


「……ははっ。こんな馬鹿みたいな夢を応援されたのは初めてだ」


 目を潤ませながら嬉しそうに笑う志織に、アルカも笑顔で応える。キョウもニッと笑っている。


「志織だけ夢を言うのは不公平だからな。アタシ達も言おうぜ」


 そう言ったキョウは、アルカの返事を待たずに堂々と夢を口にする。


「アタシは強くなるのが夢だ!」

「強くってどのくらい?」

「誰にも負けないくらい!」

「キョウならできる気がする。根拠はないけど」


 何ともざっくりとした夢だろう。キョウらしいと言えばらしい、とアルカは苦笑いする。志織は研究者としてその発言は良いのか分からないが、真面目にそう答えた。


「アルカは?」

「私は権力を持つことかな」

「また俗人的だね」


 訝しむような目を向ける志織に、アルカは理由を付け加える。


「キョウが何やらかしても何とかできるようになりたいし、志織さんの研究を後押しできますから」

「……期待しちゃうじゃないか」

「すぐには無理ですけど」

「不可能が可能になるのは大きな違いさ」


 ははっ、と笑う志織の声にはさっきまでとは違い、希望の色が滲んでいたのだった。


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