74 製作再開
「さて、ここでの作業はこれで終わりだ」
「他にお手伝いできることはありますか?」
「いや、今のところはないね。必要になったら呼ぶよ」
そのやり取りを経て、アルカ達三人は元居た三十二研究室に戻る。
情報端末を操作し、今度は過去の作戦資料を開いた。日付と作戦名がびっしりと列挙されていた。
「ハコダテ防衛戦、センダイ暴徒鎮圧作戦、トウキョウ繁華街襲撃事件……色々あるね」
「覚えるのか……」
「たくさん作戦を知っておけば、戦闘を有利に進めるヒントになるかもね」
「……覚えるか」
口先でキョウを丸め込み、頭を突き合わせて資料を見ていく。作戦概要や当時の状況から取り得る手段、図解も相まって分かりやすく解説されていた。読み物としても面白く、すっかり読み入る。途中で志織は「わたしは専門外だし、機工兵でもバラしてくるよ」と言って出ていった。
「ハコダテ防衛戦はあれだね。北部戦役の最後っぽい」
北部戦役とはどこにも書いていなかったが、それは後につけられた呼称だろう。事実、都市サッポロ撤退からの、体制を整えての迎撃戦と書いてあり、時期も約五十年前と合致する。
「前に歴史博物館で見た話しと違って見えるな」
「作戦の詳細とか、被害の規模とかが無いからそう見えるんじゃない?」
歴史博物館では簡単に書かれていたが、迎撃戦一つで各班各チームの動きまで書かれていると、その大きさが伝わってくる。
「もし不死者の侵攻があったら、アタシ達は前線かな?」
「うーん、どうだろ。この作戦資料だと、別動隊の探索と討伐、掃討戦が中心だけど」
「えー、暴れたいんだけど」
「わざわざ班を一つ専門で作るくらいだから、暴れる機会は多いと思うけど」
不死者の侵攻は知性のある統率個体が居ると発生するのだ。知性があるなら、別動隊や挟撃といった戦略だってとり得る可能性は十分あるだろう。だからこそ、それらを専門的に討伐する班があるのだとアルカは考える。
「ほら、別動隊で統率個体との交戦記録がある」
「お? どれどれ……」
キョウはアルカが指差す文章を食い入るように見つめる。アルカの視界はキョウの後頭部で塞がれるが、いつもの事なので気にしない。
しかし、この資料を読む限り、統率個体が複数存在したように書かれている。統率個体は特異技能が芽生えた死神を不死者が食べることで、発生するはずだ。そう考えると、複数の班員が犠牲になったのだろう。都市一つが陥落したのだから、その規模になるのも頷ける。
「統率個体も特異技能を使うんだな」
「班員クラスの死神を食べて発生するらしいからね。その人の特異技能を取り込んでいるんじゃないかな」
どういうメカニズムかは分からないが、統率個体が特異技能を使うことが分かっているなら、それで構わない。
ヴィクターが問題を出した理由は、これも含まれているのだろう。対策を知らなければ、不死者に殺され、新たな統率個体を生み出すきっかけになってしまう。
「ちゃんと対策を考えないとだね」
「そうだな。アタシは食べられたくない」
死にたくない、ではなく、食べられたくない、というのがキョウらしい感性だとアルカは思う。
ハコダテ防衛戦の資料を読み込むうちに、アルカは引っ掛かりを覚えた。班員の被害と統率個体の討伐数が違うのだ。北部戦役の一部なので、全体を通すと帳尻が会うかもしれないが、統率個体の討伐数が少なく感じる。これが、ヴィクターが追加捜査をしたいと言っていた理由かもしれない。
「……戦略っていっても班員が殴りこんで、隊員が退路の確保をするだけじゃん」
「ざっくり言いすぎ。班員は不死者の数を減らすのと、統率個体の討伐。隊員は打ち漏らしを処理しながら、班員の退路と補給線の維持、戦場全体の監視までしないといけない」
これはあくまで防衛戦の役割だ。市街地戦ならば、さらに避難民の誘導や要救助者の救助、死亡者が不死者にならないように頭を破壊して回る必要がある。かなり大変だ。
時間をかけるほど被害と不死者が増加し、死神は疲弊する。班員の個々の力によるごり押しじみた作戦になるのも仕方ないと思う。それが一番、被害が少なくなるのだから。
「私達がすべきことは作戦をより早く、正確に遂行して、生きて帰ること。その為に、自分に任された任務の意味を知ることが大事」
「……よくわかんねぇ。どゆこと?」
「三班がなんで別動隊の迎撃にまわるか、その理由を知っておかないといけないってこと」
別動隊を討伐しないとどうなるか。例えば、別動隊が前線に向かったとしよう。そうなると、正面からだけでなく、側面や背後から挟撃を受けることになる。二方向から攻撃されると、戦力と意識を分散せざる負えない。そして、それが奇襲だった場合、味方は混乱し、戦況は悪い方向に大きな影響が出る。
「あー、確かに。奇襲は面倒だ。戦闘でも予想外の攻撃が一番強い」
「それが戦場全体に及ぶの。自分も周囲の仲間も、正確なことは分からないまま戦闘することになる」
「それはヤバいな。気がついたら退路が無くなってるかもしれない。そうなりゃ、袋叩きだ」
キョウは難しい顔をしながら、そう言った。正にその通りである。
「それに、これは前線に別動隊が向かった話。これが後方に向かったらどうなると思う?」
「えーっと、後方ってことは隊員のところだろ? そこに別動隊が……負けるな、たぶん」
数は多くとも、隊員は班員よりも弱い。少数ならば対応できるが、多数を相手取ることは難しい。身体能力で不死者を上回っていても、死を恐れない統制のとれた軍勢相手では不利だろう。そして、その中に統率個体が混じっていたら、恐らく勝てない。
「後方にも班員はいるだろうけど、その人達が疲弊すると、今度は前線の交代要員が居なくなる。前線の維持ができなくなれば必然的に後方も崩れる」
「なるほどな。そう考えると三班って重要なんだな」
「そうそう。前線で暴れるだけが戦いじゃないよ」
分かってくれたようで何よりだ。これでキョウの勉強を見る手間が少し減る。
そこからは二人で相談しながら資料を読み進める。所々赤文字で解説された部分があり、ヴィクターや大護が資料を分かりやすくしてくれた痕跡が窺える。
「ハイハイ、二人とも。お勉強はその辺にして専用武装の製作をするよ」
志織が戻ってきてそう言った頃には、もうすぐ正午になろうとしていた。
情報端末を閉じて、グッと伸びをする二人に志織は質問を投げかける。
「昼食を製作前にとるか、製作後にとるか、どっちにする?」
アルカとキョウは顔を見合わせる。あの体調で食事をとれるとは思わないが、食後にあの体調になると吐きかねない。それはキョウも同じ考えのようだ。
気持ち悪くなっても、時間を置いて昼食を食べれば問題ないのでその方向で進めることにして、アルカは返答した。
「製作後に昼食をとります」
「ははっ、そうだよね。あの様子じゃ吐きそうだもの。じゃ、早速作ろうか」
その言葉にキョウは立ち上がって、朝と同じように半球状の金属に掌を添えた。
「キョウ、負担のかからない方法、覚えてる?」
「おう。変化はゆっくり。流す魔力が少なくなったら終わり、だろ?」
「正解」
自慢げに鼻を鳴らすキョウに、志織が製作開始の声を掛ける。そして、キョウは魔力を流し始めた。
「流れる魔力量が減って来たぞ」
志織の言葉を合図に、キョウは流す魔力をゆっくり減らし始めた。流れる魔力を完全に止めると、アルカに振り返る
「かなりだるいけど、最初よりは大分マシだぞ」
そう言って、キョウは自力で歩いてソファに座り込んだ。最初との違い様に、アルカだけでなく、志織まで目を丸くする。
「へぇ、ここまで変わるものなのか。興味深いね」
キョウの頬をツンツンと突いてから、今度はアルカの専用武装を作る準備に取り掛かった。
「はい、いつでもいいよ」
「では、行きます」
アルカはゆっくりと魔力を流し始める。大体二十秒くらいかけて全力までもっていった。
「……流れる魔力が減って来たぞ」
その声を合図に、アルカは流す魔力を徐々に減らしていく。こちらも二十秒ほどかけて完全に止めた。
頭痛はあるものの、最初に比べると全然マシだ。倦怠感もあるが、その場にへたり込むほどではない。自身の足でソファに向かえる程度には何ともない。
「ほぅ、二人とも最初よりも改善しているな。頭痛や倦怠感はどうだ? どれくらいだ?」
志織は矢継ぎ早に質問をしていく。それらに答えられることができるほど、体調は悪くない。
「三十分もすれば体調は戻りそうだな。それにしても興味深い」
志織は心底楽しそうに弾んだ声を出す。
志織もれっきとした研究者なのだ。未知の事柄を知ることが楽しくてたまらないのだろう、とアルカは思った。
「あ、そう言えば、昼食はどうするんだい? ここにも食堂はあるけど、正直、味はそこらの弁当に負けるよ」
味よりも早さと栄養バランスしか考えていない局員ばかりなので、ここの食事は美味しくないという話だ。食事にこだわるのならば第二区画に出かけるか、アルカとキョウならば機動隊本部の食堂に向かう必要がある。
「キョウは……」
「おいしいご飯が食べたい」
「だよね。……第二区画にでも行こうか。時間はあるし」
「やったー!」
両手を上げて喜ぶキョウは、既によだれが垂れそうだ。これは早めに行かないと煩くなること確実だ。
「……わたしも一緒に行っていいかな?」
「はい、もちろんいいですよ」
少し恥ずかしそうに、遠慮がちに同行を請う志織の言葉を快諾し、三人で昼食をとることになった。
「どこ行くどこ行く?」
「いつも適当にキョウが決めるでしょ」
「あれは良さそうな店を探しながら見回りしてんだぜ?」
「ちゃんと仕事してよ……」
キョウの食欲に呆れるアルカは、情報端末で検索してみることにした。
「んー、第一防壁を抜けてすぐに何軒かあるね」
「第一区画にもあるじゃん」
「そこはやめた方がいい」
目ざとく飲食店を見つけたキョウの言葉を志織が否定した。理由は、大半が予約制であったり、ドレスコードを要求する店ばかりだという。
「お客がこの国のお偉いさんとその血族がほとんどだからね。気軽に食事するには不向きだよ」
「じゃあいいや」
美味しく食べる事が一番のキョウにとって、仰々しい食事のマナーなど不必要極まりないものなのだ。面倒なものを要求してくる店は、今日のお眼鏡にかなうことなく切り捨てられる。
「口コミなんざ当てにならないし、店見て決めようぜ」
「それもそうだね」
「いいのかい? 先人の意見は貴重だけど」
「キョウのご飯に対する嗅覚は信じられますから」
「ほう? それは楽しみだ」
方針が決まったところで三人は立ち上がり、第二区画に向かうのだった。




