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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
73/122

72 製作開始

「さて、ずいぶんと時間を取られてしまったが、ここが三十二研究室だ」


 廊下のつきあたりにある扉の前に立ち、志織はそう言った。はっきり言って、技術開発局の風景はどこもたいして変わらない。扉の上に付いている“三十二研究室”というプレートが無ければ、これといった特徴が無いのだ。

 慣れた様子で志織が扉を開け中に入り、アルカとキョウもそれに続く。


「ふーむ、準備万端。何時でも開始できるね」


 志織は研究室内に設置されている大型の設備の前で、迷いない手つきで操作パネルを弄りながらそう言った。

 アルカも志織が操作している設備に近づいて観察する。高さは一メートル強、大きさは二×三メートル程度である。設備自体は数字や単位が書かれたメーターが幾つも存在し、所々ピコピコと点滅していた。志織から設備を挟んで向こう側には透明な素材で作られた部分があり、そこにはケーブルに繋がれた大剣やナイフ、警棒などが置かれていた。

 その設備は研究室内に二つ並んでおり、もう片方には長さの異なる刀が二本、それ以外は同じものが置いてあった。


「さて、どっちが先に作り始めるんだい?」

「キョウからでいいよ」

「え? マジでいいの?」

「早く作りたいんでしょ」


 さっきから忙しなく動いている尻尾が、一刻も早く作りたい、と主張しているのだ。アルカからしてみれば、二人しかしないので順番は気にならない。


「そ。じゃあ、キョウ。この部分に手を置いて。私が合図したら、魔力を全力で流し込んで。中途半端な魔力だと意味ないから、気を付けて」

「りょーかいだぜ」


 志織の指し示した半球状の金属に掌を添えて、仁王立ちで構える。気合の入った顔に、志織は面白そうに笑い、操作パネルに指を這わせた。


「準備はいい?」

「何時でもいいぜ」

「じゃあ、繰り上げて三から始めるよ。三……二……一……スタート」


 志織の合図とともに、キョウは全力で魔力を流し始める。半球状の金属に添えられた掌に力が籠っているのが見て取れた。何時になく真剣な顔で、キョウは魔力を流す。

しかし、それも五分ほどの事だった。額に脂汗が浮かび、魔力を絞り出そうとしているのか、身体全体が力む。


「流れる魔力量が減っているぞ」

「ぐぅぅ……」

「……はい、ストップ。魔力を止めて」


 キョウが苦しそうに唸り始めた後、操作パネルを睨んでいた志織が制止を掛けた。キョウはその場に蹲り、ぐったりとしている。


「大丈夫、キョウ?」

「ヤバい。頭は痛いし、体はだるい」


 顔色が悪いキョウに肩を貸して、すぐ傍の壁際に置いてあるソファに寝かせる。恐らくだが、このソファは、専用武装を作る班員が横になるためにあるのだろう。もう一個の設備近くにもソファが鎮座していた。


「進捗率五パーセント。ゴールは遠いねぇ」

「五パー……」

「これが続くのかよ……」

「朝、昼、夕の一日三回。それが完成までさ」

「うわぁ……」


 現実から目を背けるように、キョウは顔を覆った。今日の容態を見ていると、アルカも始める前から嫌になってくる。シャルズと戦った時の症状を、誰が好き好んでなりたいと言うのか。そんなアルカの気持ちなど考慮せず、志織はもう一個の設備の操作パネルを弄っていた。


「次はアルカの番。早く準備しな」


 アルカは志織の方に向かい、キョウと同じように半球状の金属に掌を添える。ひんやりと冷たい感触が伝わって来た。


「準備完了しました」

「じゃあ、キョウと同じく三から始めるよ。三……二……一……スタート」


 アルカはキョウと同じように、初めから全力で魔力を流す。これはヴィクターのアドバイスを忘れた訳ではない。急激に魔力を使う場合と、ヴィクターのアドバイス通りに時間をかけて魔力を使う場合の違いを体験したかったのだ。

 最初は何も問題なく流れていたが、次第に頭痛や倦怠感がジワリと発生し、それに耐えながら魔力を流す。額から脂汗が流れるのを気にしている暇はなく、目を閉じて魔力を流すことに集中する。


「流れる魔力量が減っているぞ」


 志織の声が聞こえた。

 身体に残っている魔力を絞り出すように全身が力み、比例するように頭痛が激しくなり、倦怠感が増す。それでも振り絞って魔力を流していると、志織が制止の声を掛けた。


「はい、ストップ。魔力を止めて」

「はあぁぁぁ……」


 アルカはその場にへたり込んだ。頭痛と倦怠感が襲ってきて、すぐそこにあるソファに移動することさえできない。するとそこへ志織がやってきて、肩を貸してくれる。


「ありがとうございます」

「……おっも」

「酷いです……」

「わたしは死神じゃないから、人一人運ぶのも大変なんだよ」


 フラフラゆらゆらしながら、ソファまで運んでもらえた。一仕事終えたように、フッと息を吐いた志織は、ちょっと待ってて、と言って研究室から出ていった。

 二人残されたアルカとキョウは、しかしながら話す気力すら湧かずにソファに横たわったままで過ごす。

 言葉通り、志織は数分待たず戻ってきた。手には飲み物と椅子を持っていた。


「はいよ」

「ありがとうございます」


 飲み物を受け取り、少し口に含む。


「しっかし、これは大変な仕事だね。死神でないと務まらないわけだよ」


 設備を操作するだけでなく、アルカ達のように倒れこむ死神の介抱もしなければならないのだ。小柄なアルカだから志織でも何とか運べたものの、大柄なキョウや、ヴィクターのような背の高い男性、豪のような規格外は死神でなければ運びようがない。


「何とかならないのかい?」

「班長がアドバイスをして下さったので、それを次からは試してみます」

「何で始めからしないのさ」

「そのアドバイスが有意義なものか、体験したかったからです」

「ははっ、先生の教え子らしい答えだ」


 椅子に座りながら、志織は納得したように頷く。少しずつ頭痛や倦怠感が引いていくのを感じながら横になっていると、キョウから質問が飛んでくる。


「班長、アドバイスなんてしてたっけ?」

「言ってたじゃん。時間をかけて魔力を変化させると負担が減るって」

「言ったっけ?」

「言ったよ」


 ただでさえ頭痛がするのに、キョウの記憶力に頭がさらに痛くなる。言った、言ってないで、ぎゃあぎゃあと口げんかしていると、志織が口を挟む。


「先生なら、何かしらの資料を送ってないかい?」

「専用武装についての資料があります」

「ならその中にアドバイスが書かれていると思うよ」


 アルカは倦怠感の残る腕を動かして情報端末を操作し、送られてきた資料を確認する。複数ある資料の最初のページに、赤色の太い文字でアドバイスが書かれていた。時間をかけて魔力を変化させることの他にも、全魔力を流そうとするよりも、流す魔力が減り始めた辺りでやめた方が負担は大きく減ること。一見すると効率が落ちるようにも見えるが、トータルでは遜色ないことも載っていた。


「ありました。それ以上の事も書いてあります」


 そう言って志織に見せると、志織は少しだけバツの悪そうになった。


「あー、わたしにも原因があるね。ごめん」

「大丈夫です。これを事前に知っていても、同じようにしたと思いますから」


 情報端末を閉じて、アルカは起き上がって座る体勢をとる。頭痛もだいぶ引いてきてはいるが、文字がつらつらと並んだ資料を読み込めるほど元気ではない。そこで、頭痛が引くまで志織に質問することにした。


「志織さんって班長とどういう関係なんですか?」

「ぶふっ! 関係ってどういう!?」


 急に飲み物を吹き出した志織は、これまでの感情の起伏が少ない様子とは一転して、激しく動揺していた。その様子にアルカは首を傾げる。


「どうって、先生って呼んでいるのが不思議でしたので」

「あ、あぁ。そういうこと」


 取り出したハンカチで口元などを拭いて、志織は座り直す。そして、落ち着いた口調で話し出した。


「先生って呼んでいるのは、ここに入ってから色々教えてもらったから」


 単なる知識だけでなく、死神の考え方や対処の仕方、果ては研究チームのサブに任命してもらい、実績を積ませてもらったことなど、多岐にわたる。

 研究チームはそれぞれ代表がチーフ、副代表がサブ、チーム所属の局員はメンバーと呼ばれる。

 只人だから、という理由でメンバーにすらなることができない志織の才能を見抜き、自身の権力と実績を積ませることで、ヴィクターは死神の悪意から志織を守ってくれた。だからこそ、敬意の念を込めて“先生”と呼んでいるそうだ。


「先生がいなければ、わたしはこの場に居ない。絶対に難癖をつけられて、殺されているね。調おばあちゃんは死神の考え方にどっぷりと浸かっているから、わたしが死神に殺されても、しょうがないと考えるでしょうね」

「そんなこと……」

「あの人はどこまでも研究者なのさ」


 アルカは志織の考えを否定しようとしたが、それを見透かしたように、志織が話を切った。

 世代が遠く離れているとはいえ、血縁者であるはずの調が志織を見捨てるような考えは持っていない、とアルカは思う。それが本当だとしたら悲しすぎるのではないか。血が繋がっておらず、周囲から敵視されてもアルカとキョウを育てたクアド神官を知っているからこそ、尚更、悲しく感じるのかもしれない。

 そんなことをアルカが考えていると、暗くなった雰囲気をぶち壊す人物がいた。


「ところでさ、何で志織はさっきあんなに慌ててたの?」

「……っ……それを今聞くのかい」


 再び飲み物を吹き出しそうになった志織は、口を押えて強引に飲み込む。そして、半目になってキョウを睨みつけた。

 だが、相手はキョウだ。話を聞かず、空気を読まない達人である。しばらくの睨み合いの後、根負けした志織は渋々口を割った。


「……振られたんだよ。先生に」


 小さく呟くような声だったが、死神であるアルカの耳にはよく聞こえた。そして、納得した。ヴィクターや志織の様子からも、他人に知られないようにしていたに違いない。顔を合わせても、普段通り演じることができたと思っていた矢先、不意のアルカの質問で勘違いしてぼろが出たのだろう。

 耳まで真っ赤にして、志織は顔を覆う。


「あー、もう! わたしだけが恥ずかしい思いしてるのは不公平だ! 二人も何か恥ずかしい話をしろ!」


 志織は開き直ったかのように、大声を出した。キョウはお腹を抱えてゲラゲラと笑い、アルカも声を出して笑う。

 そして、志織の要求通り、訓練生時代の失敗談を話し出すのであった。


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