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死神少女は生きています  作者: 気晴
第四章 動き出す者達
71/122

70 技術開発局へ

「落ち着いたようだな」

「失礼しました」

「仕方なかろう。自身の知らぬ間に容疑をかけられたのだから、動揺するのも無理はない。ただでさえ経験の少ない若者でありながら、都市外出身者にこのような事まで適切な対応を望むのは高望みが過ぎる」


 軽く手を振って、ヴィクターも飲み物に口を付けた。

 アルカにとっても初めての体験なのだ。直接危害を加えられそうになったことは幾度もあるが、言いがかりのような疑いはほとんどなかった。もしかしたらあったのかもしれないが、クアド神官が対処していたのか、直面したことは無かった。


「アルカの特異技能の特性と現場の状態で食い違う点がある。私がアルカの特異技能を確認するのは、その特性を解き明かし、無実を証明するためでもある」


 保管室に置かれていた弾丸はそれぞれナンバーが振られ、傷がつかないようにクッションが敷かれたケースに保管されていたらしい。弾丸はものによっては変形をしており、アルカの話が本当ならば、クッションに一切傷を付けずに消滅させることは困難を極める。


「警備員も訓練を積んだ死神だ。彼らに気が付かれず、防犯カメラに映らない場所から、壁の向こうの弾丸のみを消滅させる。言っていて何だが、あまりに現実味が無さすぎる」

「私としましても、これまで二人と関わってきましたが、アルカにそこまでの技量はありません」


 ヴィクターと大護の二人が、アルカが無実であると考えている事を知ることができたため、ひとまず安心である。


「この件は、二人は気にしなくて良い。目下やるべきことをしなさい」

「はい」

「よろしい。随分、時間を取らせて悪かったな。退出して良いぞ」


 ヴィクターの言葉に従い、アルカとキョウは班長室を後にした。

 その後はいつも通り、休暇まで見回りなどに従事したのだった。





 休暇明け、アルカとキョウは班長室に向かう。初日はヴィクターと一緒に行くためだ。

扉をノックするとすぐにヴィクターが出て来た。


「おはようございます」

「あぁ、おはよう。このまま技術開発局に向かうが、問題ないな?」

「はい、問題ありません」

「よろしい」


 ヴィクターの後に続き、機動隊本部を出て技術開発局に向かう。

 先日も訪れた四角い建物に入る。エントランスにいる警備員に情報端末を見せると、通行の許可が下りた。


「ずいぶんと厳重な警備ですね」

「この国の最重要機関の一つだから当然だ。機密情報の塊であるこの施設に、誰でも入ることができたら大変であろう」


 慣れた様子で施設内をスタスタ歩くヴィクターに遅れまいと、二人はついていく。階段を上り、最上階の一室の前で止まった。


「ここで専用武装を作るんですか?」

「いや、ここは局長室だ。ここにいる人に挨拶を、な」

「はぁ……」


 少しばかり嫌そうな顔をしてヴィクターはそう言った。

 ヴィクターは研究者でもあるので、局長とも知り合いなのだろう、とアルカは想像ついた。しかし、嫌ならわざわざ出向いて挨拶する必要はないような気もする。何故だろうか、と考えていると、ヴィクターがノックをしてから扉を開けた。


「失礼する」

「おやぁ、珍しいね。わざわざアンタがここに来るなんて、どういう風の吹き回しだい?」


 しゃがれた女性の声だった。その声の主は、扉の正面に鎮座していた。


「どうもこうも、私の班の班員が専用武装作りで世話になる。だから顔を出しただけだ」

「アンタも律義だねぇ。他の班長も見習ってほしいよ。イッヒッヒッヒ」


 体を揺らして笑う、側頭部から羽根飾りのようなものが生えた白髪の老女が、技術開発局の局長だろうか。そう思いながら見ていると、机の上にネームプレートが置いてあった。“深澤 調”が目の前の老女の名前だ。

 ひとしきり笑った後、調は翠色の瞳をアルカとキョウに向ける。


「そこの若いのが班員かい? 特異技能が芽生えるにしては若すぎないかい?」

「最年少の班員だ。それでいながら、戦闘能力だけなら中堅以上の実力がある。物覚えも悪くないから、鍛え甲斐がある」 

「へぇ、アンタがそこまで言うなんて、珍しいじゃないか」


 ヴィクターからの評価が想像以上に高く、そのことにアルカは内心驚きながら二人のやり取りを眺めていると、調と目が合った。


「初めましてだね。アタしゃ深澤 調。ここの局長なんてやっている美女さ」

「……九十九 アルカです」

「轟 キョウだ」

「おやおや、そこは何か言ってくれないと、つまらないじゃないか」

「え、いや、その……」


 何と返してよいか分からず、あえてスルーしたところ、突っ込まれてしまった。今度もどう返せばよいか分からず、しどろもどろになっていると、ヴィクターが助け舟を出してくれた。


「局長、からかうのもその辺りにしておいてくれ。二人が困っている」

「何だい、年よりの楽しみを盗るんじゃあないよ」

「他人を困らせる人物はこれ以上必要ない」


 はぁ、と大きくため息を吐いたヴィクターはくだらない話を打ち切って、用件を話し始めた。


「二人の専用武装の製作担当は誰だ? 用意はできているか?」

「用意はできているのだけどねぇ……。担当がまだ来ていないんだよ」

「何?」


 眉間に皺が寄って、目つきの鋭くなったヴィクターは調を見遣る。その目は、理由を話せ、と言っている。いきなり来たわけではなく、事前に通達をしているはずの事が出来ていない事に怒っている様子だ。

しかし、調はそんな目に一切怯えることなく、平然と口を開いた。


「連絡したさね。でも、返信も何もあったもんじゃない」

「ならば、担当を変えることくらいしろ」

「どいつもこいつも、自分の研究がって言って拒否されたよ」

「局長権限でどうにでもできるだろう」

「濫用しすぎて止められているさね」

「一体何をしたのだ!」


 その言葉に、ヴィクターは不機嫌極まりない表情になり、思わず机をバンッと叩いた。対して、調はどこ吹く風。自身が悪いとは思っていないようだ。そこからは単なる言い合いだった。

二人の口論をまとめると、調は自身の後任を育てるため局長の仕事を目ぼしい局員に割り振ろうとしたが、全員が拒否。仕方なく局長権限を行使することになった。ここまでならまだ局員達も理解があったが、次第に調個人の雑用までさせられるようになった。それが何回も続き、局員達が職権濫用だと上層部に直訴し、権限停止されたらしい。


「それは局長が悪い」

「アタしゃもやり過ぎたと思っている」


次代を育てたいという調の気持ちはよくわかる。アルカの見立てでは、調は龍造やソウゴといった最年長と同年齢か、それ以上だろう。人を育てるのには時間がかかるため、自身が元気なうちに取り掛かりたいと思うのは当然だ。

しかし、技術開発局の局員は筋金入りの研究バカである。一度熱中すると、寝食を忘れて研究に打ち込む人ばかりだ。そんな人達が、研究時間が無くなり、それ以外の仕事に時間を取られる局長という立場になりたくないそうだ。


「今回も、時間ばかり取られる専用武装の製作に関わりたくないから、拒否されたのさ。それに、無駄に実績を作ると次期局長にされかねないから、これまで以上にやりたい人が居ない。だから、仕方なく志織が担当になったのさね」

「志織が、か……」


 志織という名前が出て来た途端、ヴィクターは苦々しく、それでいて心配が含まれた声色になった。どうやら知人らしいが、何かあったのだろうか、とアルカは考えつつ、この状況に飽きてふらふらと出歩こうとするキョウの尻尾を捕まえる。

 何とも混沌とした雰囲気が漂う局長室だったが、その空気を入れ替えるかのように局長室の扉が開いた。


「調おばあちゃん、来たよ。……先生が何でいるの?」


 ヴィクターを見て目を真ん丸に見開いた若い女性が入って来た。寝癖がついたままのくすんだブロンドの長髪で、寝不足なのか目つきは悪く、目の下にクマができていた。


「志織! 一体どこで油を売っていたのさね! 自室にもいないし、夜遊びでもしているんじゃないだろうね!」

「調おばあちゃんには関係ないでしょ」

「関係大有りだよ! 全く。それとここではおばあ様とお呼び!」

「うるさいなぁ」


 どうやら志織は調の血縁者のようだ。そう思って改めて志織を見ると、顔のパーツがどことなく似ており、翠色の瞳はそっくりだ。そんな志織は調に背を向け、耳を塞いでいる。

 アルカが家族喧嘩の様子に呆気にとられていると、口うるさくお小言を言っている調を制し、ヴィクターが志織に体を向ける。


「志織、君に仕事を頼みたい」


 その言葉に、志織はくるりと振り返ってアルカとキョウを一瞥した後、ヴィクターに向き合った。


「わたしでなければ出来ない事ですか?」

「君以外でもできる」

「なら……」

「だが、実績作りにはなる。無駄吠えを減らす役に立つだろう」


 志織は考えるように目を伏せた。そこに、ヴィクターは優しく諭すような声音で続ける。


「そこの二人は、君が知っている死神とは違う。正反対と言っていいだろう。君が不快な思いをすることはない。私が保証する」


 会話から察するに、志織は只人ではないか、とアルカは考える。動物の特徴を持たず、死神から嫌がらせを受けている様子からも、その可能性が非常に高いと踏んでいる。だから、死神に関わる仕事を辞退しようとしていたのだろう。

理由は分からないが、ヴィクターが先生と呼ばれている事から、ある程度親しい関係であることは読み取ることができ、そのヴィクターの説得の言葉を受けて、今まさに心が揺れている事も読み取れる。


「……考えさせてください」


 しばらく熟考した後、志織はゆっくりと息を吐いてそう言った。そして、アルカの前に進み出る。

一連の話を見守っていたアルカは、目の前に立っている志織の行動の意味が読めず、目を瞬かせるだけだった。すると、突然、志織がアルカの頬をつまみ、左右に引っ張った。


「……!?」

「……ふーん」

「……!?」


 がっつりと目を合わせながら、強い力でつまむわけでも、引っ張るわけでもなく、アルカの頬をムニムニと弄ぶ。アルカにとっては、専用武装を作ってくれると思しき人であり、別に痛いわけでもないので振り払うことも出来ず、途方に暮れるだけだった。

 そうして、少しの間、弄ばれていたアルカは唐突に解放された。志織はアルカに背を向けて、ヴィクターを真っ直ぐに見る。


「先生、仕事を引き受けます」


 少しだけスッキリしたような顔で、志織はそう言ったのだった。


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